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第20話【囚われしゾンビナイト】

 オリヴァー、シグルズ、バルティマイの3人は聖墓へと足を踏み込んでいた。 


 聖墓の中は鉄臭さとほんのりと酸味の帯びた刺激臭が漂い始めていた。

「こりゃひどい死臭だなオリヴァー……、片手じゃ数えられねぇ人数が死んでやがるな……」

「シグルズ、分かるのか?」

「あぁ、嗅ぎ慣れたくはないがね……、家業は決闘士絡みなもんだったんでな

 そんな仕事にもってこいの荒事をよく任されるのさ……」

「それは大変だな」

「あぁ、地獄だよ……」

 そういってシグルズは首に巻いたマフラーで口元を抑えながら深い息をするとオリヴァーとシグルズの会話を遮るように身構えたバルティマイが告げた。


「おい、ガキ共、奴さんのお出ましだ……」

 ギラリと輝くバルティマイの瞳には聖墓の立像の前で祈りを捧げ、月明かりに照らされた漆黒の人影、後に”聖墓のバンシー”と呼ばれるアンデットを写していた。

  生者の気配に気づいた漆黒の人影ことバンシーがすすり泣く様な声をあげながら、ゆるりと立ち上がり滑らかな身のこなしで相対すると、3人は朧気な霊体のアンデットであるはずのバンシーには似つかわしくない存在感を在々と示す具体的な輪郭、滑らかで祈りという知性ある動作を行う様、月明かりの反射で見える磔にされ命を奪われた人々の数に愕然とした。


 オリヴァーにとってミュルタレとの修行で戦ったアンデット達は剣技を振るうことが出来たがそれは条件反射の様な反応で、アンデットの闘争本能を剣技で補完したようなものだった。 つまり、剣技を備えた獣でしかなかった。

 しかし、眼の前のアンデットであるバンシーは何かに祈り、何か目的があるように振る舞い、そのために力を行使していた。 

 明らかに力が知的思念に従属していたのだった。

 そして、オリヴァーの心のなかで告げる声が響いた。

『(該当情報ナシ……、彼我ノ魔力劣勢、使役不可……)』

「(また……、この声も僕の奇跡なのか……)」


 シグルズも虹色の瞳を輝かせながらバンシーを観て、思わず愚痴ってしまった。

「強いな……」


 バンシーは3人の生者目掛けてゆっくりと歩み始めると急に立ち止まった。

 立ち止まったバンシーの傍には何か塊が転がっており、3人の視線がその塊に集中するとバルティマイは気付いてしまった。


「あぁ!!ザアカイよ!!」


 その塊は乾いた血溜まりの上で倒れたザアカイの亡骸だった。

  ザアカイの生存は絶望的だったが、亡骸を確認するまでは淡くも希望があった。 その淡い希望を失ったバルティマイは漠然と抱いていた感情が確定的な怨嗟へと変わり、戦斧をギリッと握りしめた。

 

「おのれ……アンデットめ!!」


 バンシーはそんな怒声を物ともせず片手の手の平に何やら黒く蠢く液体の様なものを蓄えていた。

 そして、黒い液体のようなものをザアカイの亡骸の頭部に垂らすと再び歩み始めた。


 亡骸の頭部の上で黒い液体はプルプルと蠢き始め、亡骸の目や耳や口へ自らの液状体を浸透させていった。


この時の黒い液体は亡骸の右側頭や右目周りを溶かしながら浸透していき、亡骸の髑髏(ドクロ)を黒く染めながらその一部を露出させていった。


 この光景にはオリヴァーにとって何処かで見覚えのあるものだった。

 そして、記憶と判断が繋がる間際に心のなかで声がした。 

『(ネズミ……、憑依……、アンデット化……)』

「(そうだ、思い出した!最初にミュルタレ様が見せてくれた憑依でネズミのアンデットが生まれたやつだ!!)

 じゃあ、不味い!!」

 オリヴァーが憑依を止めようと構えるとザアカイの亡骸がビクリと痙攣し始め、手足をバタつかせ始めたのだ。


「なんてことだ! 野郎は亡骸をアンデットに変えやがったのか!」

 シグルズはザアカイのアンデットを見て驚き、そして、なんとなく悟ってしまった。

 ゾンビとなったザアカイは弱点と思える箇所が少なくなり、生前よりも強く強靭になっていることに……。


「おのれ!!よくも祓魔騎士のザアカイをゾンビにしたな!! よくもアイツの教徒としての誇りを踏みにじったな!!」

 バルティマイは親友の変わり果てた姿に激情を抑えられなかった。

 それはサルヴァトル教の教義に関わるものであり、教義ではゾンビとなった者の魂は早すぎる目覚めにより天国へ行けず、世界の終端で甦れないとされていたからだ。

 ただ、祈りにより発動すると言われている神働魔導による除霊術で救済を受ければ煉獄にて審判を受け、審判によって天国へは行くことができるとされていた。


 では、除霊術を使わずに倒された者の魂は救済できないのか?

