59.全方向から怒られました
急遽王宮で開催された晩餐会には、国王夫妻にエドワード、ギルバートに宰相のレイニール公爵、フレデリックとエミリアの兄妹、そしてオルフェウス侯爵家とルイスが出席していた。
フレデリックと共にランメル王国に向かうことになっている秘書と補佐官も招かれていたそうだが、身に余ると丁重に断られたらしい。
リリアンナが用意した二つの魔道具を手にした彼らは、顔を引き攣らせたり目が虚ろになったりした挙句に何かを察し、出席を固辞していたのだ。
それ以前に他は王族に高位貴族ばかりで緊張を強いられるのだから、彼らにとってその選択は正解だったと言えるだろう。
エミリアが出席すると聞いていたリリアンナは、取り敢えずの婚約祝い代わりに例の魔道具二つを持参していたのだが、それが自分の首を絞めることになるとは考えてもいない。
最終的にその魔道具に話が行き着くことになる晩餐会は、まずはアルフレッドの婚約話にルイスとエミリアの婚約を祝うところから、和やかに始まった。
「まさかアルフレッド殿が、ランメル王国の公爵令嬢と婚約を結ばれるとは思いませんでした。会ったばかりで直ぐに話が纏まるなんて、余程素敵な方なのですね」
「ええ、それはもう、彼女ほど次期オルフェウス侯爵夫人に相応しい女性はいないでしょう。妹のことを心から大事にしてくれるのは間違いありません」
「成程、そういうことですか」
目を輝かせてそう語るアルフレッドに、やはり決め手はリリアンナへの態度や接し方だったかと、フレデリックは感情の読めない完璧に整った笑みを浮かべる。
フレデリックは内心、お相手はアルフレッドの妹への行き過ぎた溺愛を知っているのだろうかと心配していたが、まさかその相手がアルフレッドと同類だとは微塵も考えていない。
彼はそう間を置くことなくイリーナがリリアンナへ向ける崇拝を目にすることになるが、今はまだ知らずにいることは、ある意味幸せなことだろう。
「イリーナ嬢ほどアルフレッドに似合う令嬢はいないだろう。フレデリックも彼女に会えばその意味がよく分かるはずだ。兎も角、アルフレッドの相手が決まって一安心だな」
国王が意味ありげに言った言葉にフレデリックは身構えるが、似合うというのがどういう意味なのかは敢えて考えない方が賢明だろうと直感し、笑みを返すだけに留める。
それにまだ正式に婚約を結ぶ前とは言え、欠片も話がなかったアルフレッドの婚約が決まったことは喜ばしいことだった。
「ルイス、コルト侯爵夫人はもう大丈夫なのか? お前達の婚約がなかなか決まらなかったのは、夫人が体調を崩していたからなのだろう?」
「はい、今は安定しています。春先の急激な温度変化で風邪を拗らせ長引いていましたが、今は普段通りの生活を送れるほど回復しています」
「そうか、それは良かった。夫人は元々あまり身体が丈夫ではないから心配していたが、そこまで回復しているなら何よりだ」
ルイスの義母であるオリヴィア・コルト侯爵夫人は、幼い頃から身体が弱く、出産には耐えられないだろうと言われるほどだった。
早くから結婚を諦めていた彼女がトビアスと結婚したのは、お互いに子を望めぬ身体だったからだ。
そうでなければトビアスも、ギルバート同様生涯独り身を貫いただろう。
だが別に傷の舐め合いで結婚した訳ではない。
お互い子を望めないのであれば、共に生きてみようかと前向きに検討した結果今に至っており、二人の仲は常に良好である。
「そう言えば、リリアンナ嬢が作られた魔道具ですが、また凄いものを作られましたね。ありがたく使わせていただきますが、無償で提供してよいものではないと思われますが」
更に表情が読めない笑みを浮かべたフレデリックの言葉に、この場にいる全員がリリアンナに視線を向ける。
何故自分が耳目を集めているのか理解できないリリアンナは、不思議そうに首を傾げた。
「リリィ、あの状態異常無効化の魔道具を見せてもらったが、あれは何かな?」
「何って、仰った通りの効果を発揮する魔道具ですが、何かおかしなことでもありましたか?」
フレデリック以上に感情の読めない笑みを浮かべたギルバートの質問じみた言葉に、本気でその意味が理解できないリリアンナは、訝しげな目を彼に向ける。
だがその直後、そういう意味ではないと言わんばかりの視線が一斉に突き刺さり、リリアンナは益々状況が理解できずに困惑を深めた。
「何もかもおかしいだろう」
「この前の防御結界といい、今回の状態異常無効化といい、とんでもないにも程がある」
「これまでの魔道具の常識を覆していますからね」
「お陰でまた魔法省の研究員達が発狂していましたから」
「こんな貴重なものを気軽に渡されるこちらの身にもなってほしい」
「一つでもとんでもないのに、こんなものを短期間で立て続けに作ること自体おかしい」
次から次へと口々に責められ、リリアンナは目を白黒させる。
自分の作る魔道具が世間でどれだけの評価を得ているのか把握していないリリアンナは、ここまで言われるほど凄いものを作った自覚はない。
本人にとっては趣味の延長線でしかないので、何故こんなにも大袈裟なことになっているのだろうかと、首を捻るしかなかった。
「でも、今回の状態異常無効化の魔道具は、術式自体は以前のものと一緒ですし、仕組みはこの前の防御結界のものを流用しただけてすよ」
「今回の仕組みは、そう簡単に流用できるようなものではないよ。その仕組み自体、難解過ぎて理解できないと魔法省の研究員達が頭を抱えているんだから」
「でも作ったのは私ですから、私がやる分にはそんなに難しいことではないですけど……」
「それはそうかもしれないが、何か違う」
全く事態を把握できていないリリアンナに、全員が頭を抱える。
どうすれば自分の作った魔道具の価値を理解してくれるのかと、誰もが途方に暮れていた。
「お姉様はもう少し、御自分の作られた魔道具の価値を理解された方がよろしいですわ。売れば高額になるのは間違いありませんし、どれだけ高額でも確実に一瞬で完売しますのに」
昔から姉のように慕ってくれているエミリアにまで、そう苦言を呈されてしまう。
流石にそれには堪えたリリアンナは、視線を彷徨わせた後、しょんぼりと項垂れた。
「今までお姉様が作られた魔道具は、どれも貴重なものばかりです。そんな気軽に無償でばら撒かないでくださいませ」
「エミリアにも、婚約祝い代わりに今回の魔道具二つを持ってきたのだけど、それも駄目かしら? エミリアの好きそうなデザインで作ってみたの。勿論それとは別にお祝いの品は用意しているところだけど……」
「……拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
恐る恐る差し出した魔道具を手に取ったエミリアが、様々な角度からじっくりと眺める。
そして困ったように肩を竦めると、これ以上ないほど深く溜息を吐いた。
「流石はお姉様です。私の好みをよくご存知ですわ。悔しいですけど、これはありがたくいただきます。ですが、今後は無闇にばら撒くのではなく、相応しい対価をお受け取りくださいませ」
「イリーナ様にお渡しするのも駄目かしら?」
「それはいい! イリーナ嬢には是非差し上げるべきだ!!」
「アルフレッドお前は黙っていろ。話をややこしくするな!」
横から口を出したアルフレッドが、男性王族全員から一喝される。
だがこの後それとは比べ物にならないほど、リリアンナは懇々と説教される羽目になったのだった。