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第25話【白き巨像】

『闇』より現れた黒き腕に誰もが視線を奪われていた時、その背後では古代戦士の立像が地響きの影響なのか……光の檻の影響なのか亀裂が入り始めていた。

亀裂が古代戦士の立像の全身に至ると立像の表面は卵の『殻』の様に割れ始め、亀裂からはエメラルドの様な緑色の光を漏らしていた。

 そして、ポロポロと『殻』が崩れ始めていくと白く光沢ある新たな外殻が露わとなりつつあった。 その崩れた『殻』の裏側は薄く半透明で緑色の樹脂の様なもので覆われ、地面に落ちて細かく砕けるたびにエメラルドの微光が瞬いのだった。


古代戦士の立像の中より現れた存在は人型の金属製の巨像で、『殻』が放つエメラルドの微光に照らされながらも白く、金属の光沢を放っており、徐々に甲高くなる音を立てながら四肢末端が身動みじろぐ度にバラバラと『殻』が滑らかで光沢ある外装を滑り落ちるように崩れていった。

『殻』が剥がれ落ちていくと各関節付近の外殻が開き、むせる様なぎこちない音を立てながらも外気を取り込み始め、頭部の無機質な両眼は黄色い光を灯した。


古代戦士の立像の中で眠っていた存在、白き巨像が悠久の時を超えて目を覚ましたのだ。


目覚めた事で全身が概ね露わとなった白き巨像は人間の背丈の2倍程で、細身の身体には角張った外殻とその外張りに螺旋構造のフレームが組み合わさり、まるでセミモノコック構造を裏返した様な外見をしていた。

螺旋構造のフレームは外殻に纏わりつく様に巻き付き、その端が関節部へと集約されており、それぞれのフレームが音叉のように微細な振動を帯び始めていった。

 フレームの振動で音が大きく甲高くなっていく度に四肢が力強く駆動し、より細かく『殻』が剥がれ落ちていった。


白き巨像の所々には『殻』内側に張られていたであろう緑の樹脂が固着し、フレームや胴体に纏わりつくことで不協和音や覚束無いむせるような吸気音が生じていた。

だが、白き巨像はそんな事を気にもとめず、『殻』に覆われていた時から持っていた錆びれた槍を握り込むと、槍の『殻』も細かく割れ始め、中から常人が扱う槍の倍以上はあろうかという巨大な白色の槍が現れたのだ。


白き巨像はその黄色い無機質な瞳が現れたばかりの黒き腕を一瞥すると迷う素振りを見せず、まるで遥か以前より定められた運命をなぞるかの様に槍を構え、淡々と黒き腕に槍を突き立てたのだった。

そして、図ったか図らずか、その切っ先は教徒をも捉えていた。


アイラの元へやっと辿りついたシグルズの目の前には槍で貫かれた事で藻掻く黒き腕と腹部を貫かれた事で吐血した教徒がいた。

「な……?!」


この時、やっとシグルズとオリヴァーは白き巨像の存在に気が付いた。

古代戦士の像が立っていたはずの台座の上で白き巨像が槍を放っていた事で巡り変わる事態を飲み込み始めていった。


光を失ったバルティマイを連れて出口へ向かっていたオリヴァーはこの光景に思わず足を止めていた。

「まさかアレが神話の魔神……!?

(でも……もっと大きいと思っていた…)」

黒き腕を仕留めんとする白き巨像の所作が神話で語られる巨人と対抗する魔神達と重なり、神話の片鱗をオリヴァーに感じさせてはいたが世界を揺るがした壮大な神話のスケールと比べると違和感が拭えなかったのだ。


だが、白き巨像への3人の静観は藻掻く黒き腕の人語とも似つかぬ金切り声の様な悲痛な叫びによって破られる。


キイィィィィ!!


その藻掻きから白き巨像が槍を引き抜くと、黒き腕の傷口より黒い闇のような血がドクドクと流れ始め、光の檻を忌避する様に魔法陣の内側に溜まり始めていった。 

そして、引き抜かれた槍の勢いで教徒は光の檻の中へ倒れ込むように入り、その身を闇の様な血に浸すことになった。


ドサッ……、


ビチャ……!


