66.兄の婚約披露パーティーです
アルフレッドとイリーナの婚約披露パーティーには、AクラスやFクラスの生徒達も招いていた。
Fクラスの生徒達は、社交界デビューの夜会しか社交の経験がない。
新年祭の前に、少しでもパーティーの雰囲気に慣れたおいた方がいいだろうということで、今回彼らも招待する流れになった。
言うまでもないことだが、新年祭への出席が認められていないアンナは招待していない。
Aクラスの生徒達も招待したのは、その方が彼らも心強いのではないかと考えたからだ。
今回のパーティーでは、ミハイルのパートナーとしてレイチェルも出席している。
リリアンナをエスコートしているのがエドワードであることは言うまでもない。
侯爵家主催のパーティーとは言え、自国の王太子に王女、それに隣国の王太子が出席しているのだから、新年祭に出席する準備としては適しているだろう。
彼らは王族が出席していることに最初こそ緊張していたが、今では楽しそうにダンスに興じている。
それは、今回の主役であるアルフレッドとイリーナの熱々な様子に当てられ、見ている彼らの方が顔を真っ赤にした挙句、良い意味で緊張が解れたからだ。
アルフレッドとイリーナは、今ではこちらが恥ずかしくなるほどの熱愛カップルとなっている。
つい先日、タウンハウスの廊下で熱いキスを交わす二人を見たリリアンナが、せめて誰に見られるか分からない廊下ではなく部屋で二人きりの時にしてくれと、後でアルフレッドに苦言を呈したほどなのだ。
ただ困ったことに、二人は人に見られても全く気にならないらしい。
リリアンナとしては気まずいので、兄のそんな場面など見たくないのだが、もしかするとこの二人は行ってきますとお帰りなさいのキスが当たり前になるのではないかと、そんな予感がして気が遠くなる。
リリアンナは学園卒業後、王宮で暮らしながら王妃教育を受けることになっているので、そんな二人と一緒に暮らすのは一年間だけだが、それでも慣れることができるだろうかと不安になるほどだった。
それにアルフレッドとイリーナの熱愛ぶりに引いているのはリリアンナだけではない。
エミリアをエスコートしているルイスも、アルフレッドのそんな姿に顔を引き攣らせているし、イリーナの弟であるロマーノも姉の様子に呆然としている。
ロマーノの場合は、同い年の従弟であるミハイルに対しても「あれは誰だ?」と驚愕していた。
「リリィ、あれ、本当に兄さんか?」
「信じられないだろうけど、間違いなくお兄様よ」
「嘘だろ……」
蕩けるような顔でイリーナを見つめるアルフレッドの姿に、そう言いたくなるのも分かる。
近くで二人を見守ってきたリリアンナでさえ、ここまで急接近するとは思っていなかったのだ。
婚約が纏まった時以来、二人が一緒にいるところを見ていなかったルイスが驚き呆然とするのも無理はなかった。
「何と言うか、そのうち人前でも構わずキスぐらいしそうな雰囲気だな……」
「この前、廊下でその場面に遭遇して気まずかったわよ……」
「手遅れか……」
「ええ、二人とも見られても平気みたいよ……」
早めに養子に入ってて良かったと、ルイスがぼそりと呟く。
ルイスも血の繋がった兄のそんな場面など見たくはない。
もう少し人の目を気にしてくれと、溜息を吐きたい気分だった。
そんな話をしていると、今度はロマーノが近付いてくる。
彼は彼で信じられないものを見たと、すっかり憔悴しているようだった。
「ロマーノ様、お疲れのようですが大丈夫ですか? 何か飲み物でもお持ち致しましょうか?」
「お気遣いありがとうございます。飲み物でしたらこの後自分で取りにいきます。何と言うか、あの、姉とミハイルの様子に驚いてしまいまして……」
「私達も、兄の様子に驚いていたところです」
お互いに顔を見合わせ、苦笑いを漏らす。
そして気を取り直すように一つ息を吐くと、ロマーノは表情を取り繕った。
