56.新たな事実も厄介です
アンナの診断魔法の結果は、一先ずエドワードとギルバートにだけ知らされた。
その結果はある意味想定通りであった為、二人は何とも言えない表情で黙り込む。
それをリリアンナ達に共有するかどうかは、正直悩ましいところだ。
頭では知らせるべきだと分かってはいるが、二人とも心情的には伝えたくない。
特に、リリアンナとミレーヌの耳には入れたくなかった。
「ただあの女のことだから、相手はお前だと思い込んでいるだろうな」
「分かっています。それに結果を教えないことで、逆にリリィは正解に辿り着くでしょうし……」
「そうだな……」
二人揃って頭を抱え、盛大な溜息を吐く。
アンナに嫌悪感はあっても、同い年の少女に起きたことだと考えれば、リリアンナもミレーヌもショックを受けることだろう。
できれば二人には伝えたくないというのが、エドワードとギルバートの紛れもない本音だった。
「それにしても、媚薬の売人らしき男は四十前後くらいだったんでしょう? 親子ほど年の離れた娘を相手によくやりますね」
「そういう趣向の変態なのかもしれないが、女であれば誰でも構わないって奴もいるからな。それにしても、あの媚薬の効果はやばいな。まだ可能性の段階ではあるが……」
リリアンナ達より一時間以上早く魔法省に着いていたギルバートは、アンナが所持していた媚薬を鑑定魔法で調べた調査員から、それを服用した際にどんな影響が考えられるのかを聞かされていた。
それは目の前にいる者を、自分が好意を寄せる相手だと錯覚する、そう思い込む可能性があるということだ。
そんなものが世に出回れば、その手の犯罪を助長することになりかねない。
ここで気になるのが、この媚薬の製法を知っているのが一人しかいないのか、それとも複数いるのかということだ。
魔法省の調査員が使った、売人の男の魔力を検出した魔法は、薬を作った者の魔力も検出することができる。
そして他に魔力が検出されたのは、魔法省の調査員達とアンナだけであることを考えると、その媚薬を作ったのも売人の男だと考えて間違いない。
仮にその男しか知らないのであれば、これ以上新たにこの薬が作り出されることはないだろう。
だが他にもその媚薬の製法を知っている者がいる可能性も当然ながらあるので、解毒薬の完成を急ぐことに変わりはなかった。
何故この短期間で次から次に問題が出てくるのかと、何度頭痛を覚えたのか分からない。
おまけに、魔法省から更なる驚愕の事実が飛び込み、二人はその衝撃から本格的に頭を抱え呻くことになったのだった。
◇◇◇
魔法省からその報告を受けたエドワードは、その日の夜もリリアンナの部屋を訪れていた。
茶番と言っても過言ではない恒例となりつつある攻防を繰り広げ、軽いキス一回で落ち着くと、揃ってソファーへと移動する。
そしてエドワードは、魔法省からの報告をリリアンナに説明し始めた。
「つまり、ランメル王国から持ち込まれた魔道具に術式を付与した者は、媚薬の売人とも血縁関係があるということ?」
「そうなるね。ゾリラスの娘と、その売人との間に生まれた子供、その可能性が極めて高い」
魔法省が魔法を無効化する魔道具から検出した魔力、つまり術式を付与した者の魔力は、ゾリラスだけでなく、売人の男とも血縁関係があることが分かった。
ゾリラスの方は、元伯爵の娘の子供であるとされていたが、売人の男とも親子である可能性が高いらしい。
魔道具に術式を付与した者の魔力を検出したのはつい最近のこと、今回媚薬の売人の男が話題に上がったことで何となく引っ掛かって調べたところ、その男とも血縁関係があることが判明したということだった。
「ゾリラスの娘って、確か生きていれば五十代半ばになっているはずよね? そして媚薬の売人は四十前後……。絶対にないとは言い切れないけど、流石にその二人の子供だとは思わなかったわ……」
「僕も驚いたよ。男の方が見た目通りの年齢なら、魔道具に術式を付与した者の年齢は、多分二十代だと思う」
「そうね、三十代半ばでの出産も有り得るから、二十歳前後から二十代半ばってとこかしら? 男の方が十代半ばで父親になった可能性もあるし……」
まさかそう繋がるとは思ってもみなかったことから、呆然としたまま言葉を紡ぐ。
だがこれで、その男がランメル王国を拠点としていた可能性が浮上した。
こちらもランメル王国と連携を取る必要があるだろう。
「ラドリス公爵とイリーナ様がこちらにいらっしゃるのが来月の初め、それまでにランメル王家と連絡が取れるのかしら?」
「それなら、クリンベル侯爵家のフレデリック殿に特性の件も含めて全てを話した上で、外交官である彼に託そうという話になっている。彼も無関係な話ではないし、知る権利があるからね」
「フレデリック様に? 確かに無関係ではないけど……。でもそれなら、エミリアにも話した方がいいのではないかしら? あの子はルイスの婚約者でもあるし、結婚すれば特性の件に絡むことも有り得るわ」
エドワードの顔を見上げ、そう進言したリリアンナの髪を撫でながら、彼は勿論と頷いてみせる。
フレデリックに全てを話すと決められた時点で、フレデリックの妹であり何れルイスの妻となるエミリアにも、知らせておいた方がいいだろうということになっていた。
来年学園に入学するエミリアには、卒業するまでは勿論学業を優先してもらうつもりだが、できる範囲で協力を得たいと考えられているらしい。
急ではあるが、二人には明日の午前中に登城してもらい、国王とギルバートから話をすることになったということだった。
昔からエミリアのことを妹同然に可愛がっているリリアンナも、彼女の性格を考えれば後で必要になってから知るより、今話しておいた方がいいだろうと思う。
ただできればその前に、エミリアに会って直接婚約のお祝いを伝えたかったなと、リリアンナとしてはそれが残念でならなかった。