第3話【愛しき人】
作者:碧渚志漣(Xアカウント)
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途轍も無い不幸、厄災というものはどの世界でも時代でも急に忍び寄ってくる。
そして、神に纏わるモノほど凄惨で残酷だ。
クリュウの父親は平和な国より遠方の地で亡くなった。
時は数日 遡り、異国の地となる。
砂漠の某国にてギラギラと灼熱の日光が照りつける中、砂塵を巻き上げながら楔形の隊形で疾走する機甲部隊がいた。
機甲部隊の楔型隊形の前衛には戦車小隊を構成する某合衆国の主力戦車M1A2エイブラムス4両が巨大で重厚な車体を持ちながらもジェットエンジンのような甲高いタービン音を響かせながら疾走し、機械化歩兵分隊の歩兵戦闘車M2ブラッドレー4両がその車内に歩兵を乗せて随伴していた。
前衛を固めるM1戦車は砲塔を左右に振りながら周囲を索敵し、警戒を緩めることなく任務の為に迅速な行動を取っていた。
その戦車小隊の中で楔型隊形の先頭に位置していた戦車が砲手の操作で砲身を一点へ向ける。
「ジョンソン隊長! 間もなく例のポイントです!」
「そうか……」
車内でジョンソンと呼ばれた中年の男性は戦車の車上に備え付けられたスコープを通して車長用の熱線映像装置が捉えた映像を覗き込んでいた。
車長用熱線映像装置の映像は緑を背景に映像を映すためジョンソンの顔を仄かに緑に照らしていた。
熱線映像装置が捉えた映像には砂漠の水平線上から立ち上る黒い煙が見え、更に近づくと砲撃で各所が吹き飛ばされ煙をモウモウと立ち上らせる石油プラントが見え始めた。
「隊長、これは酷いですね、軍事施設でもない民間の施設への無差別攻撃……、一国の軍隊がすることですか?」
ジョンソンは砲手の問に答える。
「奴らをマトモな軍隊だと思うな、聖地に魂を縛られた忌まわしき旧時代の産物だ」
ことの発端は産油国家間での石油産油量調整の失敗にあった。
石油は市場への供給量を増やせば増やすほど多く売れるが単価が安くなるため、産油国家は互いの利益が釣り合う供給量を調整しながら市場へ供給していた。
しかしながら、とある一国の産油国家にとって受け入れ難い供給バランスにより石油事業が薄利多売の赤字となり、経済不況へと陥り多数の失業者が溢れていった。
経済的な困窮や不平不満が国内で高まる中、過激な解決策を求める民衆は宗教的な原理主義派のテロリストが引き起こしたクーデターを容認し、テロリストが政治軍事を掌握したことで並の正規軍以上の武力を有する武装集団が生まれることになった。
テロリストは民衆の支持を得ることで政治的基盤を確固たるものにするために民衆の不満の根源である周辺の産油国の石油プラントへ大規模なテロ攻撃を行い、石油危機をもたらした。
このテロの影響は世界経済に大きな影響を与え、原油高による世界的なインフレ不況をもたらし、多国籍軍の介入が必要になるほどの事変となった。
そして、この非常事態に対応すべく隣国に駐屯していた某合衆国の機甲部隊から特別編成された戦車小隊と小隊規模の機械化歩兵部隊が索敵を兼ねた人命救助の為に作戦行動を取っていた。
プラントを眼の前にM2歩兵戦闘車に搬送されていた歩兵が周囲の索敵とプラント内の状況を調査すべく展開していた。
その光景をジョンソンは戦車砲塔上部のキューポラから体を乗り出して周囲を見ながらヘッドセットの無線機に耳を傾けていた。
「(これが例の石油プラントか……、救援要請があったが国境付近で真っ先に標的となったのではな……)
生存者はいたか? 送れ」
プラント内で状況と生存者を調べている分隊長はジョンソンの無線を受けて
「いやまだだ……、プラントの制御区画と居住区が砲弾の直撃を受けたようだ
現在居住区を調査してるが大半焼け落ちている、人気は一切ない……、奴らの仕業なら生存は絶望的だろうな……」
