46.恋人ではなく姉弟です
その話をした瞬間、室温が急激に低下したのは気の所為ではない。
目の前のエドワードは、魔法こそ行使していないものの、殺気と共に強烈な冷気を放出していた。
「僕のリリィとルイスが特別な仲だと? それも、男女の仲? どうやったらそんな巫山戯た発想が出てくるんだ、あの馬鹿女……!」
目が据わり、背後に黒いオーラを漂わせながら、エドワードが地獄の底から響いてくるような声で唸りを上げる。
ルイスとクリフはそんな彼に顔を引き攣らせながら、決死の思いで落ち着くようエドワードを宥めた。
「落ち着け、エド。部屋を凍り付かせるつもりか」
「何を言ってるんだい? 魔法なんて使ってないのに」
「お前が放つ冷気で、部屋中がっつり凍りそうなんだよ!」
冗談ではなく部屋が氷室のように凍り付く幻影を見た二人が、エドワードの肩を両脇から掴み揺さ振る。
それを鬱陶しそうに払い除けると、エドワードはソファーに深く沈み込んだ。
「何がどうなったら、リリィとルイスが恋仲だなんてことになるんだ? まさか、二人が双子の姉弟だと知らないのか?」
「……知らないから、そんな馬鹿なこと言ってんだろうよ」
「有り得るな。あの女は必要最低限の常識すら皆無だ。他国の王族や高位貴族の間でも有名な、オルフェウスの双子を知らなくてもおかしくはない」
三人が揃って深い溜息を吐く。
彼らの言う馬鹿女というのは、言うまでもなくアンナのことだ。
双子の姉弟であるリリアンナとルイスが恋仲であるという妄言まで出てきたのは、流石に想定外にも程があった。
リリアンナの名が広まると共に、彼女の双子の弟であり、同等の魔法力を持つとしてルイスの名も知れ渡っている。
ルイスがコルト侯爵家に養子に入ったことも、直ぐに大陸中に広まったほどだ。
そのルイスがリリアンナと男女として特別な仲だと疑われるなど、彼らの中では絶対に有り得ないことだっただけに、アンナの無知がここまでとはと、寒気すら覚えた。
「俺もまさか、リリィとの仲を疑われるとは思わなかった。エミリアとの婚約が正式に決まるって時に勘弁してほしいよ」
「クリンベル侯爵家のエミリア嬢か。漸くか」
学園に入学した直後から、ルイスは一歳下のエミリア・クリンベル侯爵令嬢との婚約話が進んでいた。
同年代の令嬢では、リリアンナ、ミレーヌに次ぐ高い魔法力を有しており、アルフレッドとルイスの婚約者候補として、幼い頃から親しくしている。
エミリア自身がルイスを慕っていることもあり、彼女が学園に入学する前に婚約を成立させようと話を進め、やっと正式に決まったところだ。
次の休日に正式に書類を交わして婚約を結ぶことになったその直前に、アンナの酷い妄想を聞かされ水を差された気分だった。
「あの女がそれを言い触らしたところで、信じる者はいないと思うが……」
「そうだな、二人が双子だということは大抵の者が知ってるだろう。それに、我が国の民なら孤児に至るまで誓約の儀を受けるから、間違いが起こることもない」
誓約の儀とは、近親者間による契りを禁じる為に行われる魔法儀式だ。
従兄弟姉妹からは婚姻が可能だが、それより血が近い者同士の婚姻は禁じられている。
禁じられた間柄で成された子は禁忌の子とされ、これまでも幾人か誕生しているのが確認されているが、彼らは一人の例外なく大罪を犯していた。
それは、血が近すぎる弊害とも言われているが、正確なことは判明していない。
ただ、大罪を犯している以上禁忌の子を誕生させる訳にはいかないと、それを禁じる為の魔法術式が編み出された。
生き別れになり近親者だと知らずに愛し合った者達や、禁じられた関係だと分かった上で愛し合った者達には悪いが、国や為政者としては禁忌の子が生まれることを看過できない。
それでこの国の民は全員、五歳前後で誓約の儀を受けることになっている。
それにより、リリアンナとルイスに間違いが起きることはないと断言できるのだ。
だからアンナが二人の仲を邪推し吹聴したところで、彼らが双子だと知っている者達は信じないだろうが、それでも気分が悪いことに変わりはない。
特にリリアンナを溺愛するエドワードが激怒するのも当然だった。
「まあ、俺達が双子だってことは、敢えて言わなかったけどな」
「お前…」
「リリィはそれ聞いて、にやりとしてたぜ。あの女を追い詰める時に使えるって」
ルイスの言葉を聞いたエドワードとクリフが、人の悪い笑みを浮かべる。
特にアンナに対して鬱憤が溜まっている二人は、その時が来れば、遠慮も手加減もしないことに決めていた。
「あの馬鹿女の所為で、昼休みすらリリィと一緒に過ごせないからな」
「それは、お前が異常なくらい甘ったるい声であいつと話してるからだろ」
「僕だって好きでそうしてる訳じゃない。あの女、あれくらいやらないと、好意的な態度として受け取らないんだっ!」
エドワードが激昂し、再び背中に黒いオーラを漂わせる。
アンナに強要されたエスコートをエドワードに押し付けられているクリフも、どす黒い笑みを浮かべていた。
「大体、何故あいつを王家の馬車に乗せて一緒に登下校しなければならないんだ? 本来は別の馬車だったはずなのに!」
「あの女が王家の馬車の前に立ち塞がって、我儘言ったからだろう」
毎日同じ馬車で登下校しなければならないストレスで、エドワードもクリフも発狂寸前である。
ルイスもこれには同情するし気の毒でしかない。
だが次のエドワードの言葉には、呆れて精神的に疲労することになった。
「リリィの部屋に行けば逃げられそうになるし…」
「お前、何やった?」
「抱き締めて、満足するまでキスして、ソファーに座る時は膝の上に乗せてる」
「おい、双子の姉のそんな話聞かされる俺の身にもなれ……」
ルイスは片手で顔を覆うと、そのままがっくりと顔を伏せる。
エドワードの膝の上から逃げようとするリリアンナの姿が容易に想像できて、大変そうだなと、同情を禁じ得ない。
リリアンナが昼休みすらエドワードと一緒に過ごさないのは、それもあるのではないかと思えてしまう。
その結果、エドワードがリリアンナの部屋を訪れた際、執拗に構い倒しているのではないだろうか。
二人がお互いに悪循環に陥っているような気がして、ルイスは乾いた笑いを漏らしそうになった。