49.お望み通りにしてあげましょう
エドワードとギルバートが、それぞれ魔道具に自身の魔力を登録し使用者登録を済ませる。
そして利き手ではない左手首に装着し、視界に映らなくなったのを確認した後に右手でその場所に触れ、揃って理解できないとばかりに渋面を作り首を横に振った。
「装着している部分にはしっかりと魔道具の感触があるのに、逆の手で触れるとその感触が一切ないのはどういうことだ?」
「どういう原理でそんなことが可能になるんだ?」
不思議そうに首を捻るのではなく、虚ろな目で頭を抱える二人に、リリアンナの方が首を傾げる。
相変わらず魔法絡みだと常識が彼方へと飛ぶリリアンナにしてみれば、何故二人がそこまで思い悩んでいるのか理解できない。
そこまで変なことをしたかしらと疑問に思いながら、全く答えにならない言葉を返した。
「触覚的にも錯覚するように、術式を組んでみただけです」
「いや、だからどうやって?」
「感覚的に思い付いた術式を、理論的に整理していっただけですよ」
だからそれは答えになっていないし、普通は簡単にできることではないと言いたいが、リリアンナがとんでもない術式を思い付き完成させる時はいつもこうだ。
リリアンナは感覚派でありながら、きっちり理論立てて術式を組み上げることができる。
だが感覚的に思い付いたという元の術式は、何故これから理論的に組み立て成立させることができるのかと、謎でしかないものが多い。
恐らく今回もその類いだろうとエドワード達が溜息を吐いていると、リリアンナはこの話は終わりとばかりに、あっさりと話題を変えた。
「そう言えばちょっと思い付いたことがあって、相談したいと思っていたんです」
そんな簡単に終わっていい話ではないし今度は何だと眩暈を覚えながらも、エドワードとギルバートは彼女の話に耳を傾ける。
だが話が進むにつれ二人とも理解を示し、最終的にはその提案に賛同すらしていた。
「確かに彼らの為にはなるだろうな」
「それに、本試験前に対策が取れるのもいい」
二人の理解を得られたリリアンナは、安堵して嬉しそうに微笑む。
そしてそれを実現させる為に、三人であれこれ策を練り始めるのだった。
その後きりのいいところで話を切り上げ、リリアンナは送ると言って譲らなかったエドワードと共にオルフェウス侯爵家のタウンハウスに戻ることにした。
だがまさか、転移魔法陣を起動させると同時にエドワードにキスされ、そのまま転移する羽目になるとは思ってもいなかった。
◇◇◇
翌日の放課後、アンナを除くFクラスの生徒全員が、学園長室に近い会議室に集められていた。
遮音結界の魔道具を起動した上で、この場で話すことは他言無用、それ故に誓約魔法をかけると学園長に説明され、誰もが困惑した様子で顔を見合わせる。
だが、フレイヤとケイトがアンナから受けた仕打ちを聞かされた他の生徒達は、次第に怒りの色を濃くしていった。
フレイヤとケイト以外は男子生徒が三人だが、彼らもアンナの妄言には迷惑している。
これまで直接的な被害を受けたことはなかったので何とか堪えていたが、流石に今回の件は許せるものではなかった。
「彼女達が被害を受けたことに関して、オルフェウス嬢には何の落ち度もないことは君達も理解しているだろう。だが無関係ではないと責任を感じたオルフェウス嬢は、今後の君達の身を案じて防御結界の魔道具を作製した。製作ではなく、作製だ」
ただ続けられた学園長の言葉に、全員が顔を強張らせる。
入学までに必須とされる教養や能力が身に付いていないとしてFクラスに振り分けられた彼らも、リリアンナのことはその噂まで知っていた。
そのリリアンナが自分達の為に魔道具を作製したという事実に、大事になり過ぎではと狼狽えたのだった。
「あの、確か既存の術式を付与して魔道具を作るのが製作で、新たに開発した術式を付与して作る場合が作製なんですよね……?」
「そうだ、彼女はこの魔道具を作る為に、新たに術式を開発した。理解不能と言いたくなるほど、高度な術式をな」
学園長であるギルバートが明らかにした驚愕としか言えない事実に、何故そこまで大袈裟なことになったと、生徒達は顔を引き攣らせたり、言葉を失ったりしている。
そして誓約魔法を施してまで口外できないようにする意味を、正確に理解した。
「オルフェウス様が作製した魔道具は、各国の王族や高位貴族まで欲していると聞いたことがあるのですが……」
「そうだ。他言無用として誓約魔法をかけるのも、君達の身を守る為でもある。彼女が作製した魔道具を所持していることを知られると、それを奪おうとする輩もいるだろうからね。ただ、それに関する対策はされているから問題はない。取り敢えず、魔道具の説明をしよう」
顔が真っ青になった生徒達に問答無用で魔道具を配り、ギルバートがその性能を事細かく説明していく。
今までの魔道具と比べ、性能も価値もとんでもなく高いであろうことを理解した彼らは、更に顔が青褪めていた。
「あの、何故オルフェウス様は、この魔道具を態々作製されたのでしょうか……?」
「あの子が魔道具を作る時は、基本的に作製だよ。既存のものより性能が高いものを作ることしか考えていないからね」
ただそれだけでこんな分不相応なものを渡されたと知り、全員が呆気に取られる。
売り物ならどれだけの値が付くのかを考えると、それだけで只々恐ろしかった。
「オルフェウス嬢が考えたのは、これだけではないよ」
ギルバートが良い笑顔で付け加えた言葉に、これ以上何があるのかと顔を引き攣らせる。
だが続けられた内容は全く予想していなかったもので、彼らは再度困惑することになった。
「オルフェウス嬢は、君達が新年を祝う夜会に確実に出席できるよう、それまでに教養やマナー、それからダンスを徹底的に叩き込むと言っていたよ。それだけではない。来年確実に進級できるよう、学業の面倒も見るつもりらしい」
その意図が分からず、生徒達はそれぞれ顔を見合わせる。
答えを求めてギルバートに視線を向けると、彼は皮肉げに口元を歪め、それに応えた。
「アンナ・ザボンヌはカロック嬢とトレイル嬢に暴力を振るっておきながら、二人を虐げたのはオルフェウス嬢だ、自分を孤立させる為に二人を傷付けたなどと馬鹿げたことを言い放っただろう?」
「そうですが、何故それで…」
「現時点での様子だと、アンナ・ザボンヌは新年の夜会には出席できないし、留年する可能性が高い。彼女一人だけがそうなれば、それはある意味孤立していることになるのではないかな?」
「あ……」
「つまりオルフェウス嬢は、アンナ・ザボンヌの言葉通り、彼女が孤立する展開に持ち込もうとしてるんだよ。アンナ・ザボンヌが望む通りにね」
そんなに孤立したいのならさせてあげましょうと、不敵な笑みを浮かべたリリアンナを思い出す。
その手を抜くつもりはない様子にギルバートは、今回の件に彼女がどれだけ怒りを覚えているかを深く実感している。
自分に手助けできることを考えながら、あの子が怒るのも無理はないよなと、彼自身も静かに怒りを募らせていた。