 それには司祭以上の聖職者が行う”取り成しの祈り”が必要だった。


 ”取り成しの祈り”とは信仰する仲介者《英雄》に神と人間との間をとりもつことを祈り、他者の魂を救済する儀式であった。


 この”取り成しの祈り”には膨大な寄付金を要し、貴族ならまだしも騎士階級ですら払い難い金額だった。

 ザアカイの人生は実の所この”取り成しの祈り”に翻弄されており、それ故に汚穢の所業として嫌悪に蝕まれながらも彼の好むと好まざるとに関わらず金を望み、彼の奇跡は”金”にまつわるモノとなった。

 その事情を知るバルティマイにとって最後まで”取り成しの祈り”に翻弄されてしまった親友の運命に抗いようのない怒りや悲しみが溢れていた。


 そんな親友だった者の激情を余所に、目の前で立ち上がるザアカイの亡骸は焦点の定まらぬ左目をギロリとさせ、右目周りの髑髏(ドクロ)の仄暗い窪みには紅い妖光が灯り、人外な者への変貌を特徴付けていた。


 亡骸だった者は唸り声にも似たうめき声を上げ、その焦点が定まらない瞳がグチュリ……とオリヴァーの姿を捉えた途端にまるでカオスな意思が一つに纏まったかのように一点を見据えた。


〔ぅああぁぁぁ……、おりゔぁぁ……〕


 ザアカイの亡骸は狂気と剣技を孕んだゾンビの騎士、ゾンビナイトへと成り果ててしまった。 それはまるで目の前の生者(ターゲット)を屠らんとする抹殺者ターミネーターの様だった。

 ゾンビナイトはオリヴァー目掛けて駆け出し、半ば奇声に近い叫び声とともに上段から剣を振り下ろした。


〔おりヴぁぁぁぁあ!〕


『(直撃……危険! 回避……!)』

 オリヴァーの脳裏に警告音のように声が響き、咄嗟に後ろへ下がろうとするがゾンビナイトはオリヴァーの身のこなしよりも早く距離を詰めて斬撃を与え、剣でガードしたオリヴァーを体格と膂力の差から弾き飛ばした。

「(反応が遅れていたらやられていた!

 まともに食らったら不味い!)」

『(記憶参照……、生前ト比較、身体能力ノ著シイ向上)』


 こうして、距離を離されたオリヴァーはゾンビナイトと、シグルズとバルティマイはバンシーと戦うこととなり、分断されてしまった。


 オリヴァーの眼前にはゾンビナイトが剣を構えて執拗に襲い掛かっていた。

 鋭い突き、強力な上段からの振り下ろしといった斬撃はアンデット化による膂力の向上をもって実剣技1級の領域に限りなく近づいていた。


 ゾンビナイトは力を得た快感に溺れたように雄たけびを上げた。

〔うぉぉぉぉおお!!〕




 叫び散らかすゾンビナイトへとなり果てた男には願いがあった……。

 それは一級の資格を得て宮廷指南役となり、“取り成しの祈り”で故郷の家族を弔うことだった。



 男はドワーフの下級騎士の生まれで親兄弟に恵まれ、少年時代に父親の見習いでよく領地の周囲を馬に乗って巡回していた。

 そんなある日、少年は友人と一緒に日が沈み切らぬ夕暮れ時を巡回をしていると領地の境界付近に人影を見つけた。


 人影は若い女性で、夕日に照らされることで純白の肌が日光に染まり夕日と同色になり、黒の様な長い髪をなびかせていた。

 女性は衣服がボロボロで疲労感を浮かべながら困った顔をしながら近くの村で一晩止めてほしいと願い出たのだった。


 だが友人は女性を怪しみ、少年にヒソヒソ声で語り掛ける。

「ザアカイ、どうやったら身軽な成りの女性がここまで来れるんだ?」

「さあな、だが日の下を歩いているし、先日隣国のウィタード公国で異変があったようだからな……、生き残りじゃないか?」

「それでも村に案内するのはな……、みんな余所者は嫌がるぜ」


 少年は夕闇が迫る時間に判断を焦っていた。

 このまま、闇夜に包まれれば魔物やアンデットが活発になり、目の前の夕日に照らされた女性が襲われてしまう恐れがあったために女性を無碍に追い払うことができなかった。

「バルティマイ、オレが連れて行く

 お前は先に戻ってオレのオヤジに伝えてくれないか?」

「毎度面倒な事を押し付けるなよ、……ったく仕方ねぇ!

