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11.学園長の顔を知らないようです

 教室を出て暫くすると、この時間、この場所にいるのは珍しいと思われる男性が、こちらに向かって歩いてくるのが見える。


 向こうもリリアンナ達に気付いたようで、普段学園では見せないであろう柔和な笑みを浮かべた。


「三人とも久しぶりだね。遅くなったけど、入学おめでとう」

「ありがとうございます、学園長」


 親しげに話しかけてきたのは、リリアンナ達が幼い頃からよく知る人物だ。


 今年で三十四歳という若さながら、この学園の学園長を務めている。


 だが、彼が学園長を務めることになった経緯を知っていれば、それは不思議なことではない。


 この学園が、通称貴族学園と言われるように、貴族の令息・令嬢が入学し卒業することを義務付けられていることを考えれば、知らない生徒がいるのが問題なくらいに有名なことだ。


「…君達から学園長なんて言われるのは、何だか変な気分だな」

「私達も、学園長から君達なんて言われると違和感がありますけどね。特にルイスが」

「なっ…、おいっ、リリィ! そりゃ、散々お前呼ばわりされながら怒られたけどさぁ…」

「……コルト侯爵令息は、特にヤンチャだったからな」


 ここが学園であり、お互い学園長と生徒という立場であることから畏まった呼び方をしているが、普段は学園長からはファーストネームや愛称で呼ばれ、リリアンナ達は名前で呼ぶことを許されている。


 年齢は親子と言っても過言ではないほど離れているが、リリアンナ達にとっては年の離れた兄のような存在で、幼い頃は子供好きな彼によく一緒に遊んでもらっていた。


 その彼が、時折切なげな目でリリアンナ達を見ていることに気付いたのは、いつのことだっただろうか。


 学園長が、幼い頃の病が原因で子を儲けられない身体になったことを知ったのは、そう遠い昔のことではない。


 リリアンナの身内も幼い頃に同じ病に罹ったことで子を儲けられなくなり、後継ではない甥を半年前に養子に迎えている。


 学園長のその話を知ったのは、それより少し前のことだ。


 彼が未だ結婚せず独身を貫いているのは、それが原因の一つでもある。


 だが見目麗しく、二十代半ばにしか見えないほど若々しい彼は、その立場を抜きにしても、今尚御令嬢方に根強い人気があることから中々苦労しているようだ。


「それにしても、オルフェウス嬢は入学早々大変なことになったな。ザボンヌ子爵家には手紙を送ったが、返事が来るまでもう少しかかるだろうな」

「…お手数おかけして申し訳ありません」

「君が悪い訳ではない。むしろ迷惑を被っている側だ。ただ、あれの狙いが君と王太子殿下、どちらにあるのかはっきりとしないのがな……」


 手紙が抗議文に聞こえたことと、アンナをあれ呼ばわりしたことは考えないことにし、学園長の最後の言葉にだけ意識を向ける。


 学園長は、リリアンナがエドワードの婚約者であることを知る数少ない内の一人だ。


 王太子のエドワードだけでなく、婚約者であると未だ公表されていないリリアンナの身の安全にも心を配らなければならない立場にある。


 だからこそアンナの奇妙な行動には、さぞかし頭を悩ませていることだろう。


「噂をすれば、か」


 その言葉に、後ろから聞こえてきた廊下を走る足音が誰のものであるかを確信した直後、リリアンナの斜め後方で悲鳴を上げながら廊下に倒れる音が聞こえてくる。


 不本意ながらそちらに視線を向けると、予想を裏切ることなくアンナが廊下に蹲っていた。


 リリアンナとの距離は約三メートル、手を伸ばしても届く距離ではない。


「リリアンナ様っ! どうしていつもこんなことをするんですか!? そんなに私が憎いのですか!?」

「……」


 お決まりの台詞に、既に反論する気も起きない。


 リリアンナに突き飛ばされたように装うならまだしも、一人でただ転んだだけにしか見えないというのに、何故毎回有りもしない罪を人に擦り付けることができるのだろうか。


「アンナ・ザボンヌ子爵令嬢、君は何を言っているんだ? 私には君が一人で転んだだけにしか見えないのだが」

「貴方こそ何を言ってるんですか!? リリアンナ様が私を思いっきり突き飛ばしたじゃないですか! 第一貴方は誰ですか? 関係ない人は黙っててください!」


 学園長の苦言に反論したアンナの言葉に、リリアンナ達は絶句し、成り行きを見物していた周囲は騒然となる。


 まさか学園長の顔を知らないとは思わず、これには流石に驚愕するしかなかった。


「アンナ・ザボンヌ! お前はまたっ……、って、え? 学……」

「私のことは説明しなくていい、むしろ話さないでくれ。取り敢えず、ザボンヌ子爵令嬢を連れて行ってくれるかな?」

「は…、はい!」


 騒動に気付き駆け付けた教師が、思わず学園長と口走りそうになったのに言葉を被せて遮ると、学園長はアンナを連行するよう指示を出す。


 アンナに学園長であることを隠そうとしているかのような振る舞いに、一体何を企んでいるのかと訝しげな目を向けると、不敵な笑みを返された。


「まさか、俺が学園長だってことを知らない生徒がいるとはね。入学式で、学園長として挨拶したはずなんだけどな」

「…学園長、素がでてますよ」

「これは失礼。つい、ね」

「まあ、確かに私も、ギルバート様が学園長だってことを知らない生徒がいるとは思わなかったですけど……」


 リリアンナの言葉に、ミレーヌとルイスも絶句したままこくこくと頷く。


 まさかの事態に、これまでとは違う意味で眩暈がしそうだ。


 この通称貴族学園こと、王立フォレスト学園の歴代の学園長を務めてきた方々がどのような存在なのか、それすらも知らない可能性があるのだろうと思うと、気が遠くなりそうだった。

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