第7話【祓魔師と宮廷指南役】
鳩型ゴーレムことシェールアミュが返信の手紙を携えて戻ってから半月程度が過ぎた頃、敷地の門を通り抜ける馬車をオリヴァーと両親は出迎えていた。
2頭の馬に引かれた馬車は車全体が漆黒で金細工が所々に施され、豪奢な造りをしていたが、近付くにつれオリヴァーの目を引いたのはその馬車を牽引する馬達だった。
遠目であれば、馬達はただの黒い馬と白い馬にしか見えなかったが、近くで見ると『それら』はただの馬ではなかった。
それらは金属の光沢を帯びた馬の形状を模した動く銅像……、黒と白の馬型ゴーレムだった。
馬型ゴーレムは動物の馬ではないためか馬車から手綱を握り馬を操る馭者がおらず、まるで独りでに駆けている様だった。
屋敷の近くまで来るとゴーレム馬車は徐々に速度を落としていき、馬車側面の扉が屋敷の正面扉と正対すると車体がピタリと止まり、2頭は銅像の様に佇んだ。
豪奢な馬車の滑らかな動きや2頭の一糸乱れぬ動きと停車位置の精度はまるで此処に来た人物の格と技量を示しているようだった。
そして、馬車のドアが開くと整った馭者の服装を着た1人の少年がまず降りて、車内にいる誰かをエスコートするように手を伸ばした。
すると扇を携えた銀髪の少女が馬車から降りてきた。
銀髪の少女は長い耳に褐色の肌をしており、ロングヘアの先を束ね纏まった髪はまるで真珠を織物にしたように微かに桃色の光沢を帯びていた。
更にその真珠の様な光沢を黒地白縁のローブが際立てていたのだ。
次に黒髪の少女が黒い長髪を軽やかに靡かせながら馬車を降りてきた。
黒髪の少女はロングヘアからは少しだけ丸みの帯びた長い耳が出ており、肌の色は艷やかな琥珀色で身に着けた紫のマントと袖無しの赤い上着と丈の短いスカートという服装は彼女の琥珀色の輝きを遮るには不十分だった。
そして、黒髪の少女が降りる際にエスコートしてくれた少年の背中をポンポンと叩き、ニコニコ笑いながら何やら耳元で一言話すと少年はドッキリと顔を赤らめていたが、直ぐに少年は咳払いをし、次の少女の降車をエスコートすべく気を取り直した。
最後に金髪の少女がミディアムロングヘアの髪をふわりと浮かせるようにゆったり馬車から降りてきた。
金髪の少女は綺麗な煌めく白色の肌をしており、尖った長い耳が特徴的だった。 白と青のツートンカラーのローブを羽織り、エスコートを受けて降りると何かを謝るように少年にお辞儀をしていた。
少年は慌てる様に何か固辞していると、扇で口元を隠した銀髪の少女に鋭い視線を送られていたことに気付き、急いで荷物を降ろすと馬車の移動を始めた。
ところが少年は慌てていたのか被っていた帽子がズレ、黒い髪と額から生えた白く小さな2本の角がちらりと見えてしまった。
そのちらりと見えた角の生えた少年の姿にオリヴァーは聞き覚えがあった。
それは『人鬼族』と呼ばれる種族だった。
言い伝えでは東の大地より生まれ、最果ての地に流れ着いたとされる亜人に近い民族であり、特徴的な角を額から生やし、無口で膂力の強さから傭兵などの荒事を生業とし、西側の大国の民衆からは蛮族扱いを受けていた。
また、魔物に近いとされる亜人の血筋のせいか幼子から成人への成長が早く、寿命は人間の2倍を有していた。
銀髪の少女はそんな人鬼族の少年を注意する。
「ノブハーツよ、焦るでない、ここはニーナス王国ではないのじゃ」
ノブハーツと呼ばれた人鬼族の少年は帽子を素早く整えて角を隠すと馬車の移動を済ませていった。
馬車から降りて玄関へ向かう少女達の外見的な年齢は十代半ば位で当時のオリヴァーよりも少し年上の風貌で背丈も僅かに高かった。
3人の少女は三者三様にアーサーとコーネリアと挨拶を交わしていった。
銀髪の少女は尊大ながらも路中の不満をアーサーの耳元で扇で隠しながら漏らした。
「直接会うのは少々久しいのう、息災であったかアーサーよ?
