第22話【奇跡の名前】
作者:碧渚志漣(Xアカウント)
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〔おりゔぁぁ……!!〕
ゾンビナイトの妄執の様な絶叫と一心不乱に振るわれる重い斬撃が小柄なオリヴァーを押し込み続けていた。
「ダメだ……、強い! 受けきれない!!」
ゾンビナイトの剣にはドワーフ族にアンデットの膂力が加わり、オリヴァーは刃を競り合うことすらかなわない状況だった。
完全に攻勢の主導権はゾンビナイトが握り、シグルズとバルティマイから引き離されていくばかりだった。
オリヴァーの脳裏に危機感から切り札である剣の刻印魔導……冶金魔導が過ぎるが、理性がそれを否定した。
「(冶金魔導は使えない……! アレを使えば魔力が切れてしまう……
でも二人と合流しなきゃ……!!)」
この時のオリヴァーの判断は概ね正鵠を射抜いていた。
炎熱魔導か冶金魔導では金属の溶断における魔力が及ぼす目的と手段が少々異なっていた。
炎熱魔導による溶断は魔力を熱に変え、その熱で金属を溶かすと言う2段階に分かれており、魔力が熱へ変わる際に周囲へ熱を拡散させるため金属を溶かすという目的を果たすにはエネルギーのロスが発生する物だった。
一方、冶金魔導による溶断は物質の状態変化、つまり物質を固体から液体へと魔力を使って強制的に変化させるモノだったので固体の金属を液体の金属へと直接変化させることができ、溶かす際に金属が放つ熱は最小限のものとなり効率的に金属を溶かす事が出来た。
しかし、冶金魔導には炎熱魔導と異なり融通の利かない点があった。
それは魔導を発動する際に消費する魔力の多さだった。
炎熱魔導であれば加える熱の分だけ魔力を逐次消費すれば済むので魔力消費量をコントロール出来るが、冶金魔導では個体を液体へと状態変化を起こすための魔力を一気に消費する必要があったのだ。
そして、魔力で強化された物体に対して冶金魔導で溶かそうとすれば、強化に施された魔力分だけ相対する冶金魔導によって相殺する魔力が増える事になっていた。 その時、ゾンビナイトの剣にはアンデット化した事により込められた魔力が増大しており、これを冶金魔導で相殺しようとしたらオリヴァーは魔力を食い潰され、強制的に魔力切れを起こすことになっていた。
魔力消費量を懸念しながらも、それを察し切れていないオリヴァーが一か八かの魔力切れを覚悟したとき、心の中で平坦な声が囁く。
『(オリヴァーサマ……、記憶ヨリ剣技情報ヲ抽出、技能ノ再構成ヲシマスカ……?)』
「(技能の再構成?)」
『(記憶ヲ復元シ、失ワレタ経験技能ヲ模倣出来ル様ニ致シマス)』
オリヴァーはゾンビナイトの重い剣撃を凌ぎながら決断した。
信頼関係など皆無な目覚めたばかりの奇跡の声の提案を受けることを……。
「分かった、君の提案に乗るよ! 頼む!」
『(承知致シマシタ)』
奇跡の声がそう答えると、オリヴァーは時がピタリと止まった様な感覚に陥った。
激しく襲い掛かるゾンビナイトがゆったりと動き、呼吸の体感的な感覚が伸びたことで息苦しさから解放され、肌で感じる風や体の反応が鈍くなり、それはまるで流れる時が凍り付いたようだった。
だが、オリヴァーの脳裏には忘れかけていた過去が鮮明に急速に流れていき、それはまるで死に際に一筋の光明を見出さんとする走馬灯のようだった。
ゾンビナイトの渾身の一太刀が振り下ろされる刹那の時間、忘却により失われた在りし日の記憶がオリヴァーの技量を一気に引き上げていた。
少年の短くも濃厚な半生を遡った記憶はとある言葉で斯くも括られた。
「フィロソフィア……、知識を愛しなさい」
オリヴァーに振り下ろされたゾンビナイトの剣撃は往なされた。
それはまるで以前ジョアシャンがオリヴァーの剣撃を受け流したような所作だった。
ゾンビナイトはさらに渾身の連撃をオリヴァーに加えたが剣筋は尽く逸らされ、往なされ、最小限の動作で躱された。
この異様さにゾンビナイトは一瞬だけ距離を空けた。
極僅かに残ったゾンビナイトの理性が異質な状況に忌避感を覚えたようだった。
目の前の少年には技量と反比例して熱情や感情が乏しい様相となり、冷淡冷徹に技術を駆使して技量の上で狂気を抑え込んだ。
その時、技術と狂気が拮抗し、オリヴァーとゾンビナイトとの間に静寂が生まれた。
だが、両者は静寂を好む者と静寂を好まざる者に二分していた。
静寂を好まぬゾンビナイトは叫びながらまるで私闘の時の様に上段に構えながら駆け、剣を振りかざさんと斬りかかった。
それに相対するオリヴァーは下段に構え、ギリッと柄を握り込み、静寂を愛するように静かに大地を踏みしめ立脚した。
両者は互いに相反する構え、静と動で相対した。
迫るゾンビナイトの剣先が振り下ろされる瞬間、オリヴァーがゾンビナイトの懐目掛けて急接近し、下段より振り上げたオリヴァーの剣はゾンビナイトの両腕ごと剣を切り飛ばした。
