102.罪状が増えています
ガルドレア公爵達がエドワードとミハイルまで標的に加えたのは、建国祭前日の晩餐が終わった直後のことだった。
こちらもリリアンナとレイチェル同様媚薬を使用し、その身を穢す計画だ。
エドワードの相手をしようとしているのがガルドレア公爵の姪であるイザベラ・ベントス伯爵令嬢、そしてミハイルの相手をするつもりでいるのがガルドレア公爵の娘であるヴァネッサ・ガルドレア公爵令嬢であることは言うまでもない。
エドワードは建国祭の夜会の最中に休憩室に連れ込んで、ミハイルは彼の寝所に忍び込んだ後に媚薬を盛って身体の関係を結び、それを盾に取り婚約を強要するつもりのようだ。
その計画を言い出した時点で建国祭の夜会開始まで残り一日未満、その短い時間で確実に成功すると考えていた。
しかもベントス伯爵令嬢は身分も魔法力もエドワードの妃となる資格を有していないが、それは驚くほど気に掛けていないらしい。
あまりにも楽観的で相手を、そして国をも侮っているとしか思えないその考えに、全員が怒りを通り越して呆れていた。
彼らは王家が態と泳がせている鼠を使えば、ミハイルの部屋やレイチェルがいる客室に簡単に忍び込めると考えているようだが、それは何とも愚かで浅はかな考えだ。
既に捕まえた侍女同様、残り二人の鼠は共にミハイルともレイチェルとも関わることのない場所に最初から配属されている。
にも拘らず彼らの周りを彷徨いていれば不審に思われて当然なのだが、本人達は気付かれ監視されているとは考えてもいないらしい。
周囲に人がいないというだけで、堂々とミハイルとレイチェルの周辺を動き回り、自分の仕事を遂行している気でいた。
それが、態と作り出された罠であることに気付きもせずに。
命じた本人達も浅はかであれば、その手先となった鼠達もまた浅はかで楽観的な愚か者である。
全てがリリアンナ達に筒抜けになっているというのに、既に成功し全てを手に入れたつもりで悦に入る彼らの姿は、何とも滑稽で哀れだった。
リリアンナもエドワードとは別の休憩室に連れ込んで事に及ぶつもりのようだが、よく知りもしない相手に誘われるまま、休憩室についていく訳がない。
他国とは言え王太子と侯爵令嬢である二人が、その程度の警戒心を当然のように持つことにすら考えが及ばないとは、彼らを侮るにも程がある。
仮に何らかの変調を来たし夜会会場から離れる必要が出てきたとしても、同行するのは知り合いや護衛のみだ。
ほぼ初対面のガルドレア公爵の身内や手の者を同行させるなど有り得ない。
そんなことすら一切考慮していない辺り、これが本当に公爵家の者達が考えることなのかと、その頭の中身が心配になるほど考えなしで薄っぺらいものだった。
それ以前に他国の王族に媚薬を盛り襲うなど、間違いなく国際問題となるのだが、それすらも理解していないらしい。
更にフォレスト王国にとっては、国の宝であるリリアンナに罠を仕掛けてその身を穢すことも大きな問題だ。
フォレスト王家や重臣達はリリアンナを手放すつもりはないし、肉親以外で彼女と釣り合う魔法力を有しているのはエドワードしかいない。
筆頭公爵家の後継として、充分に豊富な魔力保有量とそれに見合う実力を持つクリフでさえ、リリアンナの相手としてはやや不足なのだ。
そのリリアンナが魔法力が大きく劣る他国の貴族に嫁ぐなど、フォレスト王国にしてみれば大きな損失である。
それはフォレスト王国がリリアンナを失うだけではなく、彼女の高過ぎる魔法力が子孫に受け継がれずに損なわれることになってしまうからだ。
魔法力に差が有り過ぎる組み合わせでは、魔法力が弱い方より若干強い程度の魔法力を持つ子供しか生まれない。