教徒が血に浸ると雷に打たれたかのように瞬発的に背中を反らせて呻いたのだ。

「うがぁぁぁあ……!!! くっ……喰われる……、私の魂が、喰われてしまう……! あぁぁ……!!」

教徒の肌は痣の様に黒ずんだ黒点に侵され始めていき、黒血がねっとりと四肢に纏わりついていた。

そんなもがく教徒を黒き腕はその巨大な手の平で握りこんだのだ。


「つ……掴まれちまいやがった……!」

そうシグルズが言葉を漏らすと気を失っていたアイラが薄っすらと目を開いた。

「うぅ…ん……、シグル…ズ…?」

「アイラ、目を覚ましたのか?!」

「私は……、ここは……いったい……、……何あれ!?」

アイラは光の檻を前にしてその光景に半ばパニックになりかけていた。

「アイラ! 先ずはここを出るぞ! 動けるな?!」

こうしてシグルズがアイラへ手を差し伸べ立ち上がらせた時、白き巨像がその場に槍を地面に突き立てた。


白き巨像のフレームが大きく振動し、甲高い音と共に風が吹きすさび始めると徐々に身体を浮かせ始めたのだ。

傍にいたシグルズとアイラはその音の大きさから咄嗟に耳を抑え、足取りの覚束無いアイラの歩調に合わせてその場から離れようとした。


そんな中、身体を浮かせ始めた白き巨像のフレームの振動は図らずも外装に付着した緑色の樹脂の破片を細かく砕きながら周囲に飛ばしていた。 そして、その破片の一片が魔法陣の近くにいた2人の方へと飛び散った。


シグルズは咄嗟に右手を盾にしながらアイラを庇うと腕にチクリと痛みが走った。

「つっ! (白い奴め……!  欠片が刺さりやがったな……)」

シグルズの腕からは僅かだが血が滲み始めていった。

「シグルズ…、血が…!」

「アイラ、大丈夫だ! それよりも離れるぞ!」

シグルズが傷を負った様を見たアイラは覚束無い足を必死に早め、2人は何とかオリヴァーとバルティマイに合流した。


シグルズは小声でオリヴァーの耳元で尋ねる。

「……おい、オッサンの具合はどうだ……?」


オリヴァーは首を横に振った。


「そうか……」


白き巨像が縮こまる黒き腕の直上まで浮上すると両腕両足をピンと伸ばし、まるで十字架の様なポーズを取りそのまま胸部正面を床の黒き腕に向けた。 浮遊してピタリと止まると、白き巨像の胸部の外装が開き、開いた外装の間からは中に納まっていた赤い球体が露わとなった。


その様子を見ていたオリヴァーは思わず声を上げた。

「あれは…、あの赤い球はゴーレムコア!?( もしかして白いのはゴーレムなのか……!!)」



白き巨像のコアが光を放ち始めると光の檻がそれに応じて徐々に下へと降り始め、黒き腕を地面へ抑え込み始めていき、光の檻が床の魔法陣まで下がると消え、そのまま黒き腕は地面へと沈んでいき姿を消していた。


光の檻が消えたことで月明かりに照らされた白き巨像が緩やかに降り始め、少し蹌踉よろめきながらも着地した。


オリヴァー、シグルズ、アイラ、バルティマイの4人は圧倒的なプレッシャーを放っていた黒き腕が消えたことで思わずその場に立ち尽くしていた。 


「あの白い奴が巨人の腕をやっつけちまいやがったのか?」

シグルズは白き巨像を見上げていたが、傍にいたアイラは床を見つめていた。

「シグルズ…、あれは何かしら……?」

アイラがそう指を指す先には黒い血だまりと繭のような黒い袋が残っており、シグルズが目を凝らして視線を移した。

「なんだ、あれは…? (暗くてよく見えねぇ……、巨人の腕の一部か?)」


シグルズが虹色の瞳を輝かせながら目を凝らすと、黒い血だまりが泡立ちながらまるで黒い袋に吸われていくように集まり始めていった。

「(あの黒い塊に『隙』だと……、それもドンドン無くなっていく……!? それに黒い液体が動いてやがる! …マズい!)

アイラ!逃げるぞ!  オリヴァー!! まだ終わらねぇぞ!!」

シグルズは強くアイラの手を引きながらオリヴァーに向かって大声で叫んだ。


その瞬間、黒い袋が裂け、巨大な何かが奇声を発しながら白き巨像に襲い掛かったのだ。


キイィイイエエエエエ!!


白き巨像は槍で防御することで取っ組み合い、巨大な何かが月光に照らされその姿を露わにした。

その何かとは巨大な人型の魚のような魔物で、その体格は白き巨像と同じような大きさであり、顔が魚に近く、全身が紫色の魚の鱗に覆われ、魚の長いヒレのようなモノが耳、背中、首回り、袖に生えていた。

その有り様は衣装を纏わぬ姿であったもののサルヴァトル教の祭服に似た形状をしており、まるで『海の司教』と形容できる井出達だった。


「なんだあの化け物は!! 何処から湧きやがったんだ!?」

「シグルズ、怖いよ…」

「心配すんな! オレが必ず守ってやる! はっ……!」

アイラと見つめあいながら励ますシグルズの脳裏でアイラを人質にしてきた魚人の教徒が思い浮かび自問自答した。

「(あの狂った教徒、まさかあの教徒の野郎が……?!)」



巨体同士の取っ組み合いは白き巨像が押され、ぎこちない吸気音を立てながら苦戦していた。

その苦戦する姿を見ていたオリヴァーは白き巨像の状態を推察した。

「(もしかして、吸気が、インテークの調子が悪いんじゃないのかな?)」

『(恐ラク、アノ緑ノ結晶ノ様ナモノガ 白イ巨大ゴーレム ノ吸気口ヲ塞イデイル可能性ガアリマス)』

ソフィアは白き巨像の各所に設けられたインテークと思われる個所の映像をオリヴァーの視野に映していた。

「(それじゃあ、魔力が不足してしまう)」


白き巨像は押されながらもフレームを振動させ、胸部の装甲を開きコアから強烈な突風を起こすことで海の司祭を吹き飛ばし距離を空けた。

吹き飛ばされた海の司祭は紫色の微光を帯びながらその場で天に向かって咆哮を放ち、魔力を帯びた微光を周囲に拡散させた。


グォオオオオオオオオオ!!!


