100.準備は怠りません
ランメル王国の建国祭を明日に控え、リリアンナ達は次々に入ってくる情報を整理していた。
その中で、魔道具が空中に映し出した映像を見た彼女達はこれでもかと言うほど顔を厳しくし、それを苦々しく睨み付けた。
「また媚薬…。まだレイは十三歳なのに……」
「確かに婚約を壊すには、純潔を奪うのが効果的ではあるが……」
「許せないわね」
「ああ、計画しただけでも許せない。しかも、レイだけではなくリリィまで……!」
今リリアンナ達の目の前には、ガルドレア公爵とその後継で長男のジョルジュが、媚薬を使いレイチェルとリリアンナの純潔を奪う計画を立てている様子が魔道具によって映し出されていた。
レイチェルは暴漢に、リリアンナはジョルジュ自身が襲うつもりでいるらしい。
建国祭の夜会が開催されている時間帯に合わせ、レイチェルが宿泊している客室に暴漢を忍び込ませようとしているようだ。
ランメル王宮の警備とフォレストからついてきた護衛達を舐めているとしか思えないその計画に、その場にいた全員が嫌悪感を滲ませたまま呆れた眼差しでその映像を眺めていた。
「相変わらず頭が空っぽな方達が考えそうなことですわね。レイチェル王女殿下の護衛ならば、選りすぐりの精鋭が選ばれているでしょうに。しかも、あのフォレスト王国の精鋭ですのよ」
「しかも、夜会で簡単にリリィに媚薬を仕込むことができると考えているとは……。状態異常無効化の魔道具は兎も角、解毒魔法の存在を知らないのか? リリィなら媚薬の熱に浮かされていても、解毒魔法を行使できると言うのに」
イリーナが侮蔑を込めた眼差しで映像の中のガルドレア公爵達を睨み、アルフレッドが今にも相手を射殺しそうな顔で嘲笑を漏らす。
そしてそんな表情とは比べものにならない程のおどろおどろしい空気を、二人とも遠慮なく撒き散らしていた。
普段であればここでそれを抑えるよう嗜めるところだが、今回はそれを誰もが放置している。
この場にいる全員が似たような状態にあったので、それを気にする者などいなかったからだ。
映像記録用の魔道具を起動させているエドワードの部屋には、フォレスト王国側の全員とミハイルとイリーナが顔を揃えている。
ミハイルはレイチェルの手を労るようにその手で包み込み、口元に笑みを浮かべて映像を凝視しているが、その目は一切笑っていない。
レイチェルはミハイルに寄り添いながら同じく映像を睨み付けているが、自分が標的になっているからかその顔は微かに強張っている。
それに気付いたリリアンナがそっとその背を摩ると、少しだけ緊張が和らいでいた。
「確かガルドレア公爵令息は、イリーナ様と同じ年齢で、学園でもそれ以外でも顔を合わせれば絡んできていたのですよね?」
「ええ、その通りです。顔を合わせれば、毎回嫌味を言われていましたわ。こちらは相手にもしたくないと言うのに」
鋭い目で映像を睨んだまま、イリーナが煩わしそうに顔を顰める。
丁度その時、部屋の外から誰かが床に取り押さえられる音が聞こえてきた。
「あら、鼠が捕まったようですね」
「取り敢えず一人、か。確か後二人ほど鼠が紛れ込んでいるのでしたね」
「ええ、ガルドレア公爵が王宮に紛れ込ませた鼠は全部で三匹。気付かれることを疑いもしないとは、随分とお目出度い頭をしていますね」
音から正確に状況を把握したリリアンナとエドワードがあっさりとした様子でそう言い放ち、ミハイルが冷めた眼差しで扉を一瞥しそれに応える。
ガルドレア公爵が放った鼠はとっくに全員を特定済みだ。
その可能性を一切懸念していなかったガルドレア公爵と鼠達に、その場の全員が皮肉げな笑みを浮かべた。
現在この部屋では、幻影効果付きの遮音結界の魔道具を起動させている。
中の音は聞こえないし、その様子を窺い見ることもできないが、外の音はしっかりと聞こえてくるという代物だ。
外からはガルドレア公爵が送り込んでいた侍女の一人が、床に押さえ付けられ泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
どうやら睡眠効果のある布を、扉を守る護衛騎士の顔に押し付けたらしい。
だがそれで護衛騎士が眠りにつくことはなく、その侍女は直ぐに取り押さえられたようだった。
「全員分の魔道具を用意しておいて正解だったわ」
「そうだね。本当は、必要になる場面がないことが一番だけど」
今回ランメル王国に同行した者達には、護衛や侍女を含む全員に、防御結界と状態異常無効化の魔道具が配られ、常時装着しておくように厳命されている。
仮に睡眠効果のある布を顔に押し付けられたところで、それが効果を発揮することはない。
鼠と特定されている侍女一人を捕らえることなど、造作もないことだった。
「それにしても、ガルドレア公爵が媚薬を購入した形跡はここ数年間見られないのですよね? だとすれば……」
「ええ、どこぞの犯罪組織から直接手に入れたと考えるべきでしょう」
「だが、ここ最近ではその様子も見られない」
「媚薬に拘らず、薬関連は状態及び品質保持の魔道具とセットなことが多いですからね……」
媚薬に限らず薬には服用できる期限があるが、状態や品質を保持する魔道具の中に保管しておけば、永久保存が可能になる。
つまりその魔道具を使えば、数年前に購入した媚薬でも問題なく効力を発揮するし、媚薬の効果以外で身体に変調を来すこともないのだ。
媚薬の詳細な効果が分からないのは、正直なところ厄介な話だった。
「ガルドレア公爵令息のことは、イリーナ様とお兄様にお任せした方がよさそうですね。実際に捕えるのが私になるか、イリーナ様とお兄様になるかは、状況次第ではありますけど」
「ええ、どうぞお任せください。今までの鬱憤を思う存分晴らさせて頂きますわ」
イリーナが実に良い笑顔でそう胸を張る。
アルフレッドも、漸く出番が来たと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべていた。
「ブライトン伯爵、グラスト伯爵、アレスト伯爵。レイチェル達のことは頼んだ。エミリア嬢、貴女も引き続きレイチェルの側で守りを固めてほしい」
「お任せください」
「レイチェル王女殿下は、身命を賭してお守り致します」
三人の伯爵達とエミリアが、エドワードの命を受けそれに応じる。
それに頷くと、今度はクリフ達に目を向けた。
「クリフとミレーヌは、リリィから目を離さないようにしてくれ。ルイスは今回パートナーがいないからそちらで苦労するかもしれない。だができる限り会場全体に目を光らせておいてくれ。アルフレッドとイリーナ嬢は……、まあ、任せるから好きに動いてくれ。ただ、暴走はするなよ」
「どういう意味だ、それは!」
疲れたようにそう付け加えられアルフレッドが機嫌を損ねるが、適当に受け流したエドワードは次々と指示を出す。
そしてそれぞれが改めて情報を整理しながら、翌日の建国祭に備え、必要な準備を進めていったのだった。