麿としては多忙であるがお主の願いとあらば無碍に出来まいて……
じゃが、あの二人を乗せるなど聞いておらぬぞ! エリーザは良いが、危うく麿の従者がミーナの奴に籠絡されかけたのだぞ・・・!
アヤツの趣向もお主は知っておろう!」
アーサーは何か話が噛み合っていない事に気が付き、疑問を抱きつつもポカンとしてしまう。
「ミュルタレ様? 申し訳ございません……、ミーナ殿とは調整した上で相乗りとなったのでは? ……無いのですね」
アーサーの目には銀髪の少女ことミュルタレの背後で黒髪の少女ことミーナが自身の後頭部を撫でながら照れ隠しの様な笑みを浮かべていたので状況を察し、逡巡した。
「(これは……、ミーナ殿、何をされておられるのですか……!話がついたとウソを申されましたな!)
ミュルタレ様、申し訳ございません……、配慮が欠けておりました。」
アーサーの胃はキリキリと音を立てそうになった。
ミュルタレもここで察し呆れてしまった。
「アーサー、良い……、ミーナじゃな?
麿としたことが、お主が気遣いできる人間だったことを忘れておったわ」
アーサーにミュルタレが話をする間、黒髪の少女ことミーナはコーネリアに親しげに話しかけ最後に会った日を思い返していた。
「懐かしいわ、コーネリアも元気そうね! そう……、17年ぶり位かしらね…… 」
コーネリアも最後に会った日をしんみりと思い返していた。
「ええ、そうですね……、あれからそんなにも経ちましたね……ヴィルヘルミナ様もお変わりなく……、
長男のエリックは法王国で教会の寮で勉学に勤しんでおります」
「そう……、よかったわ! あの子も元気そうで!」
するとミーナにはミュルタレが何やらアーサーに不満をぶつけている様が見え、ちらりとアーサーから送られる視線に愛想笑いで答えた。
そして、話し終えたアーサーとコーネリアに金髪の少女は慣れない丁寧口調で語りかける。
「お久しぶりですね、アーサー……辺境伯、コーネリアちゃ……辺境伯夫人」
「アーサーで結構ですよ、エリーザ殿」
「私もです、エリザベット様、コーネリアで構いません」
「じゃあ、アーサー、コーネリア、この子が貴方達の子供?」
金髪の少女ことエリーザは会話に入り込む余地を見出だせないオリヴァーの方を見ていた。
ミュルタレとミーナはエリーザが話をしていた間に何やら言い合いをしていたが『貴方達の子供』という単語にお互い反応した。
「はい、そうです
こちらは私達の息子のオリヴァーです 」
アーサーはオリヴァーの両肩にポンと手を置いてオリヴァーに少女達を紹介していった。
「オリヴァー、待たせて済まなかったね
こちらは祓魔師のミュルタレ様とゴーレム研究の第一人者であられるヴィルヘルミナ殿とエリザベット殿だ
父さんが知る中で最もゴーレムに詳しい方々だ 」
オリヴァーを見据えた3人の少女達は自己紹介を始めた。
「麿はミュルタレ・マリアージュ、ニーナス王国の祓魔師じゃ、死霊魔導や神働魔導を得意としておる
麿の魔導はまつろわぬ死霊を祓い、命無きモノに命を吹き込むぞ……
オリヴァーじゃったか、お主が命脈尽きんとするときは麿の魔導を頼れ お主の命脈を保ってやろうぞ 」
ミュルタレは薄紅色の瞳が鋭く笑いながら自身の紹介を終えた。
その様はまるで獲物を値踏みする狩人のようだった。
「こんにちは、オリヴァー君
私の名前はヴィルヘルミナ・グーテンベルクよ、お姉さんの事はミーナって呼んでちょうだいね!
