108.驚愕の事実が発覚しました
扉が開き、ミハイルがいつも連れている従者の少年と共に中に入ってくる。
すると彼は、まずリリアンナ達を見て苦笑を漏らした。
「まだ魔力を放出されていたのですね。全力には程遠いのでしょうが、そうし続けるのは容易なことではないでしょうに」
ミハイルの言う通り、リリアンナとエドワードにとっては全力に比べると微々たるものであるし、それはアルフレッドにしてもそうだ。
イリーナもアルフレッドの婚約者になれるだけあって魔力保有量はかなりのもので、放出している魔力は全力には程遠い。
確かに魔力を放出し続けるのは容易なことではないが、リリアンナ達にとっては別に大したことではない。
口ではそう言っているミハイルにも可能だろう。
確かにフォレストの王族と比較すると多少劣りはするが、ミハイルの魔力保有量はイリーナよりも若干多い。
それもフォレストの王女であるレイチェルとの婚約の決め手の一つになっている。
だからこそリリアンナとエドワード、そしてアルフレッドの凄さをより実感しているのだろうが、謙遜が過ぎるのではないかと思える程だった。
だが直ぐに、リリアンナは怒鳴り声と共に近付いてきた魔力の気配に意識を向けざるを得なくなってしまう。
そのどこか不安定な魔力に、何だか得体の知れない不気味さを感じていた。
「リリィ?」
「どうした?」
そのリリアンナの様子に気付いたエドワードとアルフレッドが、気遣わしげな目を彼女に向ける。
その直後にその魔力の持ち主が部屋の中に引き摺り込まれ、リリアンナは驚愕のあまり大きく目を見開いた。
その者とは別にもう一人騎士に引き摺られてきたが、顔立ちがガルドレア公爵とそっくりなこととその格好から、魔力が不安定な方がガルドレア公爵令嬢であるヴァネッサであることは間違いない。
ヴァネッサがガルドレア公爵夫人であるカテリーナの娘ではないことは聞いていたが、彼女の魔力の性質からとんでもないことに気付いてしまったリリアンナは、暫しヴァネッサを凝視するとガルドレア公爵とその妹の魔力の性質を確認し、妹の方にある魔法を行使する。
そして顔を厳しくすると、再びヴァネッサに視線を向けた。
その様子を見守っていたエドワードとアルフレッドは、リリアンナの視線を辿り同じように魔力の性質を確認したところで同じ疑惑を抱き、リリアンナがしたようにガルドレア公爵の妹にある魔法を行使する。
二人がその疑惑が事実であることを確信し目を鋭くするのと同時に、リリアンナが絞り出すような声で小さく呟いた。
「禁忌の子……」
その言葉に、罪人として捕らえられている者達以外のほぼ全員が、驚愕のあまり目を見開き言葉を失う。
リリアンナがそう呟くより僅かに早くそのことに気付いたエドワードとアルフレッドは、ヴァネッサを鋭い眼差しで見据えていた。
「あの…、リリアンナ嬢、禁忌の子と言うのは、まさか……」
「魔力の性質を見る限り、ガルドレア公爵令嬢はガルドレア公爵とその妹であるカミラ・ガルドレアの間に生まれた子供です。実の兄妹の間に生まれた禁忌の子、ですね。念の為カミラに診断魔法を行使したところ、未婚であるにも拘らず出産経験があることが判明しました」
その言葉にミハイルは息を呑み、レイチェルとエミリアは悲鳴を上げそうになった口を両手で覆う。
イリーナは顔を強張らせて呆然としながらヴァネッサを見つめ、カテリーナは顔を真っ青にして震えていた。
騎士団長であるアレックスは、ヴァネッサを険しい顔で凝視している。
今も騒ぎ立てている罪人以外の誰もが言葉を失う中で、エドワードが気持ちを落ち着けるようにゆっくりと目を閉じた。
「私もリリアンナと同じ結論を出した。アルフレッドもそうだろう?」
「ああ……」
「アルフレッド、ルイスを呼んできてくれ。ルイスも同じ結論を出せば、彼女を禁忌の子だと断定しても問題ないだろう」
「分かった」
「私も一緒に行きます」
夜会会場にルイスを呼びに行ったアルフレッドにイリーナが慌ててついていく。
ルイスの魔力の気配を探ることなどアルフレッドには容易いことなので、直ぐに連れてきてくれるだろう。
アルフレッドが部屋を離れたことで、ガルドレア公爵達に行使していた魔法が解除されたが、代わりにリリアンナが更に強めに魔法を行使する。
それはヴァネッサ達を含む罪人全員に対して行使され、口を開くことすらままならないようにしたので、部屋の中はしんと静まり返っていた。
体感的には随分と長く感じられたが、実際にはそう長い時間を掛けることなくアルフレッド達がルイスを連れてくる。
そこにはフレデリックも一緒にいたが、状況を考えればその方がいいだろう。
説明もなく取り敢えず連れて来られたルイスは、怪訝な顔をしてエドワードに視線を向けた。
「エド、直ぐに来いってことだったが、俺が必要な状況にでもなったのか?」
「ああ、お前にも確認してもらいたいことがあってな。そこの令嬢と、あのソファーにいる二人の魔力の性質を確認してほしい」
「魔力の性質を?」
ルイスが首を傾げながらも、ガルドレア公爵とカミラ、そしてヴァネッサの魔力の性質を確認する。
そして訝しげに目を細めると、エドワードに向き直った。
「こっちはガルドレア公爵令嬢か? 魔力の性質を見る限り、あの二人が親だと判断して間違いないと思う。確か令嬢は、夫人の娘ではないんだよな? だとすると、ガルドレア公爵の隣にいる母親らしき女は愛人なのか?」
「愛人ではない。ガルドレア公爵の妹だ」
「妹……!? まさか、禁忌の子、なのか……?」
エドワードの言葉に、ルイスが顔を強張らせる。
フレデリックも目を見開き、エドワードの顔を凝視していた。
「禁忌の子を、ミハイル王太子殿下の妃にしようと企んでいたと……」
「そういうことになるな」
「魔力が妙に不安定なのはその所為なのか?」
「その可能性はある」
「どちらにせよ、とんでもない大罪だな……」
「そうだな」
エドワードは呆然とするルイスを暫し見つめるとゆっくりと息を吐く。
そしてミハイルとアレックスに視線を向けた。
「フォレストの王太子としては、禁忌の子の研究対象として、ガルドレア公爵令嬢の身柄をフォレストに預けてほしいと考えている。彼女を裁く際、それを考慮していただけるとありがたいのだが」
「それが最善でしょうね。彼女が犯した罪を考えればランメルで罪に問いたいところですが、禁忌の子に関しては不明な部分が多過ぎる。貴重なサンプルとして研究に利用すべきでしょう。これに関してはフォレスト王国ほど適した国はないでしょうしね」
「そうですな。我が国で罪を償わせることができないのは残念ですが、ここは禁忌の子の研究を優先するべきでしょう」
既に一人の人間としては扱っていない三人の言葉に、ヴァネッサは憎悪に顔を歪めるが、誰もそれを気に留めていない。
彼女が禁忌の子として生まれたのは本人の罪ではなく両親の罪だが、王太子であるミハイルの部屋に侵入し媚薬を盛ろうとしたことは言うまでもなく大罪だ。
その時点でヴァネッサの人権など無視するような罰が言い渡されるであろうことは想像に難くない。
彼女が研究のサンプルとして扱われることを、本人とガルドレア公爵達以外は当然のことのように受け止めていた。




