51.そう簡単にはいかないようです
オルフェウス侯爵家のタウンハウスでお茶会兼勉強会が開催された翌日の夜、エドワードがリリアンナの部屋に入ると同時に、眼前で防御結界が展開された。
その結界の向こう側では、それを張ったリリアンナが可愛らしく微笑んでいる。
最近恒例となりつつあるこの展開に、エドワードは表面上は同じように微笑み結界に触れるが、当然の如く、その目は一切笑っていなかった。
「リリィ、昨日は会えなかったというのに、これはあんまりじゃないかな?」
「会えなかったからこそ、ゆっくりじっくり話をするべきではないかしら?」
うふふ、あははとお互いに温度の感じられない、小さな笑い声を上げる。
そして笑みを浮かべたまま暫し睨み合うが、珍しいことに直ぐにエドワードの方が折れ、結界をコンコンと叩いた。
「分かったから結界を解除して。今日は話したいことがたくさんあるしね」
「本当に? この後いつものように何度もキスしたりしない?」
「……一回くらいはしたい」
「……軽く一回だけだからね。膝の上に乗せるのもなしだから!」
結局エドワードを完全に拒みきれないリリアンナは、結界を解除するとそっと身を寄せる。
そして約束通り一度だけ軽く唇を触れ合わせると、恥ずかしさから顔を伏せ、スタスタとソファーの方へ歩いて行った。
「相変わらずリリィは、軽いキスでも真っ赤だね」
「恥ずかしいこと言わないで! 何でエドはいつもそんなに余裕なのよ……」
文句を言いながらも手際よくお茶を淹れ、エドワードの前に差し出す。
そして自分の分のカップを手にすると、気持ちを落ち着けるようにそれを口にした。
「それで、どうだったの?」
「今回会った二人には、特性の兆候は見られなかった。見つけられなかっただけかもしれないけどね。だから今後も定期的に確認する必要がある」
一口だけお茶を飲みカップをソーサーに戻すと、エドワードが疲れた顔で小さく息を吐く。
エドワードはクリフと共に、昨日から泊まり掛けで、近親者に比べ極端に魔法力の低い人物に会いに行っていた。
彼らが特性持ちかどうか調べる為だが、特にそれらしい兆候は見られず、特性持ちかそうでないかを含め、今回は成果を得ることができなかった。
「やっぱり、そう簡単にはいかないわね……。元々判断が難しい能力だもの、短期間で三人確認できただけでも奇跡なのよね」
「そうだね。今のところ、近親者より極端に低い魔法力と特性の因果関係は証明されていない。あくまで可能性の範囲内に留まっているだけだ」
二人は揃って大きく息を吐き出す。
やはり特性に関する調査は長期戦を覚悟しなければならないようだと、先の見えない話に気が遠くなりそうだった。
「結局、現時点で調査対象になり得るのは二人だけということよね?」
「ジェシカ・ボロネスは完全に壊れてしまっているからね。まあ、相応の罪を償っているとは言え、あんな環境に置かれていれば無理もないけど……」
「そうね……。彼女達が犯した罪を考えれば妥当だとは思うけど、心を壊さずに刑期を終えるのは難しいと思うわ……」
ジェシカ達に与えられた罰が何なのを知っている二人は、その顔を曇らせる。
例え精神を病んでも、身体に問題がなければ刑は続行され、逃れることはできない。
だがそれだけのことを仕出かした以上、彼女達に同情する訳にはいかなかった。
「まず他国の犯罪組織と通じ構成員を国内に招き入れ、禁止薬物を入手。その効果を確かめる為に自分達で数回使用。それで三日三晩は効果が持続するのを確認した上で、王宮で騒動を起こしたんだもの。しかもその熱を発散できなければ命が危険に晒されるのだから、罪が重くなるのは当然だわ」
しかも二人に近付いたとされる犯罪組織の男はその後行方不明になり、事件から一年以上経った今年の春先に遺体で発見された。
結局どこの国に拠点を置く犯罪組織の構成員なのかは不明なままで、禁止薬物の入手ルートは判明していない。
マークが国外に旅行した際に相手から声を掛けられ知り合ったらしいが、彼も詳しいことは何も知らなかった。
「あの薬に関しては、他国も危険視して捜査しているからね。実際に、あの薬の被害に遭い死んだ者は多い」
「あの二人も下手すれば中毒症状を起こして死んでいたのに、それを理解していなかったって話よね。捕えられた時も、計画が失敗したことに怒って暴れていたらしいし……。どちらにせよ、ジェシカ・ボロネスの協力を得るのは難しいというか、無理だったかもしれないわね」
リリアンナが深く溜息を吐き、エドワードは苛立たしげに髪を掻き乱す。
現在判明している特性持ちは、何故揃いも揃ってこうも厄介な者しかいないのかと、誰かに八つ当たりしたくなるほど頭が痛い問題だった。
「近親者より魔法力の低い者は、まだ後三人確認できていないけど、全員馬車で三日以上はかかる場所に住んでいるからね。長期休みにならないと、僕が直接確認しに行くのは難しい」
「そうね。お兄様も学園を卒業しないと本格的に動けないし、叔父様もルイスが婚約したばかりで色々と忙しいでしょうしね」
思うように進まない現実に、二人は再び揃って深い溜息を吐く。
特にこの件に関しては手出ししないよう命じられているリリアンナは、何もできないのが只々もどかしかった。