剣を振り下ろすタイミングが狂い、両腕を失ったゾンビナイトはよろめき大きな隙を作った。
オリヴァーはその隙を見逃さなかった。
すかさずオリヴァーは懐に仕舞っていた文字入りの羊皮紙を広げながら魔力を放ち、ゾンビナイトを捉えると詠唱を口にした。
「世の 理、人の理、循環する御霊の輪廻、正転せよ、我が尊き主の則をもってその真理を示せ……、偽りの生に死を!」
詠唱は魔力を伴って除霊術となりゾンビナイトの全身を巡った。
除霊術で体が灰になりつつあるゾンビナイトは両手を失い棒立ち状態だった。 そして、灰と共に立ち昇る煙がゾンビナイトの狂気を昇華させたかのようにその瞳から激情が消えて清み、心做しか安らかな笑みを浮かべていた。
ザアカイは最後に少年オリヴァーを優しく見つめて膝を崩し、血糊で錆び付いた鎧だけを残して灰となった。
「やっと倒せたのか……?」
オリヴァーは死闘が一段落ついたことで思わず膝をついてしまうと体中に違和感が走った。
「ぐっ……、頭痛がする、体も痛い、まるで体中が軋んで身が入ったようだ」
『(再現シタ技術、肉体ガ合ッテイナイ様デス……、身体機能ノ向上マタハ技術ノ調整ガ必要デス)』
オリヴァーは利き手を揉みほぐしながら心の声に答えた。
「調整が必要だなんて聞いてないよ、そんなこと、……えぇっと、貴方のことはなんて呼べばいいですか?」
『(私ニ名前ハ御座イマセン、私ハ貴方様ノ知識ヲ補佐スル奇跡……貴方ノ魂ニ忠ヲ尽クス者、唯ソレダケノ存在)』
「それじゃ話し辛いよ、
それなら……僕が君に呼び名をつけるね」
『(名前……?)』
オリヴァーの脳裏にある言葉が思い浮かんだ。
それはさっきまでの走馬灯を締め括った言葉だった。
「『フィロソフィア』……、
そうだ、君は知識を司る奇跡みたいだからね、古の言葉、知識と呼ぶことにするよ」
『(ソフィア……、承知致シマシタ、オリヴァー様)』
こうしてオリヴァーに宿った奇跡は『ソフィア』と言う名を持つ事になった。
オリヴァーは軋んだ体を起こしてシグルズとバルティマイの元へ向かうべく歩みながら徐々に駆け足へと足を速めていた。
ゾンビナイトとの一戦を終えたオリヴァーはバンシーを囲ったばかりのシグルズとバルティマイの間にその姿を現したのだ。
オリヴァーを認識したバンシーが魔力で肥大化させた黒剣をオリヴァーに向けて構えたことでシグルズとバルティマイは背後から来たオリヴァーに気が付いた。
「オリヴァー!無事だったのかよ! 無事なら言ってくれよ!」
「シグルズ、首のそれは……?」
常に体の一部としていたマフラーが失われたことを忘れていたシグルズは思わず首をなぞってしまう。
「ぁ……? あぁ、あとで話すわ 心配すんな、こいつは昔からあるもんだ!」
バルティマイもオリヴァーに語り掛ける。
「小僧、無事だったか……
それでザアカイは……、どうなった?」
オリヴァーはこの時気づいていなかったが、バルティマイに事の顛末をスムーズに伝えることができた。
「除霊術で直接除霊しました」
「……そうか、礼を言うぞ
(ならば後は略式でも儀式さえすれば良いのだな……)」
「ザアカイさんは強かったですよ、本当に」
「いや、気を使うな小僧……
お前が相手をしたのはアンデットだ、断じて私の友人を殺したのは貴様ではない
アイツは既に死んでいたのだ、目の前にいる奴によってな」
合流した三者の会話がバルティマイの言葉でそう締めくくられるとバンシーに視線が集中した。
『(オリヴァー様、警告……、対象ハ個体名ザアカイ ト比較シ膂力ガ上回ッテイマス
更ニ結界ニヨル封ジ込メガ成功スル見込ミハ小サイデショウ)』
オリヴァーの主観視点上に羊皮紙の様なイメージを表示させ、そこにシグルズやバルティマイが持っている封印術が施された杭が拡大表示されていた。 主観視点の表示は能力が目覚めたばかりで、ましてやPCなど知る由もないオリヴァーにとって現時点では非常にシンプルなモノだった。
「(ソフィア、君はこんなことができるんだね! 凄い! これで細部を見逃すことなく把握できるよ!)」
オリヴァーはソフィアの能力の一端に感動した。
明らかに奇跡を得た前後で生じた能力の飛躍に、この力が生み出す夢への大きな前進に期待を膨らませた。
『(従ッテ、別ノ手段、ゴーレムコア使用ガ推奨サレマス )』
「(そうだね! 僕もそう思ったところだ!)」
オリヴァーは懐のゴーレムコアを確かめ、剣を正眼に構え、バンシーとの激闘の火蓋が切られた。
ちょうどその頃、宿で寝静まっていたコーネリアが目をハッと覚ました。
コーネリアが体を起こして両腕を思わず擦ると鳥肌が立っていた事に気が付いた。
「これは……、!!」
コーネリアはハッと何かに気付いたように立ち上がり、宿の部屋を出るとオリヴァーの部屋のドアを勢いよく開けた。
「いないわ……!
