第2話【二度目の奇跡と青春】
作者:碧渚志漣(Xアカウント)
https://x.com/wEoOjwhZjP36126?t=lEFyrMDAbXKKVylruW50mQ&s=09
カミシマのスマホ越しに闊達な友人の声がしていた。
「そうか、せっかく一途なお前さんがその気になったのに残念だな……」
友人は久々の再会を惜しみながらも考え込む。
「プランがあったと思うがスマン、今度会ったときには何か奢るよ」
「ハハハ、分かった、お前さんの穴埋めは考えておくよ、じゃあまた今度な、頑張れよ!」
「あぁ、そっちもな! 誘ってくれて嬉しかったよ」
カミシマは友人にキャンセルの電話をかけるとため息をついた。
カミシマは時折強く思うのだ……。
『神というものは酷く性格が悪い奴か、酷い無能力者か、その両方である 』と……。
別に残業で合コンが無くなっただけでそんな事を思うのではない。
確かに旧友や異性と会う機会がなくなったのは残念だったが、それは微々たる感傷だった。
カミシマの人生は「禍福は糾える縄の如し」といったところだろうか、途轍もない幸運も途轍もない不幸も味わった。
途轍もない幸運はカミシマが平凡な中学時代に訪れた。
およそ10年前の平盛24年の夏、15歳になったばかりのカミシマは自宅の勉強机で面倒くさそうに教科書や受験用の参考書をゆっくりとページを捲り、一文字一文字丁寧に流し読んでいた。
「それにしても受験というものは面倒臭いな……、一言一句暗記せねばならないのは骨が折れる……、それに前世では書物を読み進めるスピードだってもう少し早かったはずだ……」
『(オリヴァー様、恐らくこの世界では魔力が極めて微量のため魔力で現界している私の読解能力が著しく制限されています……
一度熟読して頂けなければ情報を保管できません……、また、前世で獲得した魔導は行使できません)』
カミシマは凝った肩を伸ばしながら独り言のようにソフィアに呟く
「だよな……、はぁ、ショックだな、前世の魔導の修行の殆どが無駄になってしまったのはがっかりだけど、まぁ、俺にはソフィアがいるからな
それにこの世界じゃ熟読しただけで暗記できるのもかなりのアドヴァンテージだ、頼りにしてるよ」
『(オリヴァー様、勿体なきお言葉です)』
カミシマは呟きながら椅子に背中をピッタリ付けてもたれかかる。
「何度も言うがそんなに畏まるなよ、それに今の私はカミシマだぞ」
『(お身体はそうでありましょうが、魂は間違いなくオリヴァー様です
魂に忠を尽くすものとしてお譲りすることは出来かねます)』
「わかった、もう好きにしろ」
寝床についたカミシマはまどろみの間際に蘇る前世の記憶に思いを馳せ、ある願望が湧き上がった。
「(この世界の情報には前世でなし得なかった夢、前人未到の大地への探求に代わる何かがあるはずだ……、なければ困る、そうでなければ再び生を得た甲斐が無いじゃないか……
でも、この世界に蓄積された情報は膨大だ……、本を手にとって1ページ毎にめくって読んでいたんじゃ何十年もかかってしまう
あぁ、もっと早くこの世界の情報を読み取りたい……)」
前世でなし得なかった夢の続きに代わる何かを求め、情報を求め願う、カミシマの願望は次の日に“奇跡”を呼んだ。
朝日が差し込み、カミシマが目を覚ますと自分の体から湧き上がる不思議な力を感じた。
「なんだ、この感覚は? 酒で酔ったような……、いや、ある種の全能感に近い感覚だ……、まさかこれが中二病というやつか?」
前世の冒険で口にした酒の味、ほろ酔い気分を思い返しながらもカミシマは違和感を覚えつつ通学準備のために机の上の教科書に触ると違和感の正体が判明した。
カミシマが教科書に触れた途端に感電したように教科書の内容がどっと流れ込んで来たのだ。
不意な出来事に驚いて教科書を床に落とすと、ソフィアが困惑して問いかけてきた。