これでも鍛冶技術や冶金魔導の分野でエディアルト法王国の『宮廷指南役』をやってるから分からないことはドシドシ聞いてね!」
ミーナは赤い目をキラキラ輝かせて、ハキハキと自信と熱意を込めて自己紹介をした。
「初めまして、オリヴァー君
私はエリザベット・シビュラです、みんな私のことエリーザって呼んでます
えぇと……、私もその……ミーナちゃんと同じエディアルト法王国の『宮廷指南役』で多分、私が教えれるのは刻印魔導と回復魔導になります 」
エリーザは蒼い目を泳がして、初めて会うオリヴァーに少しオドオドしながらも自己紹介を終えた。
「初めまして、私はオリヴァー・ウィンスターです
今回、ゴーレムについてご指南して頂くために遠路はるばるお越し下さりありがとうございます!
御三方のご指導についていけるように頑張ります!」
少し気合を入れ丁寧に自己紹介を返すと・・・
「きゃあ〜、か、可愛過ぎるわ!!」
ミーナがオリヴァーをギュッと抱きしめて、ゴシゴシと頭を撫でていた。
「えっ?」
オリヴァーの視界は一瞬で柔らかい褐色となり、呆気に取られ何も抵抗出来なかった。
咄嗟の事だったからなのか、経験不足からなのか、それとも両者なのかは定かではない。
ポカンと唖然とするオリヴァーだったが、抱きつかれたミーナから香る香水の香りはオリヴァーの鼻腔にしばらく残り続けた。
そんな為すがままに呆然とするオリヴァーを助け出したのは母コーネリアだった。
「もう、ヴィルヘルミナ様!オリーちゃんが困ってます! 最初から甘やかしちゃだめです!」
母親は自分の胸元に我が子を抱き寄せていた。
「だってしょうがないじゃない オリヴァー君が一生懸命で可愛いんだもの」
「はぁ、お主は昔から変わらぬのぉ、麿の従者に手を付けたばかりというものを……」
「ミーナちゃん、何度も言うけど、いきなりは不味いよ……」
ミュルタレもエリーザも半ばあきらめと呆れが混じりながらもミーナを窘めた。
アーサーも呆れて体が弛緩仕掛けたが急に背中から殺気に近いものを一瞬感じ緊張が走った。
コーネリアはエメラルド色の瞳で一瞬だけキリッとアーサーを睨みつけていたのだ。
アーサーは気の休まる間もなく3人の客人を部屋へ直接案内していこうとする。
「うむ……、ミュルタレ様、ミーナ殿、エリーザ殿も遠路はるばるの船旅と馬車での移動でお疲れでしょう!
お部屋を案内しますよ! さぁ!」
屋敷の扉の裏では部屋の案内をする筈だった使用人のジャクリーンが控えていたが、アーサーがジャクリーンと視点を合わせて首を振ると彼女は頷き各部屋へ周り客人が来た旨を待機してる他の使用人へ伝えまわった。
ミュルタレは日用品であればアーサーの使用人に運ばせたが、祓魔師に関わる物については自身の従者ノブハーツに様々な指示を与えながら運ばせる為にその場を離れていった。
アーサーは各々の部屋に向かいながらミーナとエリーザの二人と会話していた。
「それにしても対岸の隣国とはいえエディアルト法王国の宮廷指南役のミーナ殿、エリーザ殿の御二方が直ぐにこちらまで来られるとは思っておりませんでしたよ」
ミーナは素っ気なくも大陸で最近起きた時事を語っていった。
「あぁ、それについてね……、先日、教皇が崩御したのよ……」
アーサーは顎髭を触りながら深妙な面持ちで言葉を紡いだ。
「では、周辺の教会が慌ただしくしているのも……」
「そうね、詳しい話は宮廷にも流れてないけどね……
まぁ、少なくとも宮廷は指南事をしてる場合じゃないんじゃない?
