69.こちらは解決したようです
新年祭を二日後に控えた日の午後、リリアンナ達幼馴染の五人は王宮の王族居住区にある談話室に集まっていた。
冬休みに入ってから漸く全員の予定を合わせることができたこの日は、諸々の情報共有や近況報告を目的としている。
最近はそれぞれが何かと忙しくしていたこともあり、アルフレッドとイリーナの婚約披露パーティー以来、全員で顔を合わせる機会がなかった。
その婚約披露パーティーも、リリアンナはエドワードにエスコートされながらアルフレッドの妹として挨拶回りをしていたので、ゆっくり話す暇など取れる訳がない。
数時間だけではあるが、何とか時間を捻出し五人全員が集まって落ち着いて話せるのは割と久しぶりのことだった。
いつもであればリリアンナとミレーヌは一緒の馬車で王宮に向かうのだが、今回は珍しく別行動だ。
先に談話室に着いていたリリアンナがエドワードと話しているとルイスが到着し、新年祭の五日後に開催されるルイスの婚約披露パーティーに話題が移る。
そうしているうちに予定の時間五分前となり、そこで漸くクリフとミレーヌが一緒に現れた。
二人が一緒だったことも珍しいが、いつもは遅くとも十分前には来ているクリフにしては珍しいと思い彼を見ると、その隣にいるミレーヌの様子がどことなくおかしい。
どうしたのだろうかと首を傾げていると、一度全員の顔を見回したクリフが徐に口を開いた。
「先に報告させてくれ。俺とミィが婚約することになった」
いつになく柔らかな表情でそう告げたクリフに、リリアンナ達は驚きに目を見開く。
だが直ぐに破顔すると、口々に祝いの言葉を掛け始めた。
「漸く決まったんだな、おめでとう」
「おめでとう。クリフ、ミレーヌ」
「おめでとう。これで俺達全員婚約が決まったな」
当たり前のように受け入れるリリアンナ達に、ミレーヌだけが虚をつかれた顔で呆然としている。
だが数瞬後にハッと表情を変えると、分かりやすく取り乱し始めた。
「何でそんなにあっさり受け入れてるの!? だってクリフと私が婚約なのよ? そこは普通に驚くところでしょう!?」
そんなミレーヌをクリフは呆れた顔で見下ろし、リリアンナ達他の三人は「何を言ってるんだこいつは」と半目になる。
思っていた反応が得られなかったミレーヌは、今度は狼狽え戸惑い、忙しなくリリアンナ達の顔を見回した。
「元々ミレーヌはクリフの婚約者最有力候補だったのだから、別におかしなことではないと思うけど」
「クリフ以外に、ミレーヌの手綱を握れる男はいないよ」
逆にあっさりとリリアンナにそう言い返され、ミレーヌは一瞬言葉に詰まるが、エドワードの容赦ない言葉には猛然と反論してきた。
「私は馬じゃないっ!」
「じゃじゃ馬が何言ってるんだよ」
エドワードの代わりに反応したルイスが、呆れた様子を隠しもせずにそう言葉を返す。
これまで剣の稽古で一番ミレーヌに振り回されていたルイスの言葉には、やけに実感が籠っていた。
「ミレーヌ、落ち着いて。実際ミレーヌの相手としてクリフ以外は難しいと思うわ。ウィステリアの小父様と小母様は、ミレーヌを高位貴族に嫁がせたいと思われていたのでしょう?」
「それは、そうだけど……」
「それに私達貴族の婚姻は、家同士の契約だもの。厳しいことを言うようだけど、本人達の気持ちは二の次だなんてよくあることだわ。それともミレーヌは、気心の知れたクリフより、よく知らない相手の方が良かった?」
流石にこう言われてしまえば、一応貴族令嬢としての心構えを持ち合わせているミレーヌは反論できなくなる。
突然幼馴染と婚約しろと言われて戸惑い、現実逃避しているだけだという自覚がない訳でもなかった。
「それは、まあ、知らない相手よりは、クリフの方がずっとマシだけど……」
「突然幼馴染と婚約しろと言われて戸惑う気持ちは分からなくもないわ。私だって、エドと婚約した時はそうだったもの」
「えっ? リリィ!?」
