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6.災難は続きます

 朝から精神をごっそりと削られ、それでも意地で表情を取り繕い教室に入ると、一斉に気遣わしげな目を向けられる。


 既に先程の一件は噂になっているらしく、誰もが挨拶に続けてリリアンナを気遣う言葉を掛けてくれた。


「あの方は、ニコラス・ザボンヌ子爵令息のお姉様なのですか!?」

「ええ、私も貴族名鑑で確認しただけでご本人から直接名乗られたわけではありませんが、間違いなくあのニコラス・ザボンヌ子爵令息の姉君です」


 ニコラス・ザボンヌ子爵令息は、今やこの国の貴族で知らぬ者はいないであろう天才少年である。


 幼い頃から土木の分野に興味を持ち研究に明け暮れた結果、わずか十歳で画期的な論文と研究成果を発表した。


 それを基に各地で治水工事が行われたことで、雨季の洪水被害が格段に減少したのだ。


 今も治水工事が行われている地域を飛び回り、調査や適切な助言を行っているが、それには工事で使用する魔法の効率的な使い方まで含まれる。


 ニコラス自身、子爵家にしては魔力も多く制御に優れており、それに加えて治水工事に関する知識があるからこそできることだ。


 彼は今年で十四歳になるが、二年後の学園入学までは精力的に動き回るつもりらしく、滅多に領地に帰ってこないとザボンヌ子爵夫妻が嘆いていることは有名な話である。


 そのニコラスの姉がアンナであるという事実に、誇張でも何でもなく大きな衝撃を受けた。


 百年に一人と言われている天才少年の姉が、まさかあのような支離滅裂で理解不能な人物だとは、誰も想像していなかったことだろう。


 予鈴が鳴り、クラスメイト達が自分の席に着き始めると、乱雑に教室の扉が開け放たれる。


 そこにいたのは、先程の一件で渦中の人となっているアンナだった。


 このクラスではないアンナが現れたことに、困惑と警戒が入り混じる。


 アンナはキョロキョロと教室を見回しリリアンナの姿を捉えると、険しい表情で真っ直ぐに向かってきた。


「何でリリアンナ様がそこに座ってるんですか? そこは私の席です、さっさとどいて自分のクラスに戻ってください! それともこれも嫌がらせなのですか!?」

「……私のクラスはここですし、この席は私の席で間違いありません。貴女こそ、早くご自分のクラスに戻られた方がよろしいのではありませんか?」


 今度は何だと身構えていたが、流石にこの展開はあまりにも予想外で、毅然と対処するはずが気勢をそがれてしまう。


 リリアンナを守ろうとアンナの前に立ち塞がったミレーヌも、二の句が継げず愕然とした様子で、ただアンナの顔を凝視していた。


「何を馬鹿なことを言って…」

「アンナ・ザボンヌ、何故Fクラスのお前がAクラスの教室にいるんだ。早く自分のクラスに戻りなさい!」


 クラス全体が呆然として言葉を失う中、いつの間に来ていたのか、このクラスの担任であるフィリップ・カントの鋭い声がアンナの声を掻き消す。


 彼のアンナを見る目は、言葉以上に鋭く冷たいものだった。


「先生まで何を言ってるんですか!? 何でAクラスの私がFクラスに戻らなきゃいけないんですか? Fクラスに戻るのはリリアンナ様の方でしょう!?」

「お前こそ何を言っている。お前は最初からFクラスで、Aクラスに変更になることもない。それに、優秀なオルフェウス嬢がFクラスなど有り得ない」

「それじゃあやっぱり、リリアンナ様が我儘を言って、無理矢理私とクラスを入れ替えさせたんですね! 私がエドワード様と違うクラスなんて有り得ない!!」


 フィリップの言葉に、全く噛み合わない的外れな返答をしたアンナが、リリアンナに掴みかかろうとする。


 だがそれをミレーヌが許すはずもなく、あっさりと床に組み伏せた。


「ウィステリア嬢、Fクラスの担任と警備を呼ぶから、悪いがそのまま取り押さえていてくれ」

「承知しました」


 フィリップは通信用の魔道具を手にすると、連絡を入れる為に廊下へと出る。


 床に組み伏せられたままのアンナが、ヒステリックに叫びながらリリアンナを罵倒し続けているのだから、教室内だと相手が声を聞き取りづらい可能性があるからだ。


 教室内は混沌とした異様な空気に包まれ、Fクラスの担任教師と警備が駆け付けるまでの時間が、随分と長く感じられた。


 まだ学園での一日は始まったばかりだと言うのに、Aクラスの生徒達は誰もが憔悴しており、意図せずその原因の一端を担ってしまったリリアンナは、酷く罪悪感に苛まれることとなったのだった。

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