分隊長が半ば焼け爛れた居住区で壊れていないロッカーを開くと職員の私物がしまわれ、ロッカーの扉の裏には職員本人やその家族の写真が貼られていた。
分隊長はふと一枚ロッカー裏の写真を手にすると思わず呟いてしまう。
「かわいそうにな……、可愛い娘さんを残してしまうとはな……」
分隊長が手にした写真には遥か遠くの平和な国で元気に笑うクリュウ・ユリの姿が写っていた。
分隊長の無線に部下から嗚咽混じりの報告が入る。
「隊長、見つけました……、従業員の亡骸です……、一列に並ばされていました……」
「……わかった、遺体は”全ての部位”を回収しろ……
(主よ、みもとに召された人々に、永遠の安らぎを与え、あなたの光の中で憩わせてください)」
クリュウは父親を失った。
何の前触れもない悲劇と犠牲は恐らく今後の教科書の一文に載り、その一文は多数の犠牲者を牢記し続ける事になるだろう。
カミシマはマンションの廊下で泣きじゃくるクリュウをなだめて以降、クリュウと連絡を取ろうとしたが電話が繋がらず、数日後には飛行機から運ばれる棺が紙面を飾り、『無言の帰宅』がメディアで取り上げられる事になった。
このメディアの露出こそ不幸を加速的に悪化させたと言えた。
残暑の候にクリュウと中々連絡が取れないカミシマはやきもきしながら返信を待っていると、「休んでいた間の学校の課題について教えてほしい」というメールが届いた。日曜日の昼時にカミシマはクリュウの家に向かうと長袖のシャツを着たクリュウが出迎えた。家に入り、玄関を見ると以前には見なかった怪しげな壺が置かれ、違和感を覚えながらクリュウの部屋に向かった。
以前訪れたクリュウの部屋には様々な軍事グッズと女の子らしい化粧道具など相反する品々が珍妙に並んでいたのだが、それらが無くなり殺風景な部屋の中にぽつんと1人クリュウが居た。 殺風景な部屋には昔からあるベッドと机が残っており、クリュウはベッドの上に座り込んだ。
「いきなり呼んじゃってごめんね……」
クリュウは少し目を赤らめてカミシマに謝った。
「問題ないさ、ユリ……、どうした?」
カミシマはクリュウに寄り添うように隣に座り、無言のままクリュウは身を寄せ、カミシマのファーストキスを奪った。
「……! なッ何をするんだ」
カミシマは突然の事に驚き、鼓動が跳ね上がり高鳴っていた。
「ごめんなさい、どうしても気持ち悪いのが消えないの……
うぅぅ……」
彼女はそう言うとカミシマの胸の中で泣きじゃくっていた。 カミシマが抱き抱えた彼女の身体は思った以上に軽く、危うく脆いもののように感じた。
そして、ソフィアがリーディング能力を応用して彼女の身体の状態を調査し、調査結果をカミシマに伝えると、カミシマはクリュウを優しく抱き締めながら自身の奥歯をギリっと噛みしめた。
カミシマはクリュウの左手首を握り、伝えたかったことを口にした。
「クリュウ、オレは君の全てを受け入れるよ、君の変わった趣味も、君の傷も、君の悪夢も、全て……」
握られた手首からは季節外れの長袖シャツで隠した左手首の包帯が見えていた。
「俺達の血は稀少なんだろ?無駄にしちゃ駄目だ」
彼女は少しずつまるで心に凍り付き、へばり付いた氷塊を溶かすように胸の中で押し留めていた事を吐き出し始めた。
父親が外務省経由の知らせから亡くなったことを告げられ、クリュウと母親が本人確認のために現地へ赴いて遺体と対面した際に遺体のあり様にショックを受けてしまい、その場で寝込んでしまったこと……。
『無言の帰宅』がメディアの注目を集めたせいで不特定多数の人間が訪れ、その対応に彼女の家族は疲弊していったこと。
そんな中、疲労しきった彼女の母親は父親の葬儀中に新興宗教の信者となっていた親族と会って、夫を失った喪失感を埋めるように母親が新興宗教にハマってしまい、自らの不幸の原因をその宗教の教義に見出してしまったこと。
