第26話【真紅のガーネット】
少女の号令と共に異形なアンデットがゾンビへと襲い掛かり、食らい始めた。
「コーネリアよ、今じゃ!! 仔細はお主に任せる」
「ミュルタレ様、承知いたしました!」
ミュルタレの杖の魔晶石は真紅から透明になっており、封じていた異形なアンデットをすべて展開させ、ゾンビを駆逐していった。
コーネリアはミュルタレが駆逐しきれないゾンビの合間を縫うように駆け巡り、避けられないゾンビを何体か蹴り飛ばしたり、一瞬にして背負い投げの要領で地面に叩き付けたりすることで除霊術なしでゾンビを一時的に無力化させていった。
一体のゾンビがコーネリアに抱き着こうと襲いかかるとコーネリアは鋭く睨み、深く息を臓腑に行き渡らせ、四肢に魔力を漲らせると飛び上がり、ゾンビの頭部を蹴り飛ばした。 そして、その着地先にはオリヴァーがいた。
目の前に現れた母コーネリアの姿にオリヴァーは思わず言葉を漏らした。
「母上?!」
「オリーちゃん!! 何で黙って行っちゃうの!!
……本当に心配したんですから!」
コーネリアは叱りながらも疲れ果てていたオリヴァーをただギュッと抱きしめた。
「ごめんなさい……」
周囲の空気の変化にオリヴァーの傍にいたバルティマイは口を開いた
「オリヴァーよ、どうしたのだ……」
「なんとかなりそうです」
この時、コーネリアはバルティマイに鋭い視線を送った。
「オリーちゃん……、この方は?」
「(何だ……このおっかない気配は……!?)」
目の見えぬバルティマイは女性の声色から殺気にも似た気配を感じ取った。
「母上、この方は……」
バルティマイの名前を呼ぼうとしたが、ゾンビナイトと戦った際にソフィアが見せた走馬灯で記憶が鮮明に蘇ったせいか、ザアカイ達との決闘後に話した馬車内のやり取りが過ぎった。
「それはそうとオリーちゃんとシグルズ君が戦った騎士さん達って誰でしたっけ?」
コーネリアが馬車の中で2人に問いかけると、オリヴァーと土に塗れたシグルズが答えた。
「僕が戦ったのはザアカイという人でした」
「オレが戦ったのはバルティマイってヤツだ……ったです」
この時、答えた2人は何故かピリッとしたプレッシャーを感じた。
「そう……、『ザアカイさん』と『バルティマイさん』と言うのね……、オリーちゃんがとてもお世話になったんですもの、是非今度何か『お礼』をしないといけないわね……」
コーネリアは笑顔だった、口から発せられた言葉も字面で見れば綺麗なものではあった。
しかし、その言葉によって生まれた音、大気の振動にはまるで魔力が込められているかの如く聞き流し難い力を有していた。
そして、その力を持った言葉は疲れ果てた今のオリヴァー、シグルズとアイラに最大限作用したのだった。
オリヴァーはバルティマイの蓄えた髭から咄嗟に「森」、古代語で「ラフォージ」を連想した。
「この方は……ぇ……、『ラフォージさん』です」
「オ、オリヴァー……?」
バルティマイは聞き慣れない名前に戸惑い、自らの身の振る舞い方に困惑していた。
するとシグルズがバルティマイに小声でボソりと、そして必死に言葉を紡いだ。
「……合せてくれ……、目の前にはあのバンシー位ヤバい奴がいるんだ……」
「(!!)」
アイラも馬車のやり取りを思い出して咄嗟に合わせた。
「ぇ…ええ、そうです
このラフォージさんに助けて頂いたんです!」
「そうですか、ラフォージさん、息子を助けて頂きありがとうございました」
