119.想定外にも程があります
気絶したまま拘束され連行されていくウィルザードを見送ると、クリフとミレーヌは大きく息を吐き出した。
「結局、あいつは何がしたかったんだ?」
「さあ? でも私に向かって、ご主人様だとか何とか言ってきたわ」
「……あいつ、本気で魔法が通用していないことに気付いていなかったのか」
「そうでしょうね。あれだけ拒否していたのに気付かないなんて驚いたわ。主従関係だとすれば、随分と反抗的な態度だったでしょうに」
魔法で作り出した剣を突き付けただけであっさりと気絶されてしまったので、結局ウィルザードの目的が何だったのか何一つ分かっていない。
ミレーヌを操って一体何をさせるつもりだったのか尋問したかったが、それを可能にするだけの胆力がウィルザードにはなかった。
この程度で気を失うのなら、大それたことなど企むなと文句を言いたいくらいだ。
「リリィ達の方はどうなっているのかしら?」
「あいつらがいるのは、ここからは結構離れた部屋だろうしな。一応相手は公爵家なわけだし」
「そうね。こちらでの騒動に気付くような距離ではないでしょうしね」
そんなことを話していると、騎士の一人が近付いてくる。
ウィルザードが王宮に着いて以降、ずっと彼を監視していた騎士の一人だった。
「ウィルザード・フォトレイは目が覚め次第取り調べを行います。他国の侯爵令嬢に精神を操る魔法を行使したのですから、捕えるのに充分な理由がありますからね。このことは騎士団長にも報告した上で了承を得ています」
「そうですか。騎士団長はどちらに?」
「ガルドレア公爵家の休憩室です」
そのことにクリフもミレーヌも微かにだが目を見開く。
騎士団長が赴かなければならないほどの問題が起きたのかと、自然と顔が険しくなった。
「想定以上の問題が起きています。発覚したとも言えますが。お二人に話す許可は得ていますが、くれぐれも内密にお願いします」
それに頷くとその騎士が遮音結界の魔道具を起動する。
しかも口元の動きを読まれることのないよう幻影効果まで付与されたものだ。
それだけで、どれだけ重大な事態が発生したのかを理解するには充分だった。
「ガルドレア公爵家の休憩室には、既にミハイル王太子殿下とレイチェル王女殿下もご到着されています。お二人を含め、皆様ご無事だということです」
「そうですか、それは安心しました。それで、一体何が?」
騎士が話す内容に、二人の顔が険しくなったり強張ったりと変化していく。
そして現状判明していることを聞き終えたところで、クリフはぐしゃりと乱暴に髪を掻き上げ顔を険しくし、ミレーヌは顔を強張らせたまま呆然としていた。
「アプディスだけでも問題だというのに、ガルドレア公爵令嬢が禁忌の子?」
「しかもロイドがガルドレア公爵家の血を引いている上に、こちらも禁忌の子だなんて……」
「一つ一つが重大なことなのに、それが一度にいくつも出てくるとは……」
二人は事の大きさに暫し言葉を失う。
だが今はそれどころではないと無理矢理気持ちを落ち着け顔を上げると、報告してきた騎士に向き直った。
「既にガルドレア公爵家の本邸と王都のタウンハウスには家宅捜査が入っています。先代の身柄も確保したようですから、厳しく追及されることになるでしょう」
「そうですか。フォトレイ伯爵家の長男が動いたことは、今回の件と関係があると思われますか?」
「可能性は高いと思われますが、今の段階では何とも……」
「そうですよね……」
それから少しだけ言葉を交わした後、騎士が遮音結界を解除する。
三人はそれと同時に、張り詰めていた息を大きく吐き出した。
「お二人はこの後どうされますか? ガルドレア公爵家の件は、まだ時間が掛かるかと。会場に戻られますか?」
「そうですね……。ただ、私達もフォトレイ伯爵家の長男のことで事情聴取を受けなければならないのでは?」
「それは明日の朝にでも。奴を監視していたのは私ですから事情は把握していますし、簡単なもので済むかと思います」
それに納得した二人は、フォレスト王国の代表が誰もいないのは問題だろうと、会場に戻ることにする。
騎士と別れ部屋を出た二人は会場に向かって歩き出し、気を抜かないよう注意しながらも、少しだけ肩の力を抜いた。
「ねえ、廊下に倒れていた男達は何だったの? もしかして見張り?」
「そんなところだろうな。お前達が部屋に入っていった後、扉の前で周囲を警戒していたから。だからミィが魔法で剣を作り出した気配を感じて直ぐに、俺もあいつらを叩きのめした」
「そうだったのね」
会場を出たミレーヌをウィルザードが追っていったのを確認したクリフは、騎士に報告した上で気付かれないようこっそりと尾行していた。
そしてミレーヌが動き出した気配を感じてクリフも魔法で剣を作り出すと、見張りの男達が部屋の中の様子を不審に思う前に、彼らを無力化していたのだ。
一通り状況を確認すると、ミレーヌは納得したように頷く。
だが直ぐにあることに気付き、顔を顰めた。
「そう言えばエドとリリィは、ガルドレア公爵家とフォトレイ伯爵家の関係を知っているのかしら?」
「…言ってないな」
「私も言った覚えがないわ。私達はフレデリック様に直接教えてもらったけど…」
「まあでも、イリーナ嬢が一緒だし、ミハイル王太子殿下に騎士団長も一緒だって話だから、何とかなるんじゃないか?」
「……それもそうね」
無理矢理そう自分を納得させると、ミレーヌはゆっくりと息を吐き出す。
そして今更考えても仕方がないと、開き直ることにした。
◇◇◇
クリフとミレーヌが一仕事終えて会場へと戻っている頃、リリアンナとエドワードは一つの魔道具を前に、深く溜息を吐いた。
それは言うまでもなくアンナの奇行の数々を記録しているもので、これを見せるのかと密かに葛藤していた。
これはレナードが所持していたものだが、エミリアが学園入学前にアンナの様子がどんなものかを知りたいと希望したところ、フォレスト国王とギルバートに連絡して許可を得た上で、彼が貸し出してくれたのだ。
返却は帰国した後にすることになっているので、今はエミリアの手元にあった。
アンナの人物像を自分達に都合よく妄想しているガルドレア公爵家の者達には、これを見せて現実を突き付けてやるのが効果的だということは分かっている。
だが正直言って気が進まない。
これを見せるのは、ある意味フォレスト王国の恥を見せるようなものだ。
だからと言ってこれを見せないという選択肢を選べる状況ではない。
リリアンナとエドワードは顔を見合わせると、仕方ないとばかりに魔道具を起動した。