そして、母親からクリュウは教義を押し付けられて息が詰まる生活を強いられ、反抗すれば母親から体罰を受け、同性の新興宗教の教祖に弄ばれる様な辱めを受けるようになっていたこと。
そこにはもう昔のように笑顔あふれるユリは居なかった。
そこには自由と笑顔を奪われ、憔悴仕切った彼女しかいなかったのだ。
彼女の笑顔を取り戻したかったカミシマは出来る限り彼女の全てを受け止めた。
夕暮れの日差しが窓から差し込み、二人は鮮血で汚れてしまった同じベッドの中、仰向けで同じ天井を見ていた。
体力が尽きて冷静になったカミシマは机の上に飾られた昔のクリュウの家族写真を見つけ、ふと思ったことを口にした。
「ユリ、どうして文明が発達しても戦争は無くならないんだろうな? 神様なんていないんじゃないかな?」
身体を重たそうにゴロリと仰向けから横向きに姿勢を換えてカミシマを見つめるクリュウは彼の疑問に考えを述べる。
「そうね……、もしかしたら神様は”騒々しい張りのある歴史”が好きで、”貧弱な読み物”が嫌いなのかもしれないわね……」
「そりゃ性格悪すぎだな、崇める価値無しだ」
「そうね……」
すると、クリュウはそう返すとカミシマの脇腹周りの背中を直に擦った。
「懐かしい……まだ残っているね……、まだ痛む?」
クリュウが擦ったカミシマの背には今尚残る古傷があった。
「大丈夫、痛くないよ……あの時は本当に死にかけたが……
なぁ、ユリ……、その……なんだ、順序が逆になってしまったがいつかテーマパークに行かないか? ありきたりだけどさ……」
「なにそれデートってこと? そうね、お母さんが今日みたいにミサに行ってないと厳しいかな、 最近じゃ私が外出したり、男の子と一緒にいるだけで叱られちゃうからタイミング厳しいかも……」
クリュウがそう言って体罰で負ったお腹のアザを見せようとするとカミシマは彼女を抱き寄せた。
「大丈夫、分かってるから お母さんのミサはいつぐらいだい?」
「日曜日だとは思うけどどの週になるかはまだ分からない……、ずっと後になるかも……、メールとかしたいけどケータイは監視されてるからデートのこと書けないよ?」
カミシマは少し考え込んで一計を案じ、勉強を教え合う名目で暗号を用いたメールを送る事を思いついた。
シャワーを浴びた二人は暗号符丁を取り決めて暗号表を作って共有することで連絡を取れるようにした。
「(ミュルタレ、アイデア借りるぞ……)」
それから二人はひっそりと会うことが出来たが、中々外出する機会に恵まれず、夏が過ぎ、秋が過ぎ、気づけば冬が訪れていた。
そんな中、クリスマス前の準備でクリュウの母親が忙しくなったことで生まれた絶好のタイミングに二人はやっと遊園地にたどり着いた。
「トオル君、ドラマの録画はしてくれた?」
「大丈夫、バッチリセットしておいたさ、なんせ最終回だからね……」
カミシマは暗い雲が覆いつつあった空を見上げていた。
『(降水及び降雪率は70%)』
「はぁ、生憎の天気だよな、デートなのに」
「全然大丈夫だよ! それに人が少ないから待たなくて済むわ」
曇天の下で二人はテーマパークをテンポ良く回っていた。
二人を中心に回るコーヒーカップは日常の風景を切り離し、ジェットコースターの乱高下は鼓動を高鳴らせ、場内に漂う甘い香りは苦い思い出を薄めていった。
勉強漬けだったカミシマや窮屈で苦い思いをしてきたクリュウは自身の体力不足に悔やみながらもベンチに腰を降ろしていると、雲の合間から差し込む黄昏の光に眼を細めた。
「もう、こんな時間だな……、20時までには帰らないとな」
「うん、あっという間だったね……、こんな時間がいつまでも続けばいいのにね……」
「沈まぬ太陽は無いが、昇らぬ太陽も無いさ 大丈夫、生きていればなんとかなるさ」
カミシマがクリュウを抱き寄せると、クリュウは大きく深呼吸をして白い息を漏らしながら呟いた。
