65.新たな婚約話が浮上しました
冬休みに入って三日目、イリーナ達がオルフェウス侯爵家のタウンハウスに到着した。
婚約式はラドリス公爵夫妻だけだったが、今回の婚約披露パーティーには、イリーナの姉夫婦に後継である弟も出席することになっている。
彼らとは今回が初めての顔合わせだ。
ランメル王国の王太子であるミハイルも、婚約式同様ランメル王家を代表して出席する為、イリーナ達と一緒にフォレスト王国を訪れているが、彼だけは宿泊先が別なこともありこちらには来ていない。
王族であるミハイルは警備上の理由から王宮に滞在することになっており、真っ直ぐそちらに向かっている。
一度王宮で国王に謁見してから、こちらに挨拶しに来る予定だ。
ただ今回彼は、謁見と同時にレイチェルへ婚約の申し入れをしていた。
ランメル王家からフォレスト王家への正式な婚約の申し入れである。
お陰で王宮は一騒動あったらしい。
だが国としても、ソフィア・ウィステリアの事件で微妙な関係になっていたランメル王国との関係を確実に改善することを考えると、今回の縁談は悪いことではない。
それにミハイルとレイチェルは、想い合っていると言えるほどお互いに好意を抱いている。
正式に話を進める方向で纏まり、早速遠距離通信用の魔道具を使い、国王同士で話し合うことになったそうだ。
ミハイルは謁見の後、レイチェルにも会って直接婚約の申し入れをしたことを伝えてから、オルフェウス侯爵家のタウンハウスへとやって来た。
晴れやかな顔でそのことを語るミハイルに、リリアンナ達は思ったより早く話が進みそうだと驚いたが、ここ最近のレイチェルの様子を思えば、素直に良かったと嬉しくなる。
この数日リリアンナとミレーヌは、毎日レイチェルに呼び出され、ミハイルに会う時に着るドレスについて相談されていた。
少しでも可愛く思われたいと一生懸命なレイチェルは本当に可愛らしくて、二人も真剣にドレスを選んだ。
レイチェルらしさを損なわずに、それでいてより彼女の魅力を引き立てるドレスを選ぶのは、男兄弟しかいないリリアンナとミレーヌにとって滅多にない経験であり楽しくもあった。
レイチェルは王女としては少々お転婆だが、王族としての自覚はしっかりとしているし、真面目に勉強にも取り組んでいる。
だがミハイルと出会ってからは、より真剣に励んでいるようだ。
レイチェル自身は、王族として国の為になる相手と政略結婚をする覚悟をしていたが、ミハイルに出会い、彼への想いを自覚してからは、少しでも彼に相応しくなりたいと思うようになっていた。
王族である以上、想いが叶わない覚悟をしながらもレイチェルが努力をしていたことを知っていたリリアンナは、ミハイルとの婚約が進められる方向で話が纏まったことに心から喜んだ。
リリアンナとエドワードの婚約も政略的なものだが、お互いに心を通わせることができている。
だからこそ、三年後には義理の姉妹となるレイチェルとシンシアにも、政略結婚であっても心を通わせることができる相手と結ばれてほしいと思っていた。
ミハイルとレイチェルの婚約も純粋な恋愛結婚ではなく、どちらかと言えば政略的な面が強い。
それでも二人にとっては、婚約を進める方向で話が動き出したことは、この上なく嬉しいことだろう。
これからよりお互いのことを知っていく中でぶつかることもあるかもしれないが、その上で良い関係を築いていってほしいと、リリアンナとしてはそう願うばかりだ。
ミハイルは一通り挨拶を済ませると一時間ほどオルフェウス侯爵家のタウンハウスで過ごし、王宮へと戻っていった。
彼は今回、婚約披露パーティーに参加するだけでなく、ランメル王国で進められている犯罪組織の捜査についても現在の状況などについて話し合う予定になっている。
レイチェルと過ごす時間を少しでも多く確保したいが、そちら次第でどうなるか分からないと難しい顔をしていた。
彼にとってはどちらも重要なことであり、レイチェルとの時間を優先したくてもそうできないのは残念だったが、ミハイルはミハイルで王太子としての自分の役割をしっかりと自覚している。
状況次第では、自分の気持ちを無理矢理割り切らなければならないことも心得ていた。
だからと言って、レイチェルと過ごす時間を諦めた訳ではないが。
結局のところ、毎日レイチェルとティータイムを楽しむ時間は確保していたらしいので、ミハイルなりに随分と頑張っていたに違いない。
レイチェルも彼の状況は理解していたので、それが本当に嬉しかったと、後日リリアンナとミレーヌに頬を染めながらそう語っていた。
イリーナ達ラドリス公爵一家が滞在していても、エドワードは毎日リリアンナの部屋を訪れている。
イリーナ達が使っている客間は、リリアンナ達の私室とは別の棟にあり、そちらには転移魔法陣を使用した様子が伝わらないようになっているので、エドワードが来たとしても問題はない。
イリーナ達がやって来たその日、部屋を訪れたエドワードは軽くキスをすると、少しだけと言ってリリアンナを抱き締めた。
「もしかして、寂しくなっちゃったの?」
そう言うと、エドワードは黙ったままリリアンナの髪に顔を擦り寄せる。
そして身体を離すとリリアンナの手を引き、ソファーへと移動した。
「そのうちミハイル殿下からレイに婚約の申し入れがあるだろうなと思ってはいたけど、実際にこうなると、ちょっと複雑っていうか……」
「エド達も、兄妹仲はいいものね。幸せになるのを願うことと、直ぐには会えなくなることを寂しいと思うのは別だもの」
図星だったのか、リリアンナを抱き寄せると、エドワードは顔が見えないように彼女の肩に顔を伏せる。
そっと髪を撫でると、より強く抱き締められた。
「僕とリリィが婚約したのは十歳の頃だし、レイだってそろそろ婚約してもおかしくはないと思う。二人は出会って間もないし、少しの時間しか一緒に過ごしてないけど、お互いに真剣に想い合っているのは見てて分かるし、僕だって初めて会った時からリリィ以外は考えられなかったから、分からなくもないんだけどね……」
「うん、そうだね」
もう少し心の準備をする時間がほしかったなと、エドワードがポツリと呟く。
リリアンナもルイスがコルト侯爵家に養子に入りオルフェウス侯爵家からいなくなった時は、以前から分かっていたことであるし、直ぐに会える距離だとしても、いざいなくなると寂しかった。
ミハイルとレイチェルが婚約しても、実際に嫁ぐのは六年は先のことだ。
エドワード自身、二人の妹達が何れ離れた場所に嫁いでいくのは理解している。
それでも、気軽に会えない場所に可愛い妹が嫁いでいくのは寂しいだろうなと、リリアンナは慰めるようにエドワードを抱き締め返した。