37.クラスメイト達を巻き込みます
王宮の会議室には、Aクラスの生徒全員が集められている。
他にはギルバートに魔法省の研究員が三人、ここまでなら今回の目的を考えれば分からなくもない。
だが、ニコラスにフランツ、そしてリリアンナの叔父でありルイスの義父でもあるトビアス・コルトまでいるのはどういうことだろうか。
ルイスに視線を送ると、トビアスに関しては彼も知らなかったらしくブンブンと首を横に振る。
ならばとエドワードに視線を向けようとして、寸前でそれを思い止まり、逆に目を逸らす。
先日のキスはお預け宣言を思い出し、エドワードからそれを不服とする目で凝視されているのを感じたリリアンナは、今は目を合わせるべきではないと冷や汗を流した。
今度はニコラスにちらりと視線を向けると、ギルバートの横で死んだ魚の目をした様子が窺える。
ギルバートは感情の読めない笑みを浮かべ、ただそこに立っているだけだというのに、何故かニコラスの首根っこを掴んでこの場に留めているように感じるのは気の所為だろうか。
それ以前に、ニコラスがこの場にいること事態が不自然なのだが、ザボンヌ子爵の代理だと平然と言われそうな気がしないでもない。
ギルバートが相手では何か言うだけ無駄なのは分かりきっているので、リリアンナはそれ以上深く考えないことにした。
クラスメイト達に目を向ければ、突然の召集に戸惑っている様子が見て取れるが、まだその理由も目的も明かされていないのだから無理もない。
当然彼らもニコラスがこの場にいることに困惑しているようだが、それ以上にニコラスの状況に同情しているようだ。
ギルバートに見えない鎖で繋がれているようにも思える状態では、そうなるのも仕方がないだろう。
エドワードが全員に席に着くよう指示すると、それぞれ任意の席に腰を下ろす。
今のリリアンナは、できればエドワードから離れた席に座りたかったが、その隣になるのは流石に避けようがなかった。
まずはエドワードが遮音結界の魔道具を起動させると、この場で話すことに関しては他言無用であること、口外できぬよう誓約魔法を行使することを明言し、理解を求める。
そして全員がそれを受け入れたことを確認した上で、ララが建国祭で起こした騒動の詳細と、特性持ちであることが判明したことを明らかにした。
その後、魔法省の研究員からララの特性の能力に関する説明が行われ、そこからアンナが特性持ちである可能性が浮上したこと、調査の結果、実際に特性持ちであるという結論に至ったことが語られる。
アンナの特性の能力に関してはまだ推測の域を出ていない部分はあるが、それらの説明が全て終わった頃には、困惑した様子は隠せていないものの、誰もが納得した表情を見せていた。
「アンナ・ザボンヌの特性の能力は、暗示であると推察しています。洗脳のような他者に向けるものではなく自己暗示です。ですが懸念すべき点がない訳ではありません。魔力の相性が良く、かつ自分より魔法力が弱い相手にその影響を及ぼす可能性が高いのです。またその能力は、洗脳を解除する類の魔法は何れも効力が及びませんでした」
これが、現時点で魔法省が導き出したアンナの特性の能力だ。
ララの特性の能力と併せて考慮すれば、ララの魔法力の割に、その能力による効果が強く出ていたのも頷ける。
建国祭でのララの言動に呆気に取られていたクラスメイト達も、そこまで説明されれば成程と理解せざるを得なかった。
そしてアンナの能力で他にも懸念すべき点として警戒しなければならないのが、他者がその暗示の方向性を誘導できるのか否かということだ。
これも既にエドワードにクリフ、魔法省の調査担当者達が検証を行っているのだが、これが彼らにとっては非常に厄介な状態に陥っていた。
「アンナ・ザボンヌに否定的な立場であると、誘導するのは不可能だと確定できたのだが、逆に好意的に接すると、誘導できる可能性が出てきたんだ」
これが、エドワード達を悩ませている大きな原因だった。
アンナの自己暗示の方向性を誘導できるのであれば、これを悪用しようとする者がいてもおかしくはない。
今回は王宮と魔法省がその身柄を確保できているが、もし悪用を考える者が先にこの能力に気付き、アンナを利用していれば、取り返しの付かない事態に陥っていたかもしれないのだ。
今後、アンナと同じ特性の能力を持つ者が現れる可能性がないと断言できない以上、アンナの能力に関して詳細に調べる必要がある。
だからこそ、表面上だけでもアンナに好意的に接しなければならないというのは、エドワード達にとっては断腸の思いだった。
そこで問題になるのが、エドワード達のリリアンナに対する態度だ。
アンナのリリアンナに対する数々の暴挙を考えれば、アンナに好意的に接しながら、リリアンナにもこれまでと同様に振る舞うのは不自然である。
だからと言って、エドワードがリリアンナを邪険に扱うことなどできる訳がない。
悩み抜いた末、エドワードが出した結論が、アンナの前では、リリアンナを存在しない者として扱うということだった。
「例え嘘でも、私はリリアンナを邪険にしたくはない。それぐらいなら、リリアンナをいない者として扱う方がまだマシだ。それなら、彼女に暴言を吐くこともないし、冷たく当たることもない」
結果的に、リリアンナを空気扱いするのは邪険に扱うのと変わらないし、エドワードは思っていた以上に苦悩することになるのだが、この時点ではそれが一番マシな策だと考えていたし、悩みに悩んだ末での苦渋の決断だった。
アンナによる度重なるストレスで、疲弊して思考力が鈍り、視野狭窄を起こした弊害である。
後にエドワードが、この決断を心から後悔したのは言うまでもない。
そして、クラスメイト達にも同じ対応をするよう協力を要請し、その同意を得るのだが、この時はエドワードと同様に考えていた彼らも、結局はリリアンナを空気扱いすることに苦悩することとなった。
例外は、リリアンナの側にいて彼女を守るよう指示されたルイスとミレーヌだけである。
クリフはエドワードの学園での護衛である以上、彼と同じ行動を取らざるを得ない。
せめて少しでも早くアンナの能力を調べ上げることだけが、エドワード達がこの状況から解放される唯一の条件だった。
だが現実はそう甘くないことも、リリアンナを空気扱いする苦悩がどれほどのものなのか痛感するのも、今はまだ先のことである。
因みに、フランツとトビアス、そしてニコラスがこの場にいる理由に関しては、結局最後まで語られることはなかった。