71.あっさりと終わりました
リリアンナとエドワードは、休憩室を出たところでレナード達と別れる。
根回しをする為に騎士団に向かったレナードと、会場でクリフとミレーヌに話を通す役割を買って出てくれたキャロルから少し遅れて会場に戻ると、さりげなくガイの姿を探した。
リリアンナもエドワードも、絵姿を改めて確認しているのでガイの顔は頭に入っている。
すると程なくして、バルコニーへと出る扉の前にいるのを見つけた。
こちらを見てにやにやと笑っているのが、心底気色悪くて怖気立つ。
それをおくびにも出さずに視線をずらすと、クリフとミレーヌが、キャロルに会場から連れ出されるのが見える。
そちらは大丈夫そうだと安堵すると、アルフレッドとイリーナ、そしてルイスが近付いてきた。
「リリィ、先程まで姿が見えなかったが、何処に行ってたんだ?」
「お兄様、イリーナ様、このままで話を聞いてくださいませ。勿論ルイスも。私は体調が悪い振りをしますので」
心配そうに声を掛けてきたアルフレッドに、扇子で口元を隠したまま小声で言葉を返すと、三人ともリリアンナを心配して気遣うように見せ掛ける。
リリアンナは気分が悪そうに目を伏せると、三人と隣にいるエドワードにだけ聞こえる小さな声で言葉を続けた。
「少し野暮用で会場を離れます。お兄様達はこのまま、会場に留まっていてください。私の身の安全は確保されていますので、心配は無用です。詳しいことは後でお話しします。ミレーヌが来たら、体調が悪くて休憩室に向かう振りをします」
やや早口で説明すると、アルフレッドがおろおろと狼狽える振りをする。
これだけで、リリアンナに何かあったと周囲に思わせるには充分だ。
イリーナが心配そうに背中を摩っていると、ミレーヌが顔を強張らせて駆け寄って来た。
「リリィ、大丈夫? 休憩室で休んだ方がいいわ。私も付き添うから」
「ミレーヌ、頼めるか? 私も付き添いたいところだが、王太子の私があまり長く会場を離れる訳にはいかないからな。アルフレッド、お前もリリアンナが心配だろうが、今日の夜会は、イリーナ嬢が結婚前に我が国の貴族と交流できる数少ない機会だ。それを潰すな」
「……分かった。ミレーヌ、リリィを頼む」
周囲から気遣うような視線が向けられたことで、上手くいったことを確信する。
俯いたまま、ミレーヌに肩を抱かれ会場を後にすると、心配して顔を寄せたように見せ掛けた彼女にスッと耳打ちされた。
「準備は整っているわ。後は罠にかけるだけよ」
それに無言で頷き少し歩くと、侯爵家以上の家に用意された休憩室へと入る。
そしてソファーに腰を落ち着けると、二人は揃って詰めていた息を吐き出した。
「多分、もう直ぐやって来るわね」
「ええ、会場を出る時に、私達を追って来ているのを確認したわ。しかも、グラスを二つ持ったまま」
会場を離れる際、ガイが近寄って来ていたのは確認している。
この後は、ミレーヌが冷たい水を持って来る振りをしてこの部屋を離れ、リリアンナが一人になる予定だ。
だが顔を見合わせたミレーヌがソファーから立ち上がろうとしたところで、ノックもなしに扉が開けられた。
咄嗟にミレーヌがリリアンナを庇うように前に立つと、にやけ顔のガイが中に入り鍵を閉める。
しかもその直後、認識阻害結界の魔道具まで起動させていた。
てっきりリリアンナが部屋に一人になったところで仕掛けてくると思っていたので、この展開は予想できずに一瞬呆然となる。
だが直ぐに気を引き締めると、予定外のことが起きたことに苛立ちながらも毅然としてガイを見据えた。
「何故男爵令息の貴方がここにいるのですか? この部屋は、侯爵家以上の家に用意された部屋です。貴方が許可なく勝手に使っていい場所ではありません。しかも、鍵まで閉めたのはどういうことですか!?」
ミレーヌが鋭い声で詰問するが、ガイは相変わらずへらへらと気持ちの悪い笑みを浮かべている。
そして悪びれることなく近寄ると、二つのグラスをリリアンナとミレーヌに差し出した。
「リリアンナ嬢が体調悪そうだったから、飲み物を持ってきてあげただけですよ。ほら、ミレーヌ嬢もどうぞ」