『(オリヴァー様、これは一体?)』
「よく分からないが膨大な情報が流れ込んできた様だ
何と言うか教科書の内容を一瞬で全ページ読んだ様だ 少し頭が痛い……、疲れる…… 」
カミシマはめまいを感じながら頭を抱え、床に落ちた教科書に目を移して深呼吸をすると困惑と懐かしい経験が蘇った。
「ソフィア……、この違和感、いや、この高揚感はお前を得たときの感覚に近い……」
『(それでは……)』
「どうやら“奇跡を得るのは人生で一度きり”というのは本当だった様ですね“父上”、2度目の人生だから2つ目を得たということですか……」
カミシマは前世の父親の指南を思い出し、急に舞い降りた行幸への歓喜と混乱を抑えようとした。
『(……2つの奇跡を得るなど古今東西例を見ない状況ですが、現に奇跡を得ているようです)』
“奇跡”とは前世の異能力のようなものであり、前世の世界ではある程度の魔力や強い願望があれば誰にでも1度だけ発現するものだった。
そして、ソフィアは知的探究心を満たしたかった前世のカミシマであるオリヴァーの奇跡として目覚めたものであり、前世において“奇跡”を2つ得るなどカミシマやソフィアが知る限り例のないことだった。
カミシマは抑えられない好奇心から目覚めたばかりの能力を試し始め、試しに簡単なメモ用紙やノートの切れ端に触れることで自身に掛かる負荷を調べていくと、読み取った情報量に応じて負荷が増えていった。
そして、情報量は情報媒体に対して自身が知りたい情報の“種類”に左右された。 例えば、短いメモに書かれた“文字の内容”を読み取ろうとすれば純粋に短い文章がテキストデータとして読み取れ、同じメモ用紙の“紙の繊維構造”を読み取ろうとすれば物体の情報、テキストデータの量とは比較にならない3次元的な情報量が流れ込み負荷が激増した。
繊維構造を読み込んだカミシマは再びめまいを感じてふらつくとソフィアが語りかけた。
『(この異能とオリヴァー様の脳への接続状況及び情報ネットワークの解析が完了しました……、
この異能で情報を読み取る場合、オリヴァー様が直接使用されると大きな負担を掛けるようです、私がネットワークの中間で中継することで情報をフィルタリングし、オリヴァー様の負担が少なくなるように致しましょうか? )』
「ああ、それで頼む……、今の私ではこの能力は上手くコントロール出来ないようだからしばらく任せるよ
今の状況じゃ、教科書1冊もまともに開けなさそうだ」
『(承知いたしました)』
カミシマがソフィアとの話し合いが終わると下の階から女性の声が聞こえた。
「トオル、大丈夫? 遅れていないかい?」
「あっ、母さん 今降りるよ!」
奇跡のことで頭がいっぱいになっていたカミシマはいつもならとっくに通学しているはずの時刻だという事に部屋の時計を見て気付き慌てた。
そんな慌てるカミシマにソフィアはフォローする。
『(オリヴァー様、チケットをお忘れです!)』
「そうだった!! 今日こそはあいつから聞き出さないとな!」
カミシマは2枚の青いチケットを手にして部屋を出て、急いで朝支度を済ませ真夏の陽炎が漂う通学路を駆けていった。
カミシマが通学路を駆けていると前を歩いていた一人の少女が振り向き声をかけた。
「カミシマくん、おはよう! どうしたの? 今日は遅いね?」
「おはよう、クリュウ」
彼女はカミシマの幼馴染で同じ学校に通うクリュウ・ユリという女子中学生だった。
「先週の学力模試の結果発表はどうだった?」
「オレの方は問題ない、学力模試の結果は悪くなかったし、望み通り進学高校に行けそうだよ クリュウはどうだった?」
「私はギリギリかな 世界史や国史なら余裕だけど数学科目が苦手みたい」
カミシマはクリュウの迷彩柄のカバンに付けられた戦車や戦国武将のキーホルダーに目を移す。