コーネリアが4人と合流した時、月光の合間で戦い続けている存在が発する戦闘音が止むことはなかった。 重い質量がぶつかり合う重低音、砕ける石造りの音、白き巨像の甲高い駆動音、海の司祭の唸り声が広い聖墓内に響きわたり、断片的に見せる戦闘の激しさを物語っていた。
闇と月光の狭間で白き巨像は手にした槍で海の司祭の攻撃を捌いていたが、海の司祭が切り傷を負いながら距離を詰めて再び槍を掴むことで槍を介して取っ組み合いとなっていた。
ギギぃぃ……
せめぎ合う強力な力が槍を徐々に軋ませていった。
白き巨像はこの拮抗状態を打開すべく、胸部の装甲を開いて再び突風を起こそうとしていた……。
だが、海の司祭はこのタイミングを狙っていたのだ。
胸部の装甲が開いたことで露出した無防備なコアへ大咆哮という音の弾丸を放ったのだ。
不可視の音の弾は魔力で指向性が強化され、白き巨像の胸部に直撃し、その白き巨像の背後にあった石像を砕いた。
この刹那、外観に変化の無い白き巨像はピタリと硬直した……。 だが、次の瞬間、甲高い悲鳴と共にコアに亀裂が入り、亀裂から青白い炎の様なものを吹き上げながら砕け散った。
そして、強大な海の司祭を前に白き巨像は力無く膝を付いて、その両眼に灯っていた黄色い光が消えのだった。
決定打となった大咆哮の余波はその場にいた者の鼓膜はおろか臓腑を揺らした。
オリヴァー達がその余波に身を屈めているとシグルズが思わず愚痴る。
「またか……! 耳がおかしくなっちまいそうだぜ……!」
シグルズがボソリと零した愚痴をその場にいた人間は『明瞭』に聞いた。
騒々しい戦闘音がなりを潜め、静けさが訪れていた。
この静けさは平静と終着を意味するのだろうか?
否、それは嵐の前兆の如くであった。
「避けなさい!!」
コーネリアが叫んだ。
出口を前にしたシグルズとオリヴァーが咄嗟に飛び退くと大きく白い塊のような物が飛び込んできたのだ。
その衝撃に薄い土埃が舞い、近くにいた人間の視線を集めた。
「一体、何なんだ?
何が飛んできたんだ……?」
その問いにソフィアが目の前で着弾した白き飛来物の姿……、その姿の映像をオリヴァーの視界の一角に投影した。
「これは……?!」
それと同時に土埃の奥から流れ込み始めた寒い外気の流れが視界を晴らしていった。
そこにいたのは白き巨像、ダラりと弛緩し、背中から打ち付けられた姿であり、その巨体が出口を塞いでいた。
「あの白い奴が吹き飛ばされたのか!?
畜生!出口を塞いでやがる!!」
そう言ってシグルズは悪態をつきながら伸び切った白き巨像の足を蹴り上げるがビクともしなかった。
「白いゴーレムがやられたのか?」
白き巨像の胸部にかかる土埃が晴れていくとオリヴァーは絶望した。
戦闘中に垣間見たゴーレムコアが失われ、胸部の周りにはごく僅かに煌めく結晶体、コアの残骸が付着していた。
「どうしたオリヴァーよ! 白いそいつは動かんのか!?」
一帯のゾンビを退けたミュルタレが白き巨像の側にいたオリヴァーに話しかける。
「ミュルタレ様! この白いゴーレム、コアがやられてます!」
「ゴーレムじゃと?! それがか!?
うむ……、では麿の死霊でソイツをどか……」
ズシン……。
ズシン……。
床を揺らし鈍い足音をたてながら巨大な者が近付いてきた。
それは先程まで白き巨像と戦っていた海の司祭だった。
その片手にはミュルタレが使役し、ゾンビを狩っていたはずの大型アンデットの千切れた頭部が握られていた。
「コーネリア、オリヴァー! すまぬ、手助け出来そうもない!