「……貴方に名を呼ぶことを許した覚えはありませんが。それに普通、体調が悪い時は水を用意するものではありませんか? その色付きの飲み物は、どう見ても水には見えませんが」
「水なんかより、ずっと身体にいいものですよ。さあ、二人ともどうぞ」
正直言って、ミレーヌの問いには何一つまともに答えていない。
だがもう全てが面倒になった。
それに、その飲み物に媚薬が仕込まれているかどうかに関係なく、捕える理由なら既にある。
リリアンナはミレーヌに目配せして二つのグラスを受け取らせた直後、拘束魔法を発動した。
「ぐぁっ!? 何しやがる! 俺は侯爵になるんだ!! お前達より上の立場になる俺にこんなことして許されると思っているのか!?」
「何言ってるのかしら、こいつ……」
リリアンナの拘束魔法により無様に床に倒れ込んだガイが、訳の分からないことを喚き始めた。
氷のような眼差しをガイに向けるミレーヌに同意しながら、リリアンナは認識阻害結界を解析し無力化する。
それと同時に外から鍵が開けられ、エドワードが騎士達を引き連れて部屋に雪崩れ込んできた。
「リリィッ、ミレーヌ! 大丈夫か!?」
「ええ、大丈夫、問題ないわ。予定外のことは起きたけど、怪我もないし、指一本触れさせてないわ」
「ついでに言うと、こいつが持ってきた飲み物は一口も飲んでないわよ」
二人の無事な様子に、エドワードは安堵し胸を撫で下ろす。
だが直ぐに顔を険しくしガイを見下ろすと、地獄の底から響くような冷たい声で糾弾し始めた。
「王宮に無断で認識阻害結界の魔道具を持ち込み、使用するとは何事だ。しかもこの部屋は侯爵家以上の家が使用する為に用意された部屋であり、男爵令息のお前が使っていい部屋ではない」
「ドリアス家はオルフェウス侯爵家を吸収して侯爵家になるんだっ! 配下になる女を好きにして何が悪い!!」
「……何を言っている? 男爵家がオルフェウス侯爵家を吸収などできるはずがない。寧ろ今回のことで、ドリアス男爵家は取り潰しになるだろう」
エドワードに対しても訳の分からないことを喚くガイに、リリアンナとミレーヌは氷点下の眼差しを向ける。
しかも王太子に対して不敬にも程がある言葉と口調だ。
今回の罪に、不敬罪まで追加されたことに気付いていないのだろうか。
「取り敢えず、この飲み物に鑑定魔法を使用してもいいかしら?」
「頼む」
エドワードに鑑定魔法を行使する許可を取り、飲み物に媚薬が仕込まれているかどうかを調べる。
結果は、二つとも予想通りだった。
「どちらも媚薬が仕込まれているわね。例の媚薬のような悪質なものではないようだけど」
「それでも媚薬には違いないよ。これは証拠として押収し、検査に回そう」
媚薬入りの飲み物が入った二つのグラスを騎士に渡すと、リリアンナとミレーヌは漸く緊張を解く。
相変わらず訳の分からないことを喚いているガイが騎士達に連行されて行くと、リリアンナはエドワードに抱き寄せられた。
「まさかリリィだけでなく、ミレーヌまで襲おうとするとはな。あいつより二人の方が余程強いはずだが、女性だからと侮りでもしたのか?」
「私だって驚いたわよ。剣術だけでなく、体術でもそこら辺の男より強い自信があるのだけどね」
「リリィだって、見掛けによらず体術はなかなかの腕前だしな。魔法を発動した方が早いから、あまり知られていないだけだしね」
それでも心配にはなるけどと、エドワードがリリアンナの頭を撫でる。
実力を認めることと心配することは別だからと、エドワードは拗ねたように唇を尖らせた。
「予想外の展開であっさりと終わって拍子抜けしたけど、罪状は想定より増えたな。取り敢えず今は、騎士団に取り調べを任せて会場に戻ろう。後でリリィとミレーヌも調書を取られるだろうけど、この部屋で起きたことは、映像として記録しているし、それも既に騎士達が回収していったことだしね」
「まあ、お兄様達に無事な姿を見せた方がいいでしょうしね」
今も心配しているだろうアルフレッド達のことを考え、会場に戻ることに同意し部屋を後にする。
エドワードの言う通り、何だか訳の分からないうちにあっさりと終わったなとは思う。
だが精神的にはより疲れた気がして、何とも言えない気持ちだった。