第5話【遥か遠き日々】
カミシマの前世は異国の古代末期から初期中世に似た世界で生を受けていた。
ゼイウス暦(Z.C)……、その世界は前文明の歴史的な指導者の名前を用いて年号を刻み、歩んでいた。
そこでは現代と違って魔術や魔法があり、鉄器よりも魔力を帯びた青銅器が人々にとって身近で、人間以外の種族も存在した世界だった。
現世で言う人間、エルフ、ドワーフ、獣人、魚人の様な人類種や様々な魔物や亜人といった魔族が国、村、集落や群れを形成し、力、資源や食料を巡る戦乱が続いていて常に異種族との摩擦や侵攻に怯えながら生活していた。
その世界にはキームン大陸という巨大な大陸があり、その大陸を東西で分断するように中心には巨大なスプリンタス山脈が聳え、その麓から南北の大海まで流れつくティストレナ大河が季節を問わず広大な河幅を湛えていた。
キームン大陸はこの広大にして長大な大河と險しく魔物すらも拒む山脈で東西に分断されたことで文化や生態系がそれに伴って断絶され、西キームン地域と東キームン地域に分かれていた。 西側地域では人類種、東側地域では魔物が台頭し、互いに敵対関係だった。
東側で台頭している魔物の世界では力こそが全てであり、強者弱者による明確な格差があった。 魔物は魔石を核としており、人類種を殺すことで力を奪い魔石に蓄えることでより上位の存在になる事ができた。
そのために魔物は上位の存在になるべく力を常に渇望し、人類種を求め襲いかかるのが常であった。
一方、西側で台頭している人類種は資源や食料を賄う土地が足りず慢性的な飢饉飢餓が原因で散発的な内紛が起きていた。
頻発する争いは人々に身を守る為に必要な武器の需要を創造し、武器を作るための金属資源や金属を加工する際のエネルギー源として必要な木材や魔道具の原料となる魔石の需要に結びついてしまった。
人々が欲して止まない金属、木材や魔石は魔物が跋扈する東の大地に大量に存在していた。
つまり、森林が生茂り、富んだ地下資源が眠り、魔石を核とした魔物が大量に生息することで十重二十重の危険渦巻く東の大地は資源 溢れる新天地として人々を魅了していたのだった。
相反する利益に人類種も魔物も互いに不倶戴天の敵の如く争う様相だったが、両者とも大陸を分断する大河を越える術を持っていなかった。
その為、双方の衝突はスプリンタス山脈の麓や河幅が狭く渡河出来る場所で行われるのが常であり、周辺地域は争いにより荒れ地となり『最果ての地』と呼ばれていた。
その『最果ての地』から西側に最も離れた三日月状の島国、イングナム&アイソン連合王国、通称『連合王国』があり、その世界の大国の一国として数えられていた。
そして、その国の辺境伯ウィンスター家の屋敷で一人の赤ん坊が生まれ、産声をあげた。
Z.C 877年……、その赤ん坊はこの世に生を受け、そして数奇な運命が始まった。
雪が吹きすさぶ中、屋敷の一室には暖炉が焚かれ、暖かな光が窓から漏れており、その部屋の中には女性がベットで横になりながらも眠りについたばかりの赤ん坊を抱いていた。 赤ん坊を抱きかかえる女性は茶色く艷やかな長髪をしており、エメラルドの様な緑色の瞳は抱き抱えた赤ん坊に向けられ、愛しくあやしていた。
赤子をあやす女性の側には幾人かの侍女が控えており、その中の黒髪を後頭部で編み込んだ細身の若い侍女が一言告げた。
「奥様、旦那様がおみえになりました」
「わかったわ、……大丈夫よジャクリーン」
しばらくすると奥様と呼ばれた女性のもとに一人の男と幼い少年が歩み寄った。 男は黒い瞳に、黒い髪と綺麗に整えられた髭を口元と顎先に蓄えており、服装には幾つかの装飾が施されていた。 連れられた幼い少年は幼くも整った身なりをしており灰色の短髪に灰色の瞳で肌は少し色白で女性を心配そうに見つめていた。
男は女性に抱きかかえられた赤ん坊がスヤスヤと眠るさまを見て声をかける。
「やっと産まれたのか……、コーネリアよ……大丈夫か?」
「ええ、アーサー……、言ったでしょ? 大丈夫……
ちゃんと産めたわ……、見て目元は貴方そっくりよ」
「そうだな、髪は君に似ているな……、男の子かい?」
「ええ、そうですよ」
「そうか、ならばこの子は”オリヴァー”だな……、ほら見てご覧エリック、お前の弟だぞ」
男こと父アーサーは幼い少年エリックに生まれたばかりのオリヴァーを見せる。