それにどうも隣国のエヴァント都市同盟諸国がきな臭くなっててね
ほら、サルヴァトル教の教義に種族の混血は許さないってヤツがあるじゃない?
都市同盟の方で過激な原理主義派が台頭し始めちゃって混血児への迫害が激しくなっちゃってるの
それで悪い事に法王国にもその手の狂信者が流れ込んで来ちゃってて不穏な空気が漂っているわけよ
まったく、私はエルフとドワーフのハーフ、あとエリーザちゃんはほぼエルフだけどハーフエルフとの混血だからね
はぁ、自分の生まれはどうにも出来ないのにな……」
ミーナがエリーザの顔を見ると青い瞳を地面に逸らして答える。
「私の蒼色の瞳は本来のエルフの灰色じゃないから目立ってしまいます」
サルヴァトル教は神話の闇の巨人を打ち倒した英雄を称える宗教であり、現在の教義では英雄と神を同一視していた。
そして、人間、エルフ、ドワーフ、魚人の四大種族以外の種族は流星の欠片を持たぬ『星なし』として軽蔑し、更に四大種族の純血を尊んでいた。
この様に純血が求められた理由には教徒として神が作ったものを混血によって変えてしまうことに忌避感を覚えたからだった。
このため、混血児は『星なし』ほどではないにせよ純血の人よりも軽蔑されがちであり、教典を重視する原理主義派からの反応はより過激な物だった。
そんな中、ミーナとエリーザは己が実力で宮廷指南役という地位を手にしていたが、この時から逆風は吹き荒れ始めていた……。
「そうですか……、サルヴァトル教が……、なんとも居心地が悪そうですね」
「そう、だから私達はなるべく王国や都市連合の外で仕事がしたくってね、だから今回の仕事は渡りに舟だったわけ」
宮廷指南役とは宮廷御抱えの指南役の事であり王族やそれに近しい間柄の人間を指南する。普通の指南役であれば準2級の資格で勤められるが宮廷指南役は1級以上の実力や実績が求められていた。
アーサーはそのことについて思案する。
「(本来であれば、宮廷はその様な人材を外部へ放つ様な真似はしない……、ミーナ殿が感じられるキナ臭さは宮廷迄及んでいると考えるべきか……
そして、都市連合の元老院は過激な原理主義派に相当侵されているな……、人材流出の好機と捉えるべきか?)」
深刻に考え込むアーサーをミーナは一瞥して口を開いた。
「あ〜ぁ、もう宮廷指南役辞めちゃって、フリーになろうかな〜
それでどっかの誰かさんみたいにいい男を指南しながら告っちゃおっかな」
ちらりとオリヴァーを見据えて……。
ミーナはアーサーとコーネリアの地雷を踏んだ、一踏みで二つ踏み抜いてしまった。
「そ、それは困りますぞミーナ殿!!」
「ふふふ、ヴィルヘルミナ様、私のオリヴァーちゃんは私がキッチリ鍛えてますから大丈夫ですよ〜!」
オリヴァーはミーナとエリーザを見て少しため息を付いてしまった。
「(話が付いて行けてないけど、どうやら僕はとんでもない人達を相手にしないといけないみたいだ……
大丈夫かな?) はぁ……」
エリーザはオリヴァーのこの反応からとあることに気付いてしまった。
「(アレ?私、纏められた? オリヴァー君にミーナちゃんみたいな人だと思われてる……?!)」
翌日から騒々しくもオリヴァーの人生、カミシマの人生、そしてアレックスの人生を大きく変える事になるゴーレムの授業が始まった。
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