47.流石に見過ごせません
頬に衝撃が走ると同時に、ひりつくような痛みと熱を感じる。
それを意識した時には、フレイヤ・カロック男爵令嬢は床に倒れ込んでいた。
何が起きたのか理解できず痛む頬に触れると、頭上から怒声が聞こえてくる。
それにのろのろと顔を上げると視線を向けた先で、同じクラスの友人であるケイト・トレイル男爵令嬢が詰め寄った相手から頬を引っ叩かれ、その衝撃から身体をよろめかせた。
「何をするのよっ! 何で私達が、突然顔を叩かれなきゃならないのよ!!」
「まあ、どうしたのその顔。まさか、リリアンナ様にやられたの!?」
「はぁ!? 何言ってるのよ、叩いたのは貴女……、きゃあっ!」
ケイトの抗議に、自分達の頬を突然叩いたアンナが、痛ましそうな顔をしながら巫山戯た返答をしてくる。
それにカッとなったケイトが反論しようとすると、笑顔で先程とは反対の頬を叩き、彼女を床に倒れ込ませた。
「二人ともどうしたの? まさか、貴女達もリリアンナ様に嫌がらせされてるの? 酷いわ、私だけでなく、私のお友達にまで手を出すなんて! きっと私を孤立させる為に、貴女達まで虐めることにしたんだわ!!」
笑顔で突然フレイヤとケイトを叩き、床に倒れ込ませておきながら、アンナが事実に反する訳の分からないことを叫んだ。
まるで悲劇のヒロインのように、悲壮な顔をして嘆き始めたアンナに、背筋が冷たくなり戦慄を覚える。
貴女とは友達ではないとか、ララがいなくなった時からとっくにクラスでは孤立しているとか、色々言いたいことはあるが、それを妄想の世界で生きる相手に言ったところできっと通用しない。
それに学園では生徒は平等と言われているが、家の爵位を無視することはできないのだから、男爵家の自分達では子爵家のアンナに対し、下手に楯突くことができないという側面もある。
フレイヤはケイトを庇うように抱き締め、顔を俯かせたままやり場のない怒りに唇を噛み締めた。
「家の爵位が上だからって、貴女達が何も言えないのをいいことに、それを利用して平気で虐めるなんて酷いわ」
それは自分のことだろうと腸が煮えくり返るが、無理矢理それを堪えて歯を食いしばる。
アンナが延々と垂れ流す妄言を聞きながら、早くこの時間が過ぎるよう、フレイヤはただそれだけを願っていた。
◇◇◇
放課後ギルバートに呼ばれ、魔法演習場の中に設けられた治療室にやって来たリリアンナとミレーヌは、彼女達の真っ赤に腫れた顔を目にして息を呑んだ。
唇は切れ血が滲み、二人のうち一人は両頬を酷く腫らしている。
どうしてこんなことにと怒りを覚えながら、リリアンナは二人に素早く駆け寄った。
「お二人に治癒魔法をかければいいんですよね?」
「ああ、今この学園にいる中で、リリィが一番治癒魔法に長けているからね。彼女達の顔を綺麗に治してあげてくれ」
生徒の前だというのに、リリアンナを普段通りに気安く呼んだのは敢えてのことだろう。
ギルバートは痛ましそうな顔を彼女達に向けながら、苛立ちを隠しもしていなかった。
まずは両頬を腫らした女子生徒の顔に手を翳し、慎重に、それでいて速やかに治癒魔法を施し、跡形もなく傷を消し顔を元通りにする。
もう一人の女子生徒の顔も治癒魔法で元通りにすると、二人の顔を確認したリリアンナは肩から力を抜き、ホッとして深く息を吐き出した。
「他に痛むところはありませんか?」
「えっ、あの……」
瞬く間に痛みの引いた顔に驚嘆しているのか、二人とも言葉を詰まらせる。
ちらちらと膝に目を向けているのを目敏く確認したリリアンナは、床に跪いたまま二人の顔を見上げた。
「あれほど顔を腫らしていたのですから、相当強い力で叩かれたのでしょう? でしたら、その衝撃で倒れたりしてもおかしくはありません。膝や足首などを痛めてるのではありませんか?」
リリアンナの言葉に、二人が顔を見合わせる。
その様子にリリアンナはギルバートを振り返ると、一旦この場から離れるようお願いした。
「学園長、お二人の膝と足首の状態を確認したいので、その間は治療室の外に……」
「勿論だ。しっかり治療してあげてくれ」
リリアンナの言葉を最後まで聞くことなく、スッと踵を返したギルバートが治療室を出ていくのを確認すると、二人の許可を得た上で直接膝と足首の状態を確認する。
痣になっているのを痛ましく思いながら治癒魔法で治し、他の痛む箇所も全て治療し終えると、直ぐ様ギルバートを中に呼び戻した。
「それで、学園長が態々私を呼んだということは、これはザボンヌ子爵令嬢の仕業と考えて間違いないでしょうか?」
「その通りだ。これを見てくれ」
ギルバートが差し出した魔道具をミレーヌと共に覗き込むと、二人がアンナから暴行を受けている様子が映し出される。
それを最後まで見終えると、リリアンナは眉間に皺を寄せた。
「流石にこれは見過ごせませんね。私を陥れる為に、自作自演で彼女が痛い思いをするのは自業自得ですが、他の方まで巻き込むのは許せません」
「そうだね。学園側としても、このまま放置する訳にはいかない」
同じく眉間に皺を寄せたギルバートが、苦々しく苛立ちを露わにする。
暫し黙り込んで思案していたリリアンナは、女子生徒二人に目を向けた後、ギルバートの顔を見上げた。
「一年のFクラスは、ザボンヌ子爵令嬢を除くと五名でしたよね?」
「ああ、そうだ」
「両頬を腫らしていたのがケイト・トレイル男爵令嬢、もう一人の方がフレイヤ・カロック男爵令嬢、他も男爵家の方ばかりですよね」
「私達の名前を……」
リリアンナが名前を知っていたことに驚いたのか、ケイトとフレイヤが目を見開く。
だがそんな二人の反応を一瞥しただけで直ぐにギルバートに視線を向けると、リリアンナは取り敢えずの対策を彼に告げた。
「彼女達が防御結界の魔道具を所持することを許可して頂けませんか? 魔道具は私が用意します」
「それは、アンナ・ザボンヌを除いた五人分かな? 魔道具はリリィが作製するのかい?」
「ええ、当然です。装着している間は見えないよう、幻影効果も付与しておきます」
またサラッととんでもないものをと、ギルバートが頭を抱える。
リリアンナが作製した魔道具というだけで、各国の王族が喉から手が出るほど欲しがるというのに、彼女が作製しようとしているのは、幻影効果付きの高度な技術を必要とするものだ。
それを無償で与えようとしているのだから、その反応も当然のことだった。
「理不尽な暴力を振るわれても、男爵家の彼女達では、子爵令嬢相手に強く出れないこともあるでしょう。私が無関係ではない以上、彼女達に身を守る術を提供するのは当然のことです」
「それはそうかもしれないが……。まあ、取り敢えず許可はしよう。ただ、その魔道具のことは口外できないよう、彼女達には誓約魔法をかけさせてもらうけどね」
「その辺りは、学園長にお任せします」
思わぬ方向へ話が進んでいることに、ケイトとフレイヤが目を丸くする。
そんな二人に目を向けながら、さてこれからどうしてくれようかと、リリアンナは冷静に策略を巡らせていた。
魔道具を製作ではなく作製にしているのは設定上の理由です。
この設定については49話で書きます。