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111.それは架空の人物です

 室内の空気が凍り付き、室温が低下し始める。


 それは比喩でも何でもなく、エドワードが発する冷気により物理的に引き起こされている現象だ。


 部屋に入ってきたミハイルに指摘され直ぐにリリアンナもエドワードも魔力の放出を止めていたが、ジェラルドの口から思いも寄らぬ名と有り得ない与太話が飛び出したことを不愉快に思ったエドワードは、無意識のうちに魔力を孕んだ冷気を放出していた。


 それを感知したリリアンナは、咄嗟に罪人以外の者達を対象とした冷気遮断の結界を個別に展開し、寒さに凍えることのないよう対処する。


 エドワードの発している冷気は氷点下近くまで室温を下げていたが、怒り狂うガルドレア公爵達はそれに気付いてもいなかった。


「今、物凄く不愉快な名前が聞こえた気がしたのだが、気の所為だろうか?」

「確かに聞こえたな。しかも、その後に巫山戯た作り話が続いていたようだが」


 無表情のままエドワードとアルフレッドが言葉を交わし、同じく感情の抜け落ちた目でその元凶であるジェラルドを見据える。


 だがそれを妙な方向に解釈したらしいジェラルドは、目だけは怒りに染めたまま口元に嘲りの色を浮かべた。


「はっ、愛する女の名を他の男が呼んだだけで嫉妬するとは何とも器の小さい男だ! そんな奴が次期国王だとは、フォレストは終わったも同然だな!!」


 見当違いも甚だしいことを大声で喚くジェラルドに、エドワードとアルフレッドの目が鋭くなる。


 普段であればそこで止めに入るルイスでさえ、冷え切った眼差しでジェラルドを見据えていた。


「お前は、先程から何を訳の分からないことを言っている? 私が愛している女とは誰のことだ?」

「だからアンナ・ザボンヌだと言っているだろう! ニコラス・ザボンヌの姉なだけあって、才気溢れる美少女なのだから、王太子であるお前は骨抜きになっているのだろう? 家柄以外は何一つ敵わないリリアンナ・オルフェウスが嫉妬するのも当然だ。王太子の妃の座を奪われるのを恐れ、家柄を盾にアンナ・ザボンヌを虐げるとは何とも醜い女だ! それなのに何故未だに国外追放になっていないのだ! 王太子でありながら愛する女を傷付けた奴を罰することができないとは、何とも情けない男だな!!」


 それは誰のことだと突っ込みたくなる人物像を尊大な態度で語るジェラルドに、エドワードとアルフレッドの顔が無表情から険しいものへと変わる。


 事実と大きく掛け離れたその内容にリリアンナも眉を顰めるが、それより何故ここでジェラルドの口からアンナの名が出てきたのか、そちらの方がより気になっていた。


 当然それはエドワードもアルフレッドも疑問に思ってはいるが、彼らにとって優先するべきことはジェラルドの言葉を否定することであった。


「どうやらお前の知っているアンナ・ザボンヌと私達が知っているアンナ・ザボンヌは、全くの別人のようだな」

「別人だと? 何を言っている!?」

「アルフレッド」

「ああ」


 エドワードの意図を汲み取ったアルフレッドは魔法の威力を上げ、話すことができぬようガルドレア公爵達の口を封じる。


 それを確認したエドワードは、改めてガルドレア公爵達に向き直った。


「私はアンナ・ザボンヌなど愛してはいないし、それどころか嫌悪している。あんな頭のおかしい未確認生物に懸想していると思われるなど、例え冗談でも不愉快だ!」


 厳しい顔でそう言い放つエドワードにリリアンナは表情を崩さぬまま、未確認生物などという言葉を久しぶりに聞いたなと呆れそうになる。


 エドワードをよく知る者達は、確かにそこを真っ先に否定するだろうなと、白けた目になりそうなのを何とか取り繕っていた。


「弟のニコラスは確かに天才と称されるほど優秀で見目も整っているが、姉のアンナ・ザボンヌは彼とは真逆の存在だ。学業は学年最下位を独走する劣等生であり、留年が確定している。逆にリリアンナは毎回全教科満点で文句なしの学年首席だ。そしてアンナ・ザボンヌには平民程度の魔法力しかない。こちらもオルフェウス侯爵家歴代最強と称されるリリアンナの方が圧倒的に上だ。そしてフォレストで一番の美女と称され妖精姫の異名を持つリリアンナに対し、アンナ・ザボンヌの容姿は極めて平凡。リリアンナがアンナ・ザボンヌに嫉妬する要素など何一つとしてない。全てにおいてアンナ・ザボンヌを上回り圧倒しているのだからな。当然虐げる理由も必要もない!」