「お父様、この子が僕の弟……、オリヴァー」
兄エリックは新しい家族が増えたことを喜びつつ、両親の感心を一心に買う光景に寂しさを感じていた。
「オリヴァーちゃん、貴方にも神様のご加護がありますように……」
母コーネリアは産まれたばかりの子供が無事に育つように祈った。
こうしてカミシマの前世ことオリヴァーはウィンスター家の父アーサーと母コーネリアの間で産まれ、兄エリックを持つことになった。 赤子だったオリヴァーは家族の寵愛を受けつつ、すくすくと育っていき、幼少時代を迎えた。
この頃のオリヴァーはある魔神の物語が好きだった。
その物語は世界創生の神話であり、ランプの灯りが灯るベットの上で母コーネリアより優しい声で聞かされた。
神話 曰く……、
はるか昔の始まりの世界には一体の闇の巨人が君臨していた。
その巨体は大地と空を繋ぐが如く巨大で歩けば地震の如く大地を揺らし、その怒声は雷の如く大気を揺らし、腕を振るえば嵐の如く海が荒れた。
この世に比類無き力を持つ巨人は大地を蹂躪し、大地を荒れ地に変え、生ける者から魂を奪い去っていたが、あらゆるものを奪い上げても満たされず飢えていた。
それはもはや収まることを知らぬ、何人にも止められぬ災禍だった。
原初の人々はただその災禍が過ぎるのを待ち、神に平穏な世界を祈った。
人々の祈りは神の下に届き、神は巨人の災禍を憂い、月より天上を翔ける数多の彗星群を降らせ巨人を倒そうとするが巨人はものともせず、彗星すら喰らい災禍を振るい続けた。
神は次に原初の人々から英雄を選び神の御業を分け与え、彗星の欠片から4柱の魔神達を作り大地に遣わした。
英雄の御業は巨人の闇を払い、魔神の鎧は巨人の暴威を物ともせず、7日間の戦いで巨人を打倒した。
その時の巨人の血が大地に染み渡り魔力の根源となり、巨人が蘇らぬ様に神様は屠った巨人の躯を使って骨格よりスプリンタス山脈、肉より魔族を生み出して大地を去った。
その後、4柱の魔神達は
聖火で巨人の怨霊を治め、
澱んだ大海を清ませ、
瘴気が立ち込める大気を晴らし、
暴威で荒れた大地を癒やしたことで神より与えられた使命を果たした後にどこか世界の果てで眠りについた。
世界を癒やした魔神達の力は人々に徐々に伝播し、
聖火より伝わった力を『火の魔導』
澱んだ海を清めた力を『水の魔導』
瘴気を晴らした力を『風の魔導』
大地を癒やした力を『土の魔導』
と人々は呼んだ。
そして……、
原初の人々と火の魔導と流星の欠片が交わることで人間が生まれ、
原初の人々と水の魔導と流星の欠片が交わることで魚人が生まれ、
原初の人々と風の魔導と流星の欠片が交わることでエルフが生まれ、
原初の人々と土の魔導と流星の欠片が交わることでドワーフが生まれた。
こうして、4系統の魔力とこの世界と人類が生まれた。
オリヴァーは最初この物語を聞いて詳しい事はよく分からなかったが、物語に出てくる強大な巨人を倒す魔神達について憧れた。
それは平和な国で言うスーパーロボットや特撮ヒーローに憧れる男子のような心境だろう。 そして、純粋に『その魔神達は何処にいるのだろう? 会ってみたい 』と思うようになったのだった。
これがオリヴァーの生きる指針になり、魔神達が眠る大陸の果てを恋い焦がれ、貴族で在りながら大陸の果てを目指せる探険家を夢見た。 幸いだったのは彼が辺境伯の『次男』だった事であり、もし、彼が長男であったなら家を継ぐ者として探険家という危険な職を選ぶなど叶わなかったが子供に恵まれた両親は彼の夢を認め、探険家にすべく様々な修行を課した。
探険家になるためには厳しい修行が必要だった。
何故なら大陸の奥地に行けばそこには当然魔族や魔物が生息し、人を殺して力を奪わんと襲うため、魔族や魔物の増長を望まない人類は奥地に赴く人間に対して容易に殺されない実力を求めた。
当然、奥地へ赴く探検家はこの例に漏れず相応の実力が求められたので、それを目指すオリヴァーは求められた実力を持つべく修行する事になった。
ここで求められる『実力』とは各特技科目毎に資格制度のような知識と実技を問われる試験を受けて認定を得るという事であり、その試験をパスする事によって証明書のようなアイテムを身につけることになる。