「あったかいね……、あっ、最後にあれに乗らない?」
カミシマはクリュウの指差す方を見ると朧げな黄昏の光に照らされた大きな観覧車が回っていた。
二人を乗せたゴンドラはゆったりと登っていき、二人の世界は黄昏から冥夜へと移っていった。
夜闇に飲まれていく外の風景を見下ろしていた二人は唇を重ね、抱き合うとクリュウは泣いていた。 彼女は再び日が昇ればどうしようもなく始まってしまう日常に抗い、スガるようにカミシマを抱きしめ、カミシマはクリュウの全てを受け入れていた。
ゴンドラを降りる頃には雪が降り積もり始めていた。
『(オリヴァー様、予定を15分オーバーしております 電車よりもバスの方が最短で帰れます)』
ソフィアが素早く行動予定を修正してくれたのでカミシマはクリュウを連れてバス停へ向かう。
カミシマはバス停のベンチに疲れ切ったクリュウを座らせ、上着を被せてホットドリンクを求めて自販機へ向かうとそこには金髪の少女が居た。
自動販売機の近くにいる少女はこの平和な国ではあまり見かけない金髪ショートカットで瞳が薄紅色の外国人の様な風貌で、カミシマとは同年代のようだった。
金髪の少女は遠くからカミシマを見つめていて、カミシマが自販機でホットコーヒーとホットティーを買うまで続き、用を済ませて立ち去ろうとするカミシマに声をかける。
だが、言葉と一緒に不自然なノイズが乗り尋常では無いことが起きた雰囲気だった。
ザァァ……、ザザ……、
「(ザァアア……)はここが好きなの? ここにずっと居たい? (ザァアア……)の夢なの?」
ノイズのせいで大事な主語の部分が聞き取れなかった。
カミシマはいきなりの問に戸惑い振り向くとそこには誰もおらず、金髪の少女がいた場所には白い鳥の羽のような物が落ちていた。
カミシマの背筋が震え、足早にクリュウのもとへ戻る。
「(ソフィア、今のは何だ‼ 一体、あの金髪の女は何者なんだ?!)」
『(オリヴァー様、一体何をおっしゃられておられるのでしょうか? 心拍数および発汗量が異常値を示しています)』
「(何って、お前も見聞きしただろ? 自販機の前に立っていた金髪の女だよ!急に消えた!)」
『(オリヴァー様、申し訳ございません 該当するような記録はございません 記録を再生します)』
ソフィアが記憶を遡って表示するとあの金髪の少女は存在していなかった。
そこには誰も居ない自販機へ向かうカミシマの主観記憶だけがあり、音声にも金髪の少女の声は入っていなかったのだ。
「バカな……」
そうカミシマが言葉を漏らすと寝入りかけていたクリュウがホットコーヒーに気付くが、それ以上にカミシマの動揺具合に気が付き心配し始めた。
「どうしたの!? そんなに汗をかいて? 息も荒いけど大丈夫?」
「あぁ……、心配ないさ 小走りで買いに行ったせいか汗かいちゃったよ…… あっ、コーヒーな 」
「あ、ありがとう……」
そんな中、バスが到着し、座席に腰を落ち着かせたカミシマは何度もソフィアの記録を再生して確かめたが、金髪の少女の姿はおろかその声さえ残っておらず、何の前触れもなく振り返っては走り出す映像が不気味さを際立たせ、困惑を増すことになった。
「(ソフィア、オレのバイタルはどうなっている? 幻覚を見るほど悪いのか?)」
『(オリヴァー様のバイタルに異常は御座いません)』
AR空間で集中して悩むカミシマとソフィアは気づいていなかった。
外の雪が激しく、バスのブレーキ音に不協和音が交じるようになっていたことに。
ようやく気がついたのはクリュウが心配そうに肩を揺すったときだった。
「何か様子が変じゃなぃ……」
大きなスリップ音と共にカミシマの周りはグルリと目まぐるしく回り暗転した。
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