64.冬休みが始まります
入学して二度目となる学期末試験が終わり、各学年上位三十名の名前が掲示板に張り出された。
今回はリリアンナとエドワードが揃って全教科満点で首席、次にルイス、僅差でクリフとミレーヌが続き、順位に変動はあったものの上位五名の顔触れは前回と同じだ。
ただ普段と異なり、一番下に最下位と表示された上でアンナの名前が掲示されている。
しかも成績上位者は総合点のみだが、アンナだけは全教科の点数が掲示されていた。
それがギルバートの仕業であるのは考えるまでもないことだろう。
前回は全教科二十点未満と聞いていたが、今回もそれは同様で、最高得点が十五点、最低得点が十点と散々な結果である。
流石にこの点数を張り出すのは嫌がらせを通り越して悪質ではないかと思うが、アンナの妄言がどれだけ酷いのかを周囲に知らしめるには手っ取り早い手段でもあることを考えると、何とも言えない気持ちだった。
だがそれでアンナが傷付いたり落ち込んだりしている訳でもない。
前回同様、エドワードが首席で自分は二位だと声高に騒いでいるものだから、周囲は何言ってるんだこいつといった顔で、遠巻きに眺めている。
リリアンナ達にとっては想定通りの言動でしかなく、最下位がリリアンナだと言わないだけマシだとさえ思い、敢えて何も反応を見せずにいた。
一方Fクラスの他の生徒達は順調に成績を伸ばしており、無事新年を祝う夜会、通称新年祭へ出席できることになっている。
放課後のマナーレッスン及びダンスレッスンは現在も継続されているが、今では他のクラスの生徒達も加わり、割と大規模なものになっていた。
切磋琢磨しながら自己研鑽に励み、マナーや教養に学業と磨きをかけた結果、リリアンナ達の学年はアンナを除き全体的にレベルが高くなっている。
これに目を付けたギルバートは、この形を上手いこと学園のカリキュラムに取り込めないかと考えているらしい。
アンナへの怒りを切っ掛けとしたリリアンナの企みは、思わぬ形で生徒達の成長へと繋がっていた。
◇◇◇
明日から冬休みに入るという日の午後、幼馴染の五人は久しぶりに王族居住区の談話室に集まっていた。
学園は午前中で終わり、生徒会も昨日代替わりを済ませて今日は休みとなっている。
夏休み中から何かと予想外の予定が次から次へと入ったことで、学園外でこうして五人が顔を揃えてゆっくりと過ごすのは約半年振りのことだった。
「色々とあり過ぎて、冬休みまであっという間だったわね」
「そうだね、まさかあの女の問題がここまで大事になるとは思わなかったよ」
あの女とは言うまでもなくアンナのことである。
特性持ちであることが判明したかと思えば、禁止薬物の売人とも繋がりがあったのだ。
具体的にどのようにして面識を持ったのかまでは分からないが、ランメル王国との合同捜査に至る切っ掛けの一つとも言えなくはない。
そちらは既に魔力を無効化する魔道具に術式を付与した者を特定し、その相手がランメル王国に拠点を置く犯罪組織の一員であることを掴んでいる。
今は動向を監視しながら秘密裏に内部調査が進められており、拠点突入の時機をうかがっているところだ。
魔法省の調査員達は、魔道具に術式を付与した者の魔力を辿り、犯罪組織の拠点を特定した時点で一度帰国しており、今は二人ずつ交替でフォレスト王国とランメル王国を往復している。
捜査はランメル王国側がメインで行っている為、現在は魔法分野での補助的な役割で協力するだけに留まっていた。
「それにしても、一度痛い目に遭っておきながら、その後五回もフレイヤ達に暴力を振るおうとするとは思わなかったわ。懲りるということを知らないのかしら?」
「知らないからやるんじゃない? 六回目の捻挫がついこの前のことだし、休み明けもまたやらかして痛い思いするんじゃないかしら」
結局アンナは、フレイヤ達に暴力を振るおうとするのを止めなかった。
その度に手首を捻挫しているのだが、治って暫くすると思い出したようにフレイヤかケイトを叩こうとするのだ。
そしてやってもいない罪でリリアンナが詰られるのも毎回のこと、それを完璧に無視することにも慣れてしまった。
「できれば冬休みの間くらいは関わらずに済みたいわね。十日後にはお兄様達の婚約披露パーティーだし、その後は新年祭を挟んでルイス達の婚約披露パーティー。おめでたいことに水を差されたくはないもの」
冬休みは約一カ月、その間にアルフレッドとイリーナ、ルイスとエミリアの婚約披露パーティーが開催される。
更に新年祭とその準備だけでも目まぐるしい。
ランメル王家を代表して出席するミハイル、それにラドリス公爵家は、婚約披露パーティーが終われば帰国するが、イリーナはそのままオルフェウス侯爵家に留まり、アルフレッドの婚約者として新年祭に出席することになっている。
その間にイリーナの好みを確認した上で、彼女の部屋を整える準備を始めるのだ。
ランメル王国でもフォレスト王国と同様、十六歳になる歳から三年間学園に通うことになっている。
イリーナは学園を卒業した直後からオルフェウス侯爵家に住み、半年後にアルフレッドと結婚式を挙げる予定だ。
それまでも長期休暇はオルフェウス侯爵家に滞在する予定であり、領地の本邸と王都のタウンハウスの両方にイリーナの部屋を用意する為、今から準備をする必要があった。
因みに、フォレスト王国では新年祭を開催して新年を祝うが、ランメル王国では新年は家族で過ごすのが一般的らしい。
それでイリーナが新年祭に出席するのも、特に問題はないということだった。
アンナは新年祭に出席することが認められていないので、リリアンナが出席しなければならないパーティーや夜会では顔を合わせずに済む。
それには胸を撫で下ろすが、だからと言って気が抜けるものではない。
その全てでリリアンナをエスコートするのはエドワードなのだから、寧ろ侮られないよう準備も含めて気合いを入れなければならないのだ。
それに、ランメル王国で行われている捜査にも無関心ではいられない。
リリアンナにとって何かと忙しい冬休みが幕を開けようとしていた。