例えば、『実剣技』と言う特技科目が有ったとすれば、最初は『実剣技7級試験』、『実剣技準6級試験』と順々に受けて最後に『実剣技1級試験』を受けるような具合であり、実力を証明するアイテムは実剣技であれば刀剣の鍔であった。
この様な資格試験に対してオリヴァーの出自は非常に有利だった。
この試験を考案し、人類社会に浸透させたのは彼の母国である連合王国だからだ。 彼の母国は大陸から海によって隔絶されながらも海辺の小高い丘から眺めれば水平線上に僅かに見える程度には近い為、大陸の内紛に対して仲裁を行ったり、国家間のルール決めをしたりしていたので外交的な基準を決めやすいポジションにいたのだった。
そして、資格試験は連合王国の貴族が中心となって執り行っていたので、資格試験を受け易く、十全に学習出来る環境が揃っていた。
ちなみに特技科目で『準2級』を取得できればその資格試験の指南役、つまり教師になる事ができ、人気のある難関の特技科目で準2級まで取れれば指南役として引く手数多となって一生食いっぱぐれないものだった。
その為、貴族の後継者から外れた子弟は大体何かしらの特技科目で準2級を取得して指南役で生計を立てており、大陸の特技試験学習で雇用される連合王国の指南役の収入が同国の貴重な収入源となり得る程に授業料は高額だった。
つまり、実力が求められるオリヴァーは通常であれば高い授業料を払って指南役を雇い、高い受験料を払って受験しなくてはならないところ、連合王国の辺境伯の家系であったのでそのような経済面を気にせず幼少の頃から夢に対って邁進出来たのだった。
彼の両親はオリヴァーが探険家になる事に様々な思いを抱いていた。
父アーサーは兄弟の後継者争いを憂う悩みから開放された安堵とオリヴァーの夢を追う一途な姿勢への応援、母コーネリアは自らが女であるが為に成れなかった探険家への夢と羨望を我が子に託せる希望と我が子が探険家になる事でその身に及ぶであろう危険への憂いが入り交ざっていた。
だからだろうか……、優しい親からの修行内容は過酷を極めた。
Z.C883年、オリヴァーの年齢が6歳を数えたある日、母コーネリアは決心した様にオリヴァーに告げた。
「オリーちゃん、ママ決めたわ! ママがキッチリとオリーちゃんを鍛えて探険家になっても危険な目に会わない様にするわ!」
その時、オリヴァーは初めて母コーネリアのズボン姿を目にした。
父アーサーは何やら少し青ざめながら母コーネリアを慌てて静止しようとその肩へ手を伸ばした。
「ちょぉっと待つんだ オリーはまだ幼いぞ、お前が指南するのはまだ早いんじゃなぃ……、うおっ?!」
父アーサーが伸ばした手は母コーネリアの肩に乗ることなく片手で捻られギリッと固定され、華奢に見える母コーネリアの腕は父アーサーの静止を抑え込んでいた。
そのまま母コーネリアは父アーサーとオリヴァーに限りなく命令に近い事を言った。
「アナタ、大丈夫よ オリーちゃんは貴方と『私』の子供だもの、耐えれるわよ オリーちゃんも早く夢を叶えたいわよね?」
その時の二人は黙って頷くしかなかった。
それからの母コーネリアは厳しかった。
まるでどこぞの金属歯車ステルスゲームのボスの様にオリヴァーに体術や探索技術を叩き込んでいった。 何しろ、自身が若い頃に探険家を目指してたのでその類の取得特技が多く、そのどれもが1級だったのだ。 特に体術は凄まじく、いまなお体術関係であれば1級は余裕であり、特技試験では測りきれない実力を備えていた。
そして、父アーサーは魔力の放出量や制御能力に秀でていて魔導特技を得意としており、魔導の指南が上手かったので魔導に関しては父アーサーを頼ったのだった。
余談であるが後日とある人物から両親の昔話を聞く事になる。
母コーネリアは父アーサーの指南役をしており、それが馴れ初めだったらしい。父アーサーは一流の魔術と近接戦闘特技を修めてそれなりに貴族として腕が立つ方だったが、それでも母コーネリアには敵わず体術訓練ではいつも組み伏せられてたらしく、プロポーズも組み伏せられた状態で母コーネリアから言われたらしい……。
そんな極めて優秀で身近な指南役の下、オリヴァーは探険家として必須となる実力を蓄えるべく修行の毎日を送ることになった。
【登場人物】
コーネリア・ウィンスター
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