「“戦争は騒々しい張りのある歴史をつくり、平和は貧弱な読み物をつくる。”か……、確かに歴史はクリュウの領分だよな」
「なに朝から物騒なこと言ってるのよ でも絶対行きたい高校だから行けるように頑張らなきゃ」
「頑張れよ、ところで毎度聞くけどクリュウが行きたい高校って何処なんだ?」
クリュウは少し悩みながら答えた。
「秘密、教えない」
「なんだよそれ、クリュウがどの高校へ行くか分からなかったら会えないだろ 」
「教えないもん」
「あ~あ、分かった じゃあコレは要らないかな〜?」
カミシマはそう言いながら2枚の青いチケットをひらつかせる。
「は! そ、それは!!」
チケットに見覚えがあるクリュウは目の色を変えて凝視した。
「今年の夏に行われる総火演のチケットさ、この間偶然2枚当たっちゃって誰を誘おうか悩んでるんだよね」
総火演、又の名を総合火力演習、つまりこの国の陸軍が行う火力展示演習である。
この青いチケットは一部の界隈で非常に人気があって倍率が極めて高く、中々手に入らないプラチナチケットと化していた。
以前、映画やネズミのテーマパークのチケットで聞き出そうとしたのだがにべもなく断られてしまっていた。 しかし、この青いプラチナチケットはクリュウの視線を釘付けにし、カミシマがチケットを右に振れば右に、左に振れば左に首を振っていた。
それ程クリュウは軍事に興味関心を抱き、酔狂な趣味を持つミリオタ女子だった。
最早、この様な酔狂な趣味を持つ女子中学生は絶滅危惧種のレッドリストに指定されてもおかしく無いほど希少な人種だと言える。
当然、クリュウもチケットの抽選に応募したがその結果はカミシマが扇ぐチケットへの視線が全てを物語っていた。
「何処へ行くか教えてくれたら1枚あげるぞ」
「うぐぐ……」
クリュウは恥ずかしさと己が欲望の狭間で葛藤しながら観念した。
「カミシマ君と同じ高校よ……、寂しいじゃない……」
カミシマは握ったプラチナチケットに見合う答えを得たのでチケットをクリュウに差し出し、これを機にクリュウの趣味に付き合うことになった。
カミシマは好むと好まざるとに関わらず受験の息抜きに平和の国では珍しい百錬鉄火の演習や装備品の展示を見回ることになり、展示されていた武装や救命キットを見回しながら手に取るとふと前世を思い返した。
「(あぁ……、こういう装備や技術があればもっと魔物から救えた人がいたな……)」
『(……)』
そして、展示品の国産89式小銃を持たせてもらい、銃身の上に取り付けられていた照星照門を通して狙いを定めた。
傍から見ればカミシマが何も無い所目掛けて小銃を構えているように見えたが、カミシマは白昼夢を見るように前世で相対した魔物をイメージしていた。
それも斧を構えた巨大な牛のような魔物だった。
「(いや……、この小銃でもアイツには歯が立たないか……な?)」
『(いかが致しますか? 小銃の構造をリーディングしますか?)』
「(そうだな、私自身としてはあまり興味も無いし、この時代で使う当てもないが……)」
そう逡巡するカミシマの視線の先には展示品を目の前に燥ぐクリュウがいた。
「うん、頼むよ、ソフィア、アイツとの話を合わせるのは大変だからな」
『(承知致しました、オリヴァー様)』
現世の平和の有り難さを噛み締めながら季節がめぐり、中学時代が過ぎ、卒業したカミシマとクリュウは奇跡と努力の甲斐あって晴れて同じ高校へ入学したのだった。
この時のカミシマは幸福に満たされ充実していた。
地面を撫ぜる風が蒸し暑さを運び、蝉の声がけたたましく鳴り響く夏の日にクリュウは自家製の寒天を持参してカミシマの家にあがっていた。
「トオルちゃんは本当に寒天が好きなのね」
カミシマはリビングで扇風機の風を浴びながらフルーツ入りの寒天を頬張っていた。
「それはユリのだからだよ、特にこのフルーツ入りのとか絶妙だよ、それにしてもこのプルプルが海藻からできるなんて良く思いつくもんだよ、ホントに」