オリヴァーちゃん、どこ行っちゃったの?!
まさか!」
コーネリアはとある理由で胸騒ぎがしていた。
収まらないどうしようもない緊張感にコーネリアの頭が寝起きでありながらも高速に廻り始めていた。
「オリヴァーちゃんが危ない目に遭っているわ!
でも何処に……!?
(いけない……、落ち着かないと……、心を強く……)」
身体を揺するような呼吸の乱れで自身の焦りを悟ったコーネリアは金のペンダントを両手で握り、紫色の魔力を身体に帯びながら詠唱を唱えた。
「貪欲なる渇きを癒せ、瞋恚の炎を治めよ、理非をもって真理を示し、御霊よ鎮まり給え」
そう詠唱を唱えるとコーネリアの呼吸が落ち着きはじめ、冷静さが戻り始めていった。
「たぶん、聖墓ね……、ミュルタレ様を起こさなきゃ……」
胸騒ぎを魔力で抑えつつ、コーネリアは素早く身なりを整えてから宿を出ていき、ミュルタレの馬車へ向かった。
寝静まっているであろう馬車のドアをノックしようとした時、先ほどの胸騒ぎを遥かに超えるプレッシャーに襲われた。
「(何……? この不安感……?!
死霊魔導で魂を強化したはずなのに……!?)」
身体中にピリピリした緊張が走り、額からじわりと冷や汗が流れていた。
死霊魔導は外向的に用いればアンデット等の霊に作用する魔導であるが、内向的に用いれば自身の魂、精神を制御出来る魔導だった。
つまるところ、死霊魔導は本来であれば「操魂魔導」と称するのが実態を捉えていたが、アンデットを御する外向的な光景が余りにも印象的であったため「死霊魔導」と言う名前が定着していた。
コーネリアは目覚めた際に覚えた胸騒ぎを抑える為に死霊魔導を内向的に用いて魂を強化することで平常心を保ったが、投じた魔力では抑えきれないプレッシャーを感じていた。
この時、馬車から寝間着姿のミュルタレが馬車のドアを一気に開き、ある方向を焦るように見ていた。
彼女の薄紅色の瞳はちょうど聖墓の方角を見据えていた。
「何じゃ……、この気配は……?!
どうした!コーネリアよ!!」
コーネリアは馬車の前でへたり込み腕を抱え、呼吸を乱して身震いをしていたのだ。
「おば……ミュルタレ様、オリーちゃんが危険みたいです……!
恐らく聖墓に……」
「分かった、お主がそういうのならそうなのじゃろう……!!
コーネリアよ、立てるか?」
「ごめんなさい、私の魔導では抑えきれなくて……」
「よし……」
少女の様なミュルタレはうずくまるコーネリアを優しく抱きしめて紫色の魔力を立ち昇らせながら、まるでおびえた子供をあやす様に優しい口調で詠唱を唱えた。
「貪欲なる渇きを癒せ、瞋恚の炎を治めよ、理非をもって真理を示し、御霊よ鎮まり給え」
優しい詠唱とミュルタレの魔力がコーネリアに染み渡るとコーネリアの呼吸が落ち着き、震えが止まり、立ち上がることができた。
「申し訳ございません、お恥ずかしいところを」
「構わぬ、では急いで聖墓へ行くとしよう
(この気配、唯のアンデットではないぞ……!! 一体どうなっておるのじゃ?!)」
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