お主らで何とかせい!!」
ミュルタレが幾層の紫色の微光を纏いながら海の司祭に向けて手をかざすと間髪入れずに彼女に付き従う地獄の軍勢が堰を切ったかのように襲い掛かったのだ。
コーネリアは無言で迅速に体を動かした。 バルティマイの戦斧をひったくり白き巨像と壁の狭間に斬撃を与え、その狭間を広げる事で脱出を試みたのだ。 華奢な肉体に対して振るわれた戦斧の大きさは不釣り合いに見えたが、彼女の技巧と魔力によってそれは補われ、強力な一撃を生み出した。
それはバルティマイの一撃に引けを取らなかったが、壁は無情にも僅かに引っ掻き傷の様な痕を残すだけだった。
「(固いわ……、これじゃ埒が明かない……)」
コーネリアはびくともしない白き巨像を見上げて、胸部を調べていたオリヴァーに語りかけた。
「オリーちゃん! この白い子が少しでも動かせないか見てちょうだい!」
「母上! でも僕は一度もゴーレムを……、こんなゴーレム動かした事なんて……!」
「この場でゴーレムに一番詳しいのはオリーちゃんよ、オリーちゃんにしかできないことなのよ、お願い!」
「分かりました、母上……
(ソフィア、ゴーレムの状態を見て下さい)」
『承知致シマシタ』
この時、シグルズは虹色の瞳でコーネリアの斬撃で脆くなった箇所を凝視すると銀槍をギリッと握り締めて腰を落とし、槍の石突……丸まった側の先端で強力な一撃を放った。
「(一番脆そうな所にぶち込んでもヒビが入る程度か……!)」
シグルズもオリヴァーを見上げる。
「オリヴァー、頼むぜ!!」
男同士、顔を見合わせて頷いた。
『(オリヴァー様、外観カラノ分析デスガ コア ノ欠損以外二深刻ナ障害ハ見ツカリマセンデシタ )』
「(つまり、コアが在れば動かせるってことですか?)」
『(ソノ可能性ガ高イデス)』
「ゴーレムコア……か……
……!!」
オリヴァーは懐から咄嗟に『ある物』を取り出した。
「(『コレ』が使える可能性は?!)」
この時、ミュルタレは海の司祭と対峙し、魔石に封じていたアンデットを全て解放し、大軍をもってあらゆる攻め手を駆使していた。 大小様々なアンデットが前後,上下,左右にとあらゆる方向から海の司祭を果敢に攻めてはいたもののその重厚な歩みを止められずにいた。
「ええい、この物量でも攻めて手に欠くというのか!」
下半身が蛇のような大型アンデットが海の司祭に巻き付き、締め上げんとしたところ、逆に力を込めて引き千切られ上半身を踏み潰されてしまう有り様で海の司祭にとって痛痒すら感じてはいそうになかったが、ふと立ち止まった。
「(何じゃ?此奴め足を止めおったぞ……)」
この海の司祭の仕草にミュルタレは何とも言い難い違和感を覚えた。
そして、その違和感の正体が露わとなった。
海の司祭のエラやヒレの様な部位から紫色の液体が滴り始め、その液体が床を流れ文字の様な形を取り始めていった。 そして、たどたどしくも野太い声で詠唱が流れた。
「世ノ理…、
人ノ理…
循環スル御霊ノ輪廻…」
「(この詠唱……!
この文字は……もしや除霊術!!)」
「正転セヨ…
我ラノ尊キ主の則ヲモッテ…
ソノ真理ヲ示シ給エ……
偽リノ生ニ死ヲ!」
海の司祭から紫電の様な魔力が発せられ、全周を取り囲んでいたミュルタレのアンデット目掛けて迸った。
すると迸る紫電が全てのアンデット達を蝕み、弱いものから瞬時に塵に変えていった。
「塵ハ塵二……灰ハ灰二……」
ミュルタレは200年を超える人生の中で経験の無い、御しがたい衝撃を覚えた。
「(馬鹿な! 死霊魔導ならば高位のアンデットが低位のアンデットを従えるなど前例はある……!
じゃが魔物が神働魔導を……!
信仰心を要する除霊術を行使するじゃと!?)」
紫電の残光の元にはミュルタレと海の司祭のみが静かに取り残されるように立ち尽くしていた。
アンデットのストックが尽き、手にした杖の魔石が透明となった少女の前に立つ化物は余りにも大きな存在にか感じられた。
「馬鹿な……、あり得ぬ……、魔物が神を崇めるなど……
あり得ぬ……、除霊術で一掃するなど……」
ミュルタレは目の前の光景が信じられず、薄紅色の瞳は焦点を定める先を失っていた。
ズシン……
ズシン……
万策尽き、呆然とした少女へ重い足音が迫っていった。
「馬鹿な……、このようなことが……」
その時、甲高い音と共に叫ぶ少年の声が響いた。
「ガーネット!! そいつをやっつけるんだぁぁぁ!」
その少年の叫び声とともに少女の前で白い巨拳が海の司祭を殴り飛ばした。
海の司祭は大きく後退り、少女の薄紅色の瞳は白き巨像が真紅のコアを宿した姿とその大きな背中にしがみつくオリヴァーを映していた。
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©碧渚 志漣, Aona Shiren, 2024. All Rights Reserved. Reproduction and translation are prohibited.




