55.危険物発見です
怪我をした翌日、アンナは絶対安静という体で魔法省の彼女に与えられた部屋に閉じ込められていたので欠席だったが、その次の日は登校すると、予想通りリリアンナのところへ押し掛けて来た。
そしていつものように五メートル程度離れた場所で悲鳴を上げながら盛大に転んだ。
その際捻挫した右手首が床に激突していた気もするが、妙な音は聞こえなかったので骨折はしていないと信じたい。
だが骨折していなくても骨折したと主張しかねないと考えていると、アンナがけたたましくリリアンナのことを詰り始めた。
「リリアンナ様何するんですか!? 痛いじゃないですか! リリアンナ様に暴力を振るわれて怪我したのに、それを更に痛めつけるなんて酷いです! しかも骨折させるなんて!!」
やはりそうなるかと顔には出さずにげんなりすると、リリアンナはそうとは分からないようにアンナの手元に視線を向けた。
アンナの左手は包帯が巻かれた右手首を強く握り締めており、もし本当に骨折しているのならば更に症状が悪化するのではと突っ込みたくなる。
本気で面倒になったリリアンナが無表情かつ無反応なままで踵を返そうとすると、そのタイミングで教師達が駆け付けてきた。
そのまま教師達に連行されていったアンナは、魔法省に連れ戻されると鎮静剤を投与され強制的に眠らされることになる。
まさかそれが思いも寄らぬ展開に繋がるとは、誰にも予想できなかった。
◇◇◇
放課後になるとリリアンナはミレーヌと共に魔法省へと向かった。
馬車は別だが、ルイスと生徒会を休んだエドワードとクリフも一緒である。
五人は昼休みに王族専用施設へとやって来たギルバートから、放課後直ぐに魔法省へ向かうよう告げられていた。
アンナが所持していたもので報告しなければならないことができたと、魔法省から連絡があったらしい。
魔法省へ着くと、先に向かっていたギルバートに迎えられ、会議室へ案内される。
そこにはアンナの担当である魔法省の調査員達と、薬学研究所の研究者が待っていた。
「鎮静剤を投与し眠ったザボンヌ子爵令嬢を寝衣に着替えさせていた際に、制服の上着の裏ポケットに薬品ケースが入っているのを見つけました。念の為鑑定魔法を使って調べた結果、未知の媚薬であると判明しました」
未知の媚薬と言われ、リリアンナ達五人は顔を険しくする。
何故アンナがそんなものを所持しているのか分からないが、使う相手はエドワードである可能性が極めて高い。
それも当然問題だが、未知の媚薬ともなれば至急その効果を調べる必要がある。
薬学研究所の研究者がいるのはそれでかと、全員が直ぐに理解を示した。
鑑定魔法によると、マーク達が所持していたものと比較すると命を失う危険性は低いらしいが、代わりに精神へ大きな影響を与える可能性が高いらしい。
そして精神に影響を与える以上、危険な物であると判断せざるを得ないのは当然のことだ。
それでより詳しく調べる為、薬学研究所へ依頼していたのだった。
「これと全く同じ見た目で無害なものを用意できるだろうか?」
「既に手配済みです。代わりにこちらをケースに入れて、ザボンヌ子爵令嬢の制服に戻しておきます。リリアンナ様、鑑定魔法でこれが無害なものであると、皆様に証明して頂けませんか?」
魔法省の調査員にそう頼まれたリリアンナは直ぐに鑑定魔法を発動し、身体に無害な薬草で作られたものであることを確認する。
それが終わると、念の為直ぐにケースを戻しておいた方がいいだろうと、女性調査員が急ぎ部屋を出ていく。
他にも魔法省の調査員は二人いるので、そのまま話は続けられた。
「この媚薬に残された魔力を確認したところ、我々とザボンヌ子爵令嬢のものしか検出されませんでした。それで今までこの媚薬に触れた魔力全てを検出する魔法を使ってみたところ、我々以外に一人だけ魔力が検出されました。ただその者は既に死亡していることが確認されています」
そして、その死亡している者というのがこれまた大問題であった。
それは、マークに近付き例の危険な違法薬物である媚薬を売ったとされている男だったからだ。
その男の魔力を調べたのは死亡後であるが、髪に残っていた残留魔力から何とか確認することができていたらしい。
魔法省の調査員とアンナ以外に検出された魔力がその男一人ならば、この未知の媚薬とやらを作ったのはその男であると言えるだろう。
そしてアンナがそれを所持していたのは、その男から直接入手した可能性が一番高い。
ここで問題となるのは、学園入学まで領地の邸に引き篭もっていたとされるアンナが、どうやってその男と接触したかということだ。
するとギルバートが机の上にフォレスト王国の地図を広げ、何やら記入し始める。
その一つはザボンヌ子爵領から王都へ向かうルートであり、その近くに大きなバツ印と日付が記入されていた。
「このバツ印は、その男の遺体が発見された場所だ。そして遺体が発見された数日前に、アンナ・ザボンヌはこの近くを馬車で通っている」
ギルバートの言葉に、この場にいる全員が息を呑む。
男の遺体が発見された日付を考えれば、アンナが学園入学の為に王都へ向かっていたのだということは容易に想像できた。
「まさか、その時に……?」
「そう考えるのが自然だろう。ニコラスが論文を発表し、各地で治水工事が行われるようになってからは、良からぬ輩が近寄らぬようザボンヌ子爵家を監視していた。その為、アンナ・ザボンヌが王都へ向かう際も、目立たぬよう監視を付けていた。その間、泊まった宿に入ると直ぐ認識阻害結界を展開する魔道具を使用していたと推察されている」
認識阻害結界とは、結界内の音や声が聞こえないだけでなく、中の様子が全く見えないようになっている。
それだけでなく、中にいる人物の気配を完全に消してしまう。
それは人以外のあらゆる生物を含めてだ。
恐らくアンナの監視に付いたのは王家の影であろうが、流石に彼らでも認識阻害結界の中の様子を確認するのは無理だろう。
ならばその結界の中に、アンナとその男がいた可能性は否めない。
だが何故その二人が接触することになったのか、それが疑問でもあった。
「仮にこの二人が結界の中にいたとして、何故そうなったのかは分からない。だがこの二人が接触していたとすれば、この結界内であると考えて間違いないだろう。その未知の媚薬とやらを手に入れたのもその時だと思われる」
影の実力を知っているからこそ、ギルバートはそう断言できる。
事実彼らがアンナの状況を確認できなかったのは認識阻害結界の中にいた時だけであり、それ以外でアンナがその男と接触したことはなかった。
「念の為、アンナ・ザボンヌに診断魔法を使ってみてくれ」
「承知致しました」
診断魔法で判明することに、主に王族に嫁ぐ女性に必要とされることだが、純潔であるかどうかということも含まれている。
アンナが所持していたのが媚薬である以上、その可能性を危惧するのは当然かもしれない。
だがその言葉にリリアンナ達五人は、顔を強張らせ言葉を失った。