57.どれもこれも問題です
エドワードはそのまま、アンナの診断魔法の結果を有耶無耶にしようとしたが、それを許すリリアンナではなかった。
そして、知っているのと知らないのでは対策に影響が出ると叱責され、項垂れることになる。
そんなエドワードを半目で眺めると、リリアンナは容赦なくそれに関して知っていることを全部吐かせた。
「ザボンヌ子爵令嬢は、その売人の男と複数回関係を持っていたということね。それも、薬の影響で相手がエドだと思い込んでいた可能性が高いと。その前提で考えると、それもエドに愛されていると思い込む要因になっているのでしょうね」
「多分ね。流石にあの媚薬を服用したかどうかまでは確認しようがないから、憶測でしかないけど」
「そうね、あの媚薬を服用したのが半年前のその時だけだとすれば、その効果は抜けているだろうし、形跡も残ってはいないわよね……」
診断魔法では女性が純潔であるかどうか、また一年以内であれば、行為に及んだ時期や回数、その相手をある程度把握することができる。
それは、王族に嫁ぐ女性が純潔であるかどうかは勿論、王族以外の男の種を持ち込んでいる可能性がないか確認することを目的として開発されているからだ。
公にはなっていないが、過去に第二王子妃が、直系王族男子の色を持たない男子を産み、大騒ぎになったことがある。
その妃が婚姻の儀の直前に幼馴染の伯爵令息と結ばれていたことが分かり、生まれてきたその男子の髪と目の色は伯爵令息と同じ色だったことから、彼の子であると断定された。
それにより、その子供は貴族籍を剥奪された伯爵令息に引き取られたが、第二王子妃は出産で命を落としたことにされ、罪を犯した王族が送られる塔に一生幽閉されることになったのだ。
これは王妃教育で学ぶ内容であり、リリアンナはまだ知らない事実だ。
王太子妃教育は殆ど終わっているが、外に出すことができない部分について学ぶ王妃教育は、学園卒業後に受けることになっているので、それを知るのはまだ先のことになる。
兎も角こうした経緯により現在の診断魔法が開発されたことで、アンナが既に純潔を失っており、その時期が学園入学の為にザボンヌ子爵領から王都へ向かっている頃だということが判明していた。
相手がその売人の男であると分かったのも、その男の魔力の性質が確認できていたからだ。
ただ既に身体から影響が消えている薬物に関してまでは、診断魔法では確認できない。
アンナがあの媚薬を服用したかどうかまでは、流石に確かめようがなかった。
「どんな経緯でそんなことになったのかは分からないけど、仮に薬を服用した影響で相手を他の誰かだと思っていたのなら、望まぬ相手とそういう関係になったということよね……」
「そうなるね。それは彼女にとって辛い現実だとは思う。でもだからと言って、リリィに対して侮辱行為を繰り返していいことにはならない。それとこれとは話が別だよ」
アンナに対し嫌悪感を抱いてはいても、同じ女性としてリリアンナはそのことに心を痛めるが、エドワードはそれに関してだけは同情しても、リリアンナへの態度を許すことはできない。
エドワードの本音としては今すぐにでもその報いを受けさせたいが、国のことを考慮した結果、できる限りザボンヌ子爵家に影響が少ない形で決行することが決められているので、それは当分先のことになる。
現時点では、アンナは三回留年して強制退学になる可能性が高いと見られていることから、それにより貴族籍を失いザボンヌ子爵家との縁が切れた時点での決行が予定されているのだ。
それ以降も特性に関する研究で魔法省預かりになることは決定しているので、アンナが貴族でなくなるまで堪えるのが最善でもあった。
「それにしても、何故彼女はあの媚薬を所持していたのかしら? 確か十錠はあったわよね?」
「ああ、購入したにしては多過ぎる。あれは一つでもそれなりに高額なはずだ。ザボンヌ子爵家はニコラスの功績でそこそこ財政は潤っているが、それでも令嬢が気軽に購入できる額ではない」
マークを取り調べた際、彼が購入した媚薬もそれなりに値が張り、裕福な伯爵家の息子だった彼でも五つが限界だったと言っていた。
ドリアス伯爵家を始め、彼と関わりがありそうな場所は全て捜索されているが、全て使用済みという自供通り、他には見つかっていない。
アンナが所持していた媚薬も、少なくともそれに準ずる金額であると考えられる。
それを十錠以上も購入できるだけの大金を、王都へ向かう旅路で持ち合わせているとは思えない。
防犯を考慮すれば、旅路に必要な分だけ持たせ、学園の寮に入ってから送金する形の方が無難なのだから、ザボンヌ子爵もそうしているのではないだろうか。
「それに、認識阻害結界の魔道具も気になるわね」
「ああ、そっちも問題だ。ザボンヌ子爵令嬢の所持品にはなかったそうだし、売人の男の遺留品にもなかったらしいから」
「売人の男は殺害された可能性が高いって話よね? つまり、犯人が持ち去った?」
「そう考えるのが妥当だろうね」
改めて事が大きくなり過ぎだと、揃って苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。
謎や問題だけが膨れ上がり、推測や憶測ばかりで何一つまともに進展していない状況に、二人だけでなく関係者全員が焦りや苛立ちを募らせている。
アンナ絡みで今回の件が追加されたのは、流石にダメージが大きかった。
「考えたところで確定しないことばかりだから、本当嫌になるわね。取り敢えず、できることをした方が健全だわ。エド、ランメル王国に向かうのはフレデリック様の他に何人いらっしゃるのかしら?」
「今のところ、補佐が二人の予定だと思うけど、それがどうかしたの?」
嫌な予感がしてリリアンナの顔を覗き込んだエドワードに、態とらしく整った笑みを向ける。
それに顔を引き攣らせた彼に構うことなくソファーから立ち上がると、リリアンナは自身の机が置かれた場所へと向かった。
「ランメル王国に向かう方々に渡す防御結界の魔道具を作るわ。それから状態異常無効化の魔道具も。こちらも所有者登録して魔力に反応するタイプで作っておくわ。念の為、五つずつ作っておいた方がいいかしら?」
やっぱりとんでもないことを言い出したとエドワードが頭を抱える。
だがこうなったリリアンナを止めるのは至難の業だ。
大人しく好きなようにさせるより他なかった。
「状態異常無効化の魔道具も、この前の防御結界の魔道具と同じタイプね……」
「それは昨日思い付きで作ってみて、慣れたら五分程度で作れるようになったの。これは昨日作ったのもあるから、一つ作ればいいわね。全部で三十分くらいで終わるから、それまで待っててもらっても大丈夫かしら? できれば持って帰って陛下に渡してほしいの」
「ああ、うん、大丈夫……」
上機嫌で魔道具を作り始めたリリアンナを呆然として眺めながら、エドワードは乾いた笑いを漏らす。
これでまた、リリアンナの魔道具により、関係各所が頭を抱えたり発狂したりするのが確定である。
当然の如くエドワードの分も作られておりそれを手渡されるが、それを見た彼は現実逃避できればどんなによいかと真剣に考えた。
それで壊れ気味になったエドワードが、帰り際にここ最近で一番濃厚で激しいキスをしてリリアンナを真っ赤にさせたのは、ちょっとしたお仕置きかもしれない。