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43.過去の因縁が浮上しました

 昼休みの談話室に、ミレーヌの楽しげな笑い声が響き渡る。


 それにムッとしたリリアンナは、彼女を軽く睨みながら唇を尖らせた。


「ミレーヌ、笑い過ぎよ。他人事だと思って……」

「だって、アルフレッド様の婚約が、そんなことであっさり決まるなんて……。それも、以前からエミリアとの婚約話が進んでるルイスより先に…」


 笑いが止まらないミレーヌが、口元とお腹を押さえ、肩を小刻みに揺らす。


 前日の精神的なダメージが抜けていないリリアンナは、それ以外の疲労困憊の原因まで思い出し、今度は頬を膨らませる。


 無遠慮に笑われた仕返しとばかりにミレーヌの脇腹をちょんちょんとつつくと、くすぐったいと更に大きな笑い声を上げられ、「ごめんごめん」と、ミレーヌにふわりと抱き付かれた。 


「だって、まさかアルフレッド様が御自分と同類の御令嬢と婚約されるなんて思わないわよ」

「……だけど、そういう方じゃないと、お兄様とは付き合えない気がするのよね」

「言えてる!」


 再び笑いが止まらなくなったミレーヌに、拗ねたような目を向けると、リリアンナはそっと息を吐き出す。


 ひとしきり笑い漸く落ち着くと、ミレーヌは目尻に浮かんだ涙を拭い、思い出したように表情を曇らせた。


「でも、ランメル王家に連なる御令嬢か。ランメル王家とウィステリア侯爵家(うち)は、因縁があるのよね……」

「確か、ミレーヌの大叔母様に当たる方だったわよね?」

「ええ、まだ十二歳だったそうよ……」


 過去に起きた悲しい事件に、二人の表情が陰る。


 それは、王族の婚約者を特定する行為が禁止されたり、婚約者候補というだけでその身を脅かす真似をすれば厳罰に処されるようになった切っ掛けの事件だ。


 今から四十年以上前、当時十二歳だったソフィア・ウィステリア侯爵令嬢が何者かに誘拐され、血に塗れた凄惨な姿で見つかるという悲惨な事件が起きた。


 首謀者は、娘を王太子の婚約者に据えようと企んでいたゾリラス伯爵だった。


 ゾリラス伯爵家は、伯爵家の中でも序列下位で、当の娘は魔法力も含め平凡な能力しかなく、王太子の婚約者を望むなど大それたことであった。


 当然候補に名が挙がることはなかったが、それを不服に思ったゾリラス伯爵は、暗殺者を雇い、候補者である令嬢全員の命を狙い始めた。


 その唯一の犠牲者がソフィアだ。


 だがこの時点でソフィアは当時のフォレスト王国王太子の婚約者候補から外れており、隣国ランメル王国の王太子との婚約成立が秒読みになっていた。


 その矢先に、この事件が起きたのだ。


 犯人は直ぐにゾリラス伯爵であることが判明し、ゾリラス伯爵家は爵位剥奪にお家取り潰しとなったが、その身柄はランメル王家の強い希望で、ランメル王国へと預けられた。


 この婚約は、当時ランメル王国の王太子だったレオン・ランメルがソフィアを見初めたことが切っ掛けで進められた縁談であり、彼女を失ったレオンの悲しみと絶望は、彼の穏やかな人格を冷酷に変えてしまうほど深かった。


 当時まだ十四歳だったレオンの変貌に、その心情を慮ったフォレスト王家が、ゾリラス伯爵への直接の罰をランメル王国に委ねたのだ。


 ゾリラス伯爵は命の続く限り壮絶な苦しみを味わうことになったらしいが、詳しいことはフォレスト王国には伝わっていない。


 それは、あまりにも凄惨な罰だったからだとも言われている。


 フォレスト王家も詳細な説明は求めなかったらしく、真相は闇の中だ。


 ランメル王家は、大切な娘を失い嘆き悲しむウィステリア侯爵家に対し、ソフィアを守れなかったことを責めたりしなかったらしいが、それでも複雑な感情のしこりや蟠りが残るのは避けられなかった。


 それが解消されないまま澱のように残っている。


 その事件以来、ランメル王家とウィステリア侯爵家が関わることはなかったらしいが、双方に深く暗い影を落としていた。


「ゾリラス伯爵家は全員ランメル王国に引き渡されたそうだけど、伯爵以外がどうなったのかは、詳しい記述がないのよね……」

「それは私も気になっているの。仮に親族とか血縁が生き残っていたら、この国やランメル王国を逆恨みして、復讐を企てたとしてもおかしくないでしょう?」


 リリアンナとミレーヌが、顔を見合わせ眉を顰める。


 そしてどちらともなく深く溜息を吐いたタイミングで、談話室の扉がノックされた。


「今日もリリィはエドと一緒じゃなかったのか」


 そう言って苦笑しながら中に入ってきたのはギルバートだ。


 それにリリアンナは気まずそうに目を逸らすと、しどろもどろに苦しい言い訳を絞り出した。


「だって、エドの顔を見る度に、ザボンヌ子爵令嬢に向けたあの甘ったるい声を思い出しちゃって…」

「ああ、あれは酷いな。どこからあんな声出してるんだか。しかも、勝手にあいつの要望に応えて勝手に疲れてるからな」

「その反動が夜に会った時にきて、大変なことになってるし……」

「反動って、どんなのだ?」

「……っ、そんなの言える訳ないですっ!」


 真っ赤になったリリアンナに、ギルバートが笑い声を上げ、ミレーヌが苦笑を漏らす。


 だが直ぐに笑みを消すと、ギルバートは苦々しげに顔を歪めた。


「まあ、ここに来た要件は、とても笑えるものではないけどな」


 いつになく真剣な表情のギルバートに、只事ではないと居住まいを正す。


 ギルバートが吐き捨てるように告げたことは、二人を戦慄させ、特にミレーヌを凍り付かせるほど衝撃的なものだった。


「あの魔法を無効化する魔道具、あれにゾリラスの血縁が関わっている可能性が浮上した」

「ゾリラスって、ミレーヌの大叔母様を……」

「ああ、そのゾリラスで間違いない」


 ランメル王国との関係に深い亀裂が入ってもおかしくなかった事件は、フォレスト王家にとっても忌まわしい記憶だ。


 それは、当時まだ生まれていなかった国王やギルバート達でさえ、そう強く刻まれるほどに苦々しいものだった。


 ギルバートが珍しく率直に怒りを露わにし、顔を険しくする。


 まだゾリラスの血縁が関わっているか確定した訳ではない。


 だがその名が浮上しただけでも、彼にとっては許し難いことだった。


「あれを無力化したリリィが狙われる可能性は充分にある。まともな奴なら、それがどれだけ命知らずなことか理解しているだろうが、楽観視はできないからな」


 ギルバートの警告に、リリアンナは静かに頷く。


 顔を強張らせ立ち尽くしたミレーヌに寄り添いながら、打つべき対策を頭の中で計算しつつ、見えない敵を見据えていた。

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