44.幕間-無自覚な黒幕-
薄暗い室内に粗暴な男達の怒号が飛び交う。
一人の男が床に叩きつけられ、罵声を浴びせられるのを、ガルドは大して美味くもない酒をちびちびと飲みながら、興味なさげに眺めていた。
「あれは欠陥品だと散々言っただろうがっ! それを勝手に持ち出した挙句、押収されただと!? しかも、王家とラドリスに!」
「いや、だって魔法さえ封じればこっちのもんじゃないですか」
「王家とラドリスに通用しないのは分かりきってたことだろうがっ! フォレストでオルフェウスの小娘に無力化されて、痛い目見たのはお前も知ってるだろ!?」
自分がどれだけのドジを踏んだのか理解していない男が間抜けな反論を返し、それに周りが更に熱り立つ。
捕まってアジトの場所を吐くなんて失態を犯さなかったことだけはマシだが、あれをフォレストに持ち込まれればかなりまずい。
魔道具に付与された術式から魔力を読み取り、それを施した者を特定する技術を持つ魔法士がフォレストにはいる。
何でもそれを数値化して個人を特定するらしく、過去の犯罪者の魔力は、全て数値化し記録しているそうだ。
勿論それだけでは特定不可能なこともあるが、素性までは特定できなくても、魔力の気配を辿りその相手まで辿り着く化け物までいる。
そうなるとこのアジトの場所がばれる訳だが、間抜け男はそんなことも分からないらしい。
フォレストで無力化され押収された時そうならなかっのは、術式を付与した者がそのままフォレストで自害したからだ。
今も間抜け男は反省の色なくへらへらと笑い、周囲を苛立たせている。
恐らく次に始末する相手はこいつで決まりだろう。
しかも話を聞けば、その押収された魔道具はガルドが術式を付与した物だったらしく、面倒なことになったなと目を眇める。
自分の出自を考えれば、それは当然のことだ。
ガルドの母親はフォレストの伯爵令嬢だったが、その父親、つまりガルドの祖父に当たる男が、ランメル前国王と婚約予定だった令嬢を犯罪者ギルドに暗殺させたことで、ランメルの労働者収容所に送られたらしい。
その母親が、どういう経緯で犯罪組織の男達の慰み者になったのかは知らないが、三十代半ばで父親の分からないガルドを産んだ母は、彼が物心ついた頃にはとうに壊れていた。
私はフォレストの王妃になるはずだったと、焦点の合わない目でブツブツと呟き続け、男達にそれは絶対にないと笑い飛ばされる。
奴らが馬鹿にするのも当然だと、ガルドは冷めた目でそんな母親を見ていた。
ランメルではそこそこ高い母の魔法力も、魔法大国フォレストではごくごく平凡でしかない。
フォレストの王妃となるには、高い魔法力を持つことが絶対条件とされているのは有名なことだ。
ガルドの母程度の魔法力では、フォレストの王妃になどなれる訳がなく、候補にすら挙がらなかったに違いない。
祖父はそんな母をフォレストの王妃にしようと目論んだ挙句、フォレストの王太子の婚約者候補からランメルの王太子の婚約者候補に変更になった令嬢を、そうとは知らずに暗殺させた。
それであっさり捕まったのだから、滑稽にも程がある。
王妃となる資格のない娘をそこに据えようとして下手を打った祖父も、祖父の言葉を鵜呑みにし、己が如何に身の程知らずか理解していなかった母も、ガルドにしてみれば何方もどっちだ。
ガルドが生まれるずっと以前に処刑され会ったことのない祖父も、彼が自分の息子だと認識できないまま亡くなった母も、正直どうでもいい存在である。
苦しみながら死んでいったとしても、自業自得だとしか思わない。
ただ問題は、フォレストには罪人である祖父の魔力が記録されているであろうことだ。
仮にあの魔道具がフォレストに持ち込まれれば、術式を付与したのが、祖父の血縁であると気付かれてしまう。
そうなれば、あの手の魔道具が使われた場所がフォレストとランメルであることから、祖父や母の血縁が両国に恨みを持ち復讐しようと企んでいるなどと誤解されかねない。
ガルド自身にはフォレストにもランメルにも思うところはなく、そんな誤解は面倒なだけだ。
母と同程度の魔法力しかないガルドには、特にフォレストと敵対する意思はない。
魔道具には組織に命令されたから術式を付与しただけで、中途半端な術式を開発した奴は既に亡くなっており、それの改良も断念されている。
祖父や母は、フォレストやランメル、特に祖父が暗殺の首謀者であることを突き止めたオルフェウスとコルトには強い敵意があったかもしれないが、そんなのはガルドの知ったことではない。
それどころか、ランメルではそれなりに強いとされる魔法力があるお陰で、この犯罪組織で裏切り者や厄介者の始末をさせられているのだから、その原因を作った二人は憎しみの対象でしかないのだ。
憎むより、どうでもいいと思う気持ちの方が強くはあったが。
約半年前も、厄介者の始末でフォレストに密入国させられ、その侵入ルートが到底人間の通る道ではなかったことから生きた心地がしなかった。
その所為か、仕事にはいつも以上に力が入ってしまい、危うく現地の人間に気付かれるところだったのだ。
何とか相手を秘密裏に処理し、何食わぬ顔でその場から離れると、今度は自分より幾らか年下の、頭のおかしな少女に出会した。
焦茶の髪と目をした貴族にしては地味な容姿の少女は、学園に入学する為に王都に向かっているのだと言っていた。
しきりに自分は王太子と婚約し何れ王妃になるのだ、学園で彼に会えるのが嬉しいとはしゃぐ姿は、妄想を垂れ流し続けた母親を連想させた。
魔法力は高位の貴族であるほど高く、フォレストの侯爵家以上は殆どが金髪か銀髪、目は青系か緑系の色だ。
少女の色は、フォレストでは子爵家以下の家に多い色であり、彼女が王太子の婚約者になることなど有り得ないのは明白だった。
しかも、魔法力はガルドよりもかなり弱い。
母と同類の少女は、彼にとって蔑む対象のはずだが、何故か側にいると心地よかった。
暫くして、自分と少女の魔力は相性が良いことに気付く。
それに身を委ねていれば、少女の馬鹿馬鹿しい話も苦にならない。
そして、少女の口から邪魔者としてオルフェウスの小娘の名が出た時、軽い気持ちでつい言葉にしていた。
だったら、悪者にして陥れればいい。
そうすれば、邪魔することはできなくなる。
それを聞いた少女は、悪役令嬢だの何だかよく分からないことを口にしながら、断罪されるのは当然だと嬉しそうに語っていた。
彼にとっては単なる冗談で、別に助言した訳でもなかった。
それを少女が実行したところで、頭のおかしな奴だと認識されるだけだろうと思っていた。
それ以降会うことのなかった少女が、彼の予想を遥かに上回る奇行を繰り広げることなど、想像してもいなかったのだ。
だから彼は気付いていない。
彼らが最大限警戒し、疎ましく思うリリアンナ・オルフェウスと、意図せず間接的に関わってしまったことを。
それが彼や、彼が属する犯罪組織の破滅へと繋がることを、彼はまだ知らないし、知ることもなかった。