この方向は聖墓の中にあった物全てを揺さぶるほど大きなものであり、松明の火を軒並み消していき、4人は思わず両手で耳を抑え、身をかがめていた。

「なんだってんだ教徒の化け物め、いきなり吠えやがって」


バルティマイはこの時焦っていた。 光を失ったことで周囲の変化を理解し切れず、咆哮のせいか耳鳴りが響き耳すら頼りにならない状況で不安の荒波が押し寄せ、徐々に精神を酸蝕していた。

「分からぬ……、周りはどういう状況なのだ……?!」

「全員、今のオッサンの視界と変わらねえよ……、明かりが消えて真っ暗だ……」

そんな暗闇の中、聖墓の所々に設けられた小さな窓から細く差し込む月光が照らしており、その月光が白き巨像と海の司祭を激しくも断片的な戦闘を映していた。

その戦闘を目にしたオリヴァーは冷や汗が滲むバルティマイの手をギュッと握った。

「バルティマイさん、一刻も早くここから逃げなくてはなりません、

あの戦いに巻き込まれたら僕達じゃひとたまりもありません!

走りますよ!!」

オリヴァーは暗がりの中、辛うじて見える3人の顔を見回すと一同が固唾を呑みながら頷いていた。 そして、暗闇の中に在るであろう出口へ向けて意を決して駆けんとした。


だが……、


ズルズル……、ガサガサ……


ズルズル……、ガサガサ……



周囲の暗がりから微かに何かが蠢き、擦る様な物音を耳にしたのだ……。


「何か物音がせぬか?」

それを最初に気が付いたのは物音へ敏感になっていたバルティマイ。

「あ……シグルズ、柱の上で何か動いてるわ?!」

そして、目を閉じていた時間が長く、暗がりにいち早く目が慣れたアイラが柱の上で蠢く存在に朧げながらも気が付いたのだ。


そして、ドサッと何か重いものが落ちた音が聞こえた。


それも一つ二つではなく幾つも幾つも何かが落ちていった。


更に落ちた先で物音が徐々に大きくなり、それと同時に4人の鼻孔に腐臭が流れ込んだのだ。


「う……何……この匂い……」

アイラは思わず鼻を抑えた。

「この匂い……! まさか! シグルズ!!」

オリヴァーの脳裏に死霊相手の修行の記憶がよぎった。

その呼びかけにシグルズは物音が聞こえた方を向き、咄嗟に懐から「杭」を出してその場に突き刺した。

杭から結界が広がると何かを弾く様な音とフラッシュの様な瞬きが一瞬だけその場を照らした。


だが、シグルズの虹色の瞳はその閃光で照らされた瞬間を見逃さなかった。

「ゾンビだ……!」


周囲で蠢いていたのはバンシーが殺した教徒の仲間たちであり、柱に括りつけられていた亡骸だった者達だった。

「あの野郎、あの咆哮、死者を目覚めさせるために吠えやがったのか……!

どおりで、生者には大き過ぎるってもんだ

(だがどうする……? オリヴァーは丸腰……オッサンは戦えねぇ……もう俺達にはゾンビの軍勢を相手にできる魔力も装備も無いぞ!)」

シグルズは疲労の癒えぬ重い体で銀槍を構えると背中に温もりを感じた。

「シグルズ……」

徐々に狭まる結界越しにゾンビが群がり始めていく様にアイラは怯え、シグルズの背中に体を寄せていた。

「(せめて、巻き込まれたアイラだけでも!)」


「あともう少しで出口なのに……剣も魔力も無い……!

(このままじゃ結界も消えてしまう、もう一か八かで突っ切らないと……)」

オリヴァーが覚悟を決めた時、聖墓の重厚な扉が勢いよく開いた。



バンッ!!!



開いた扉から外の月明かりで二人の女性の影が聖墓内に伸び、オリヴァー、シグルズ、アイラの3人にとって慈愛の女神の様な、絶対者の様な、そして恩師の様な存在が姿を現したのだ。


力強く、はっきりと少女の声……、少女の号令が聖墓に響いた。


「喰らえ!!!」


皆さま、ここまでお読み頂きありがとうございます✨

もし、楽しんで頂けましたら、大変お手数をおかけ致しますが「高評価」、「感想」、「レビュー」をよろしくお願い致します。m(_ _)m

©碧渚 志漣, Aona Shiren, 2024. All Rights Reserved. Reproduction and translation are prohibited.

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