 それらを一気に言い切ると、エドワードは更に強くガルドレア公爵達を睨み付ける。


 そしてまだ終わりではないとばかりに、再び口を開いた。


「子爵令嬢であり魔法力も貴族とは思えぬ程低いアンナ・ザボンヌは、身分でも魔法力でも私の妃となる条件を満たしていない。彼女が私の妃になるなど決して有り得ないことだ。候補に挙がることすらない。そしてリリアンナはフォレストの宝。リリアンナをフォレストが手放すなど絶対に有り得ない。国外追放など以ての外だ!」


 取り敢えずそれだけ話すと、エドワードはアルフレッドに視線を送る。


 そしてアルフレッドが魔法を調節すると、ガルドレア公爵達は派手に咳き込んだ後、またしても口々にこちらを罵り始めた。


「お前らっ……! 何度も私達にこんなことをして許されると思っているのか!? 地獄に落ちた方がマシだと思えるほどの重い罰を与えてやるから覚悟しておけ!」

「そうよっ! 私達にこんな無礼を働いたことを悔やむがいいわ!!」

「その通りだっ、しかもよくもそんな嘘ばかり延々とほざきやがって……! アンナ・ザボンヌが劣等生な訳がないだろう、あのニコラス・ザボンヌの姉なんだぞ!!」


 相変わらず自分達の置かれている状況が理解できず、その上でエドワードの話を微塵も信じていないガルドレア公爵達は、口汚い言葉で彼を罵倒し続ける。


 本当にこれで貴族なのかと疑いたくなるほど、彼らの言葉遣いは酷い。


 それらを冷めた目で一通り聞くと、エドワードは目を眇め感情の一切読めない声で淡々と言葉を投げ掛けた。


「ニコラスの姉だと言う理由だけで、何故それでアンナ・ザボンヌが優秀だと断言できる? 血の繋がった肉親であっても、同じ能力を持つ訳ではない。優秀な者もいれば、そうでない者だっている。得意分野が異なるのも珍しいことではない。事実ニコラスとは違い、アンナ・ザボンヌの学力は底辺だからな」


 エドワードはガルドレア公爵達がそう考える根拠に疑問を抱き、改めて彼らに事実を突き付ける。


 だがそれでも、彼らは盲目的にニコラスの姉なのだから優秀なはずだと思い込み、それを変えることはなかった。


「そんな訳がない、ニコラス・ザボンヌの姉が劣等生な訳がないだろう!」

「どうせ自分の不甲斐なさを誤魔化す為にそんな出鱈目を言っているだけだろう! そんなことで愛する女を貶めるとは何とも見下げた奴だ!」

「…私はアンナ・ザボンヌなど愛していないし、寧ろ嫌悪していると言ったはずだが? お前達は人間の言葉を理解できないのか? それにお前達の言うアンナ・ザボンヌとは、私達の知る人物とは違い過ぎて、架空の人物としか思えないのだがな」

「何だと……!」


 エドワードが事実を突き付ける度に、ガルドレア公爵達は何の根拠もない持論を展開し、口汚く罵りながら反論する。


 そんな延々と繰り返される不毛な遣り取りに、これでは埒が明かないと頭を抱えそうになったリリアンナは、そっとエドワードの手に触れた。


「このままではいつまで経っても話が進まないわ。それに重要なことをまだ聞いていないでしょう?」

「…そうだね」


 リリアンナに触れられたことで落ち着きを取り戻したエドワードは微笑み、ゆっくりと深呼吸する。


 そして表情を切り替えると、改めてガルドレア公爵達に向き直った。


「ここでアンナ・ザボンヌの名が出てきたのはどういうことだ? しっかりと説明してもらおうか」


 漸くその疑問を突き付けたエドワードは、ガルドレア公爵達を鋭い眼差しで見据え、冷気を更に強める。


 今更その冷気を肌に感じ顔を歪めると、彼らは鼻を鳴らしあからさまにエドワードから顔を背けた。

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