 次の庭掃除の当番はお前だからな!」

 そう言い残すと友人は馬の腹を蹴り、ダッシュでその場を去っていった。


「おい、それは……! って行っちまったか」

 少年には友人の背中へ言いかけた言葉があったが言いそびれてしまった。 少年は馬上から女性に視線を向けて手を差し伸べた。


「お姉さん、後ろに乗ってください」

 こうして少年は女性の身を案じて馬に同乗させて村へ連れ帰ることにしたのだった。 それから村へ戻ると村人たちはよそ者の女性を訝しげながらも一晩だけであることで渋々受け入れたのだ。


 しかし、この決断が悲劇を呼び、少年の運命が定まってしまった。


 少年はその晩焦げ臭さに目を覚ました。

 その真夜中に村人の悲鳴が響き、野太い呻き声が闊歩していた。

 村の中でグールやゾンビが現れたのだ、それも村の隣人の顔をしたアンデット達だった。

 パニックになる村人が行き交い建物に火が燃え移っていた。


「ザアカイ!! 生きてたか!」

 友人は慌てて少年のもとに駆け寄った。

「アンデット……何故……」


 そして、彼は見た、村の中央の広場で四方を燃え盛る建物に囲まれながら蝙蝠の様な羽を広げた女性吸血鬼がグッタリと力のない中年男性の生き血を啜る様を……。


 ドサッ……


 少年には生き血を吸われた男性に見覚えがあった。


「父さん!!」

 それは少年の父親だった。

 倒れた父親は刀身が折れた剣を握り込んでおり、吸血鬼の女性の腹に折れた刀身が刺さっていた。


「あら……、痛いわね」

 吸血鬼はそう言って刺さった刀身摘んであっさり引き抜いた。

 そして、腹の傷口と流れた血を指でなぞると既に傷口は完治しており、無造作に刀身を放り投げた。


 吸血鬼は真紅の瞳でギロリと少年達を睨みつけるとその瞬間に微笑んだ。

 間違いなくその顔は夕陽の中を歩いていたあの女性だった。

「おい、ザアカイ!!」

「バカな……! 夕陽を歩いていたじゃないか!!」


 そして、吸血鬼は呟いた。

「ありがとう……、くふふふ……坊や達のお陰よ、貴方達は生かしてあげるわ……」


 吸血鬼の瞳が強く紅く輝くと少年達は深い眠気に襲われ、重い瞼を降ろしてしまった。

 そして、微睡(まどろみ)に陥る刹那に吸血鬼は呟いていた。


「残念、ここも魔脈の要地ではなかったのね……」


 少年達は気がつけば静寂の中、目を覚ました。

 周囲の建屋が焼け落ちた灰色の光景……、少年達は顔を青ざめこの沈黙に包まれた状況に耐えられず顔を付してしまった。

 吸血鬼の顔を思い出し、咄嗟に首筋を確かめるが噛まれた跡は無く、体中を(まさぐ)っても傷一つなかった。


 焼け残った道を頼りに村を彷徨うと焼け落ちた屋敷の前で膝が崩れてしまった……。


 彼らはこの日より故郷と家族を失い、アンデットとなった家族の魂を救うべく”取り成し”の贖罪が始まり、そして今現在、彼には贖罪しきれなかった業の因果が残酷にも巡った。



〔おりゔぁぁ……!!〕



 まだ腐敗が進んでいない肉体を持つゾンビナイトは生前の俊敏さを兼ね備え、オリヴァーに力任せに斬りかかいた。


 オリヴァーは防御一辺倒となり、押し込まれる形でシグルズとバルティマイから引き離されていった。


「小僧!!」

「オリヴァー!!

 ……チィ!」


 オリヴァーを追おうとした二人にバンシーが襲いかかる。


「行かせぬというわけか……!」

 バルティマイは魔力を体中に巡らせ、バンシーの斬撃を戦斧で弾くが、少しよろけてしまう。


「(”隙”がわからねぇ……、実体がない相手に俺の攻撃は効きそうにねぇな……!!)

 オッサン!! アンタならやれるか!?」

 するとバルティマイは懐から何かを取り出した。

「”退魔の杭”だ

 魔力を込めて地面に打ち込んだコイツで囲めば如何なるアンデットも動きを封じられる」

 ”退魔の杭”は成人男性の握りこぶし大の大きさで杭の頭には魔石が埋め込まれ、全体的に刻印魔導が施されていた。

 ”退魔の杭”には死霊魔導の刻印が施されており、以前ミュルタレがオリヴァーに披露したアンデットを弾く結界に通じる技術であり、斥力が囲いの外側へではなく内側へ向かう様になっていた。


 バルティマイは5本の退魔の杭をシグルズに渡す。

「倒さずともコイツで囲えばどうにかなる

 小僧! コイツをヤツの周囲に打ち込め、石板の床だが隙間に打ち込めるはずだ!」


 こうしてオリヴァー対ゾンビナイト、シグルズとバルティマイ対バンシーの戦いが始まった。

©碧渚 志漣, Aona Shiren, 2024. All Rights Reserved. Reproduction and translation are prohibited.

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― 新着の感想 ―
祓魔騎士だったザアカイの遺体をゾンビ化なんて酷すぎます(。>_<。) ザアカイの過去のエピソードも読んでいて胸が苦しくなりました。善意で村に連れ帰った女性がまさかの吸血鬼だったなんて……。 ザアカイ…
戦いが始まりましたが、果たしてどうなるのか気になります!
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