これまでの歴史で、この組み合わせでは強い方の魔法力が受け継がれることは確実に有り得ないという結果が出ているのだ。
それを迷信だと軽く考え笑い飛ばす者も当然いるが、ガルドレア公爵達がそちら側であることは間違いないだろう。
だがリリアンナの魔法力が子孫に受け継がれないことなどあってはならない。
それも、彼女自身やオルフェウス侯爵家の意思や意向を無視して強硬手段に出た上でそうなるなど、絶対に許せる訳がないのだ。
つまり王族であるエドワードとレイチェルだけでなく、リリアンナにまで媚薬を盛り襲う計画を立てた時点で、ガルドレア公爵家は重大な国際問題を引き起こしているとも言える。
それにより漸く関係改善に動き始めた両国の関係が悪化することになるのは、火を見るより明らかなことだった。
それが現時点で国際問題ではなくガルドレア公爵家の罪として扱われているのは、フォレスト王国がそれを把握しているだけでなく、ランメル王国の王太子であるミハイルまでもがその標的となっていたからだ。
自国か他国かに拘らず、王太子の寝室に忍び込んで媚薬を盛りその身を穢すことは、言うまでもなく大罪である。
身体の関係さえ結んでしまえば、レイチェルとの婚約を解消または破棄し、ガルドレア公爵令嬢と婚約を結び直すと簡単に考えているようだが、そのようなことになるはずがない。
王太子であるミハイルの寝室に忍び込んだ時点で罪人として扱われるし、更に媚薬を盛って襲ったとなればより罪は大きくなる。
貴族籍を剥奪された上で罪を裁かれることになるが、それを理解できていないようだ。
それがガルドレア公爵家全体でとなれば、何とも情けない話である。
彼らはガルドレア公爵家の爵位剥奪及び断絶、更には罪人として裁かれる運命に一直線に向かっている状態なのだが、それに気付いている者は誰一人としていなかった。
正確には、彼らを憎む一人を除いてではあるが。
そんな彼らと建国祭の夜会で対峙したリリアンナは艶やかに微笑むと、エドワードをゆっくりと見上げた。
「言いたいことはまだありますが、このままでは他の皆様方のご迷惑になりますし、ランメル王国の建国を祝う場に水を差すことになりかねませんわ」
「そうだね。各国の代表の方々との挨拶を終えた後に、場所を移して話をすることにした方がいいだろう。貴方方もそれで構わないだろうか?」
その言葉を聞いたガルドレア公爵達がにやりと品のない笑みを浮かべる。
リリアンナとエドワードは別行動する訳ではなく共に行動することを前提として提案しているのだが、それを理解していないのだろうか。
「イリーナ様とお兄様もご一緒してくださいますよね?」
「勿論ですわ」
「当然だ。例え反対されてもついていく」
その言葉にガルドレア公爵達が焦り始める。
だがそれを当然の如く無視した。
「できれば、エドワード殿下とオルフェウス侯爵令嬢とは個別で話をさせてもらいたいのですが……」
「何故私とリリアンナが、貴方方と個別に話をしなければならない? 今の私達の遣り取りを考えれば一緒で構わないはずだ。無論イリーナ嬢とアルフレッドも同席の上でな。それ以外に貴方方と話をするつもりはない」
「……では長くなりそうなので、せめて飲み物や軽食はこちらで用意させて頂きたい」
「別に構わない。こちらとしては、貴方方と長々と話をするつもりはないのだがな」
エドワードのそっけない言葉に、ガルドレア公爵達が再び品のない笑みを浮かべる。
だがそれは、こちらの計算通りだ。
彼らの予定を軽く引っ掻き回した上で、敢えてその罠にかかる。
だが実際に罠にかけているのはこちらの方だ。
それに気付くことなく、ガルドレア公爵は先に準備をしておくと、上機嫌でこの場を去っていったのだった。