「先人の知恵は偉大よね、それに寒天は戦時中に医学の分野で培地によく使われるから大戦中は外国への禁輸物品にもなったそうよ」
クリュウはそう答えながらカミシマの家に通うついでに買ったガチャポンのカプセルを開けようとしていた。
「へぇ、やっぱそういう話は詳しいな……、なぁ、ユリ? やっぱり将来はそういう軍事モノの職につくのかい?」
「うーん、それも考えたけど、厳しいかな? ほら、私達って希少な血液型でしょ? だから、大怪我のリスクがある職に就こうとすると両親に凄い反対されちゃうのよ……、それにお父さんは中東で単身赴任してて暴力沙汰を見ちゃうことが多くて軍事モノにはアレルギーがあるかな……
あ、ラッキー!」
カプセルを開けたクリュウは目当ての物を引き当てたのか上機嫌になり、すぐに中身を組み立てると戦国武将のキャラクターフィギアが出来上がり、フィギアが背負う旗には“毘”の一文字が記されていた。
「それは?」
「そうね、生まれる世界を間違えた男って所かしらね、戦国時代だと武将たちが領土の奪い合いで戦ってばかりだったけど彼だけは他人の領土を奪わず、むしろ領土を奪われた他国の武将を助けていたわ」
クリュウの話を聞いてカミシマはまじまじと武将のフィギアを眺めていた
「“生まれる世界を”ね……、偉大なドラマを持つ男だな、……ドラマ? そういえば昨日はドラマの最新話がやってたよな?」
「そうよ、見てないの?」
「実は録画したけど見ていないんだよ 一緒に見るかい?」
この時、カミシマはドラマのヒロイン役のカエデEIMIというグラマラスな女優が好きだった。
カミシマの画面に向ける視線にクリュウはジト目で自分の胸をさすりながら呟いた。
「トオルちゃんはホントにEIMIの事が好きなんだね……」
無い袖は振れない悲しみに満ちていた。
「ち、違うよ!! それはユリのは“ステータス”……」
「“ステータス”って何よ!」
「痛て!暴力反対!」
無神経な男が年頃の乙女のコンプレックスを刺激した代償は一発の拳だった。
こうして、楽しい二人の時間が過ぎ、日中の残暑が残る夕暮れにカミシマはクリュウを彼女のマンションまで送った。
マンションの扉の前まで来るとクリュウは身なりのポケットをポンポンと叩き始め、カバンを覗き込んだ。
「あらいけない……、もしかしてカミシマくんの家に鍵を置いてきたかも!」
「えっ……? 取りに行こうか?」
「う〜ん、取り敢えずチャイムを鳴らしてみるわ、もしかしたら母さんがいるかも知れないし……」
クリュウは入口のチャイムを時間をおいて鳴らすが何の反応もなく、ただ時間だけが過ぎた。
「しょうがない……、電話代高いけどケータイ使うしかないかな……、ううぅ……」
クリュウはカバンから携帯電話を取り出した。 取り出された携帯電話は丁寧に使っていたのか傷一つない綺麗な白地に縁にはメタリックなパールピンクがあしらわれていた。
クリュウが頭の中のお小遣い帳から当時は高かった携帯電話の通話代を泣く泣く引きながら通話すると、無事母親に繋がったのか会話し始めた。
ただ、会話が続くに従ってクリュウの顔から血の気が引いていき、ポロリと携帯電話を落としてしまった。
「嘘でしょ……、父さん……」
綺麗だった携帯電話はコンクリートの床に叩きつけられるように落下しヒビが入った。
彼女は自分の父親の不幸をこの時知った。
皆さま、ここまでお読み頂きありがとうございます✨
もし、楽しんで頂けましたら、大変お手数をおかけ致しますが「高評価」、「感想」、「レビュー」をよろしくお願い致します。m(_ _)m
©碧渚 志漣, Aona Shiren, 2024. All Rights Reserved. Reproduction and translation are prohibited.