突然とばっちりを受けたエドワードが、愕然としてリリアンナを凝視する。
リリアンナに一目惚れしたエドワードとは違い、リリアンナの方は最初から彼を異性として見ていた訳ではない。
婚約が決まってから、少しずつ異性として意識し始め、好意を抱くようになっていったのだ。
だからこそ、ミレーヌが困惑するのも理解できていた。
だがミレーヌの気持ちを尊重したくても、貴族である以上、そうはいかないことも理解している。
敢えて厳しい言葉を選んだのは、それが理由でもあった。
「少しずつ、婚約者として向き合っていけばいいのではないかしら?」
「リリィが、そう言うのなら……」
そう渋々頷くミレーヌを抱き寄せ、背中をポンポンとあやすように叩く。
そしてそっと身体を離すと、ソファーへと誘導した。
「それにしても、いつからその話が出ていたの?」
「具体的に話が動き始めたのは、三日前だな。昨日両家で顔合わせというか、食事をしてその場で決まった」
「それはまた急な話ね。二人の婚約は、時間の問題だと思ってはいたけど」
具体的な話が動き始めてから二日で婚約が決まるのは、滅多にないことだ。
通常は両家でじっくり話し合ってから正式に婚約を結ぶので、早くてもそれなりに時間が掛かる。
アルフレッドとイリーナのように、その日に話が纏まることの方が異常なのだ。
この二人の場合は住んでる国が違うという事情もあるが、それでも異例中の異例である。
クリフとミレーヌの婚約も、それに負けないくらい異例の早さだった。
「エド、レイチェル王女の話はしても大丈夫か?」
「問題ないよ、公表するまでは口外禁止だけど。それに、リリィはもう知ってる」
「レイチェル王女がどうかしたのか?」
事情を知らないルイスが、怪訝そうな顔でエドワードとクリフを交互に見比べる。
こちらも王族同士の婚姻であることを考慮すれば異例の早さで婚約が成立しているので、ルイスがそれに思い当たらないのも無理はなかった。
「ランメルのミハイル王太子殿下とレイチェルの婚約が正式に成立したんだ。新年祭で公表されることになっている。それに言及するということは、お前達の婚約が急に決まったのも、それが原因か」
「まあ、そういうことだな」
それを聞いたリリアンナは、成程と納得を示す。
アルフレッドが学園を卒業した後、ランメル王国でもアルフレッドとイリーナの婚約披露パーティーが開催されることになっているが、そこにランメル王家と顔合わせをする為にレイチェルも同行し、パーティーにも出席することになったのだ。
それでフォレスト王国側の代表として、筆頭公爵家の後継であるクリフもパーティーに出席することになった。
彼ならばパーティーに出席しながら、いざとなれば護衛も兼ねることができる。
それにミレーヌも、クリフの婚約者ならばパーティーに出席することが可能だ。
クリフ同様護衛を兼ねることができるミレーヌを同行させる為に、急ぎ婚約が整えられたのだった。
「陛下のご意向で既に婚約手続きの書類は整えてあるし、年明けに婚約式を行う予定だ。俺達の婚約披露パーティーは、アルフレッド殿がランメルに向かわれる前に行う予定で進めている」
あまりにも準備万端過ぎて笑いが出そうになる。
ミレーヌが「食事会と思ったらクリフとの婚約が決まるなんて聞いていない」とブツブツぼやいているが、それは今更言ってもどうにもならないことだった。
「あの、クリフ。今後は学園での昼休みは、ミレーヌと一緒に過ごせるようにした方がいいかしら?」
「いや、それは今まで通りの方がいいだろうな。エドがリリィと昼休みを一緒に過ごして、直ぐに切り替えられるとは思わない。午後はリリィが気になって仕方なくなるだろうから、やめた方がいいと思う」
クリフの気持ちを蔑ろにしていたと気付いた時から気になっていたことを聞くと、あっさりとそう返される。
それにリリアンナがクリフに悪いと思いながらも胸を撫で下ろしている横で、エドワードが膝からがっくりと崩れ落ちていた。