73.爵位返上するそうです
※ドリアス男爵家のその後とこれまでの経緯に関することで本編にはあまり影響はありませんので、読み飛ばしていただいても構いません。
新年祭の三日後、ガイの処分が決まるより先に、ドリアス男爵は爵位の返上を願い出た。
王宮はこれを受理し、ドリアス男爵領は王家に返還されることになった。
伯爵家だった頃からドリアス家が仕出かしてきたことを考えれば、爵位剥奪の上で断絶が妥当だろうが、ドリアス男爵自身は実直で真面目な性格だ。
文官としての堅実な仕事ぶりは評価が高く、その人柄は評判が良かった。
彼の身内が仕出かしたことで彼を見下す者もいたが、それ以上に彼を認め慕う者も多かった。
彼の周囲にいた者達から、彼自身への処罰の軽減を求める嘆願が僅か二日間で多く集まっていたこともあり、爵位の返還が認められる形となったのだ。
それには、ドリアス男爵が身内に恵まれず苦労していることで有名だったこともあるだろう。
彼の歳の離れた妹は、体調不良であるにも拘らず王宮のお茶会に出席して、当時第二王子だったギルバートが病により子を儲けることができない身体になる切っ掛けを作った。
彼の父親は体調不良でお茶会を欠席することを王宮に伝えており、彼自身も大人しく休んでおくよう言い含めていたが、そんな時に限って領地で問題が起き、二人は王都を離れなければならなくなった。
その隙に、第二王子に会いたいと泣く娘を哀れに思った母親が、体調が悪いことを分かっていながらも彼女の我儘を聞き入れ、共にお茶会に出席してしまったのだ。
その後、ギルバートやトビアスを含む数人が病に感染し、妹が亡くなったことで心を壊した母親は自ら命を絶った。
第二王子であるギルバートが子を儲けることができなくなる原因を作ったことは、爵位を剥奪されてもおかしくないほどの重罪であったが、彼の父の真面目な人柄と功績、そして父自身も娘と妻を亡くしていることから伯爵家の中で序列を落とすだけに留まった。
王宮側も、体調が悪いことを把握していたにも拘らず出席を認めてしまった責任があり、ドリアス伯爵家だけが悪い訳ではないとも言えたからだ。
尤も王宮側の責任者は、ギルバートには決して近寄らず、遠くから一目見たら帰るよう言い聞かせていたが、彼の妹はそれを守らずギルバートとトビアスに付き纏った。
だがこれも、王宮側が第二王子に病気をうつしてはいけないからと、彼女の出席を拒否しておけば防げたことでもある。
王宮側にも非がない訳ではないことから、甘いと言わざるを得ない処分で済んでいたのだ。
だがトビアス男爵としては、この時に爵位剥奪で平民になっていた方が幸せだったかもしれない。
この件で彼は当時の婚約者から婚約を解消され、傲慢で我儘な性格だと悪評が高かった子爵家出身のドリアス男爵夫人と婚約せざるを得なくなった。
ドリアス男爵夫人の妹もこのお茶会に出席したことが原因で病に感染して亡くなっており、子爵家からその責任を取れと、誰からも忌避され婚約者が決まらなかった夫人を押し付けられたのである。
身分違いを理解せず高位貴族との結婚を望んでいた夫人は、当時は伯爵令息だった彼との結婚に不満を持ち、結婚後更に傲慢に振る舞うようになった。
しかも彼の二人の息子は夫人そっくりな性格に育ってしまい、夫人共々行く先々で問題を起こし、その度に彼は三人の尻拭いに奔走しなければならなかった。
これを注意でもしようものなら、人前だろうと遠慮なく「お前の妹が私の妹を殺した」と恫喝され、息子達までそれを真似る始末だ。
王宮の夜会でもこのような姿が見られていたことから、その為人と背景を知る多くの者達は、彼に同情し不憫に思っていた。
しかも二人の息子が仕出かしたことで降爵処分になり、今度は断絶を免れないのだから、どこまで彼は身内に苦しめられなければならないのかと、憤慨する者が多かったのだ。
これらのことが、爵位返上が認められるよう周囲が奔走することに繋がっており、ギルバートとトビアスもそうなるよう働きかけている。
二人も彼の妹が体調不良であることに気付いていながら直ぐに帰るよう強く出れず、その結果自分達以外にも感染者を出したことに責任を感じており、ドリアス男爵のことも気に掛けていたのだ。
そして文官を辞そうとする彼を引き止め、これまでと変わらない待遇で働けるよう動いた。
それは彼と共に働いていた者達も同様である。
彼に抜けられるのは痛いし、その穴は大きい。
それに文官には平民も登用しているので、身分が変わっても勤め続けることに問題はない。
今後の生活に必要な収入源は確保しておくべきだし、それにはこのまま文官として勤め続けるのが最適解だと説得し、何とか引き止めることに成功したのであった。
ドリアス男爵、今となっては元男爵であるが、彼の方はこれで落ち着いた。
だが夫人の方は平民になることに納得できず、ドリアス元男爵と離縁し、実家の子爵家に戻った。
とは言え、子爵家に彼女の居場所などない。
元々家族とは折り合いが悪く、それでドリアス元男爵に押し付けられた程だ。
社交界での彼女の悪評は当然彼らの耳にも届いており、そんな人物を迎え入れるつもりなどさらさらない。
しかも子爵家は既に彼女の甥が継いでおり、直ぐにフォレスト王国で一番戒律の厳しい修道院に送ることが決められた。
それに反発して暴れるドリアス元男爵夫人を魔法で拘束して馬車に押し込め、陸の孤島と呼ばれる場所にある修道院へと送ったのである。
夫人と離縁したドリアス元男爵は、憑き物が落ちたようにすっきりとした様子で、漸く安らげる日々を手に入れることができたのであった。