「姉はリリアンナ嬢と義理の姉妹になりたいがためにアルフレッド殿との婚約を希望したとばかり思っていたのですが、あれほどお互いに想い合っている姿を見て驚きました。ミハイルにしてもそうです。彼は今まで、令嬢に興味を示したことなど一度もありません。あんな蕩けるような甘い表情をしているのを見たのは初めてです。それだけレイチェル王女殿下が魅力的だということなのでしょうね」
そう言ってどこか困ったように笑うロマーノに、リリアンナ達も同意したくなる。
ランメル王国にいる時のイリーナとミハイルの様子は知らないので何とも言えないが、アルフレッドのあのような姿は想像できなかった。
リリアンナや親しくしている数人の令嬢を除き、女性に対してどこかクールに振る舞っていたアルフレッドが、砂糖を吐きたくなるほど甘い表情と眼差しで一人の令嬢を見つめているのだ。
普段のアルフレッドを知っている者達が「あれは誰だ?」となるのも当然だった。
これでリリアンナへの溺愛も控えめになってくれれば良かったのだが、そちらは全く変わる気配がない。
それはそれでどういうことだと問い詰めたくなるほど相変わらずで、寧ろイリーナが加わって酷くなっている。
どうしてこうなったとリリアンナが更に頭を抱えたのは、仕方がないことだった。
暫しロマーノと歓談した後、リリアンナはエドワードにエスコートされながら、フレイヤとケイトに歩み寄る。
二人はエドワードに気付くと、僅かに緊張した様子を見せた。
「二人とも楽しんでくれているかしら?」
「はい、このような機会を与えていただきありがとうございます。それに、ドレスまで……」
フレイヤとケイトの家は、二人のドレスを新しく誂える余裕がない。
新年祭のドレスはレンタルで済ませるそうだ。
新年祭とは別に今回のパーティー用のドレスをレンタルするのも、少々厳しい状況らしい。
それで今回は、二人と体型が近いAクラスの女子生徒のドレスを借りることになった。
二人はそれにも恐縮していたが、彼女達に似合うドレスをクラスメイトの女子達で選ぶのは大層盛り上がったそうだ。
ホスト側の準備でその場にいられなかったリリアンナとしては、羨ましい限りである。
実際借り物とは言え、今着ているドレスは二人によく似合っている。
そのことにクラスメイト達は、やり切ったと満足そうな顔をしていた。
因みにFクラスの男子生徒達は、今回は夏物ではあるが社交界デビューで着たものに手を加え、新年祭は新しく誂えたものを着用するとのことだった。
「お礼なら彼女達に、私は結局何もできなかったから」
「そんなっ、今私達がこうしていられるのはリリアンナ様のお陰です。リリアンナ様が手を差し伸べてくださったからこそ、今の私達がいるのです」
「私は、ここにはいない誰かさんに腹が立っただけよ。それに貴女達を巻き込んだだけだもの」
「巻き込んでくださったお陰で、私達は非常に助けられたのですが……」
クラスメイト達に比べれば、リリアンナが彼女達の為にできたことなど微々たるものでしかない。
クラスメイト達を巻き込んだリリアンナとしてはそれが心苦しかったのだが、彼女が忙しくしていたことは、関係者の誰もが知っていることだ。
それに実は結構楽しんでいたので、誰もがリリアンナを責めるどころか、この機会を作ってくれた彼女に感謝する部分が大きかった。
二人から離れ、エドワードと壁際に寄ると飲み物を手に一息つく。
そして周囲には聞こえない程度の声で、エドワードにしっかりと念を押した。
「エド、明日にはちゃんと、詳しい話を聞かせてもらうわよ」
それに対し、エドワードは参ったなとでも言いたげな笑みを浮かべる。
今回の婚約披露パーティーが終わるまではと、ランメル王国で進められている犯罪組織の捜査について、ミハイルとの間でどのような話がなされたのか一切聞かされていない。
無論リリアンナが聞いてはいけないこともあると理解はしている。
話せることが何もないと言われれば、リリアンナも無理に聞き出すつもりはないが、今のところそれすらも聞かされていないのだ。
明日の夜こそはそれも含めて聞き出そうと決意し、敢えて微笑みながらエドワードを見上げた。