116.いい加減うんざりです
ガルドレア公爵達が呆けた顔をしてエドワードの顔を見つめ続ける。
だがその言葉の意味を漸く理解したのか、一瞬で顔を真っ赤にすると激昂して声を荒げた。
「嘘を吐くな! 何を根拠にそんなことを言っているんだ!!」
「そうよ! それにその殺されていたのがロイドだと何故分かるのよ!? ロイドの顔なんて知らないでしょう!?」
「それは調べたからに決まっているだろう。どのような方法でなのかは、お前達に教えてやる義務も義理もないがな」
熱り立つガルドレア公爵達をあっさりと一蹴すると、エドワードは彼らを改めて見据え目を眇める。
彼らの様子を見る限り、ロイドの死を悼んでいると言うより、利用できなくなったのが痛いと考えているように思われ、命を軽んじ過ぎていて不愉快極まりない。
フォレスト王国が確認しているロイドが作った薬は二種類だけだが、どちらも質の悪い媚薬だ。
ゲルグから聞いていた今後彼が作る予定だった媚薬も厄介なものばかりで、それらが全て完成していたらと思うと背筋が寒くなる。
ガルドレア公爵達がそれを手に入れ悪用するつもりだったのは間違いないだろう。
そう考えると虫唾が走る。
それに今回リリアンナやレイチェルをその餌食にしようとしたことは断じて許せることではない。
当然エドワード自身やミハイルが狙われたことも腹立たしいが、それ以上に二人を害そうとしたことの報いは、しっかりと受けさせなければならないことだった。
「ロイドを暗殺したのは、奴が所属していた犯罪組織の構成員だ。時期はアンナ・ザボンヌがザボンヌ子爵領から王都へ向かっていた時期と重なっている。彼女と接触し、数日一緒に過ごした後に暗殺されたんだろうな」
「ついでに言うと、ゲルグも組織に消されるところだった。その前に捕えたから、今は牢にいるが」
「何だと!? 何故ゲルグが捕まっているのだ!」
「王宮に侵入したからだ」
「どういうことだ! そんなことは聞いていないぞ!」
勝手なことをと怒鳴り散らすジェラルドの姿に、別にゲルグはお前の手下ではないだろうと皮肉を言いたくなる。
それに、先程からエドワードがゲルグの名を口にしていることに何の反応も示さないことにも呆れてしまう。
既にゲルグとの関与を認めていることから知らない振りをすることには意味がないしそんな素振りもないが、何故知っているのかと疑問に思う様子すらないのはどうなのだろうか。
それはそれとして、ゲルグはガルドレア公爵家をそれほど重要視していないのではないかとも思う。
ランメル王国の暗部が犯罪組織の拠点に潜入して以降、ゲルグがガルドレア公爵家と接触していたという報告は受けていない。
仮に取り調べでゲルグが彼らとの関与を話していればその報告が来るはずだが、今のところそれもないのだ。
ゲルグの場合、ガルドレア公爵家を庇っているというより、気に留めていないだけのような気がしてならない。
王宮に侵入することを、態々ガルドレア公爵家に連絡するとは到底思えなかった。
「それからロイドの遺留品には薬の類は一切なかった。暗殺者が持ち去った訳ではないことも確認が取れている。アンナ・ザボンヌが所持していたもの以外は何も見つかっていない」
「暗殺者が持ち去った訳ではないと、何故言い切れる?」
「その暗殺者も捕らえているからだ」
「誰だそいつは!」
「お前が知る必要はない」
「巫山戯るな! あいつが作った薬は残り少ないというのに、これで手に入れることができなくなったではないか!」
相変わらず罪人として罪に問われる立場であることを理解できていないジェラルドが、憤怒の表情で歯軋りする。
この先そんな機会など訪れないのだから気にするだけ無駄だと思うが、敢えてそれを指摘する気にもなれなかった。
「いや、アンナ・ザボンヌが新しい媚薬を所持しているのだったな。ならばそれを寄越せ!」
「渡す訳がないだろう。それに薬物研究所で研究の為に使われているから服用するのは無理だな」
「それにお前達はこれから罪を償うことになる。終身刑になるだろうから、媚薬を手に入れる機会などない」
「だから何故私達が罪人として扱われなければならないのだ! 罪人はお前達の方だろう!!」
やはり自分達の置かれた状況を理解できないジェラルドがまたしても耳障りな声でがなり立てる。
罪人扱いされる度に同じことを繰り返すガルドレア公爵達に、いい加減うんざりしてきた。
ここまで状況を理解できないとは、これはこれで頭がお花畑ではないかと嫌味の一つや二つ言いたくなるほどだ。
「よくもまあここまで、自分達に都合よく考えられるものだな」
「本当に。自分達が同じことをやられたら、極刑だの何だのと騒ぐでしょうに」
エドワードとミハイルが顔を見合わせ、どうしようかと深く溜息を吐く。
ロイドから最後に媚薬を入手したのはいつなのかも聞きたいところだが、自白魔法で聞いたこと以外も延々と話し続けるので切りがない。
思うように話が進まないと頭を抱えていると、扉をノックする音が聞こえてきた。
「あら、アメリアどうしたの?」
「あの、エミリア様から魔道具を持ってくるようにと」
「魔道具って……」
「ええ、レナード様からお借りしていた例の魔道具です」
それを聞いたリリアンナとエドワードは顔が引き攣りそうになる。
それがアンナの奇行を記録した魔道具であることに気付いた二人は、まさかこれを見せて現実を突き付ける気かと、乾いた笑いが出そうになった。