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第19話【高貴たる決意】

 日の出が輝く早朝に馬車は駆けていた。

 馬車の中にはオリヴァー、シグルズ、アイラ、コーネリア、エリック、ジョアシャンが乗っており、下宿から広場へ向かっていた。

 

 シグルズは馬車の薄い羊皮紙の窓から差し込む日の出に照らされたアイラへ視線を向けていた。

「アイラどうしたんだ? 髪型が変わっているじゃないか」

「これはコーネリア様に結いで頂いたんです」

「アイラちゃんは髪の質が良いんだからちゃんとお手入れしないと勿体ないわよ」

 アイラの濃紺の髪型はコーネリアによって丁寧にかされ、後ろで纏めるように編まれていた。


 そんなアイラの風貌の変化にシグルズだけでなくエリックも半ば見惚れ僅かな微笑みを浮かべていた。 それはまるで輝かしい思い出を思い浮かべるようだった。

「どうしたのエリックちゃん、見違えたアイラちゃんを見つめて?」

 コーネリアは久々に見ることが出来たエリックの微笑みを見れて嬉しそうに語りかけるとエリックは我に返るように少し目を逸らしがちになった。

「別になんでもない……! あんたは昔からそうだったよな……」

 エリックはイライラ混じりにそう言い終えると馬車の窓へ顔を向けていた。

「エリックちゃん……」


 馬車は広場へ着いた。

 オリヴァーがジョアシャンに握手と指南のお礼を述べると最後にコーネリアはエリックに言葉を送った。

「エリックちゃん、勉強頑張ってね、体には気をつけてね……風邪を引かないように、私はいつも貴方の無事を祈っているわ」

「分かったよ、気をつけるよ……、

 オリヴァー、かあさんを頼むぞ」

「ああ、分かったよ、エリック兄さん!」


 こうしてオリヴァー、コーネリア、シグルズ、アイラは宿舎へ戻りゆく馬車を見送った。


 広場でしばらく待っていると見慣れた馬車が近づいてきた。

 ゴーレム馬車が近くで止まるとシグルズとアイラは物珍しそうにゴーレム馬のファレスとマレンゴの回りを見回していた。

「久々の対面はどうじゃったかのう、コーネリアよ? それにしても何じゃ、この童達は?」

 窮屈になった馬車が宮廷指南役の2人のもとへ向かうと広場で別れた後の話をミュルタレに伝えた。


「全くオリヴァーよ、サルヴァトル教の奴隷共との決闘に麿が教えた魔導を使うとは何事じゃ!そのような無粋な真似をさせるために指南したわけではないぞ」

 ミュルタレは怒っていた。 しかし、それはオリヴァー自身が愚かなことをしたと思ったからではない。


 死霊魔導を扱うミュルタレにとってその死霊魔導を忌避し禁ずるサルヴァトル教は忌々しい存在以外の何物でもなく、そんな忌々しい存在の末端が愛弟子を危ぶむ行為を強要したなど許せようもなかったのであった。

 さらに、アンデットが蔓延る死地ですら生き延び踏破する魔導を収め、自助救済を旨とするミュルタレにとってただ無力に神にすがり、未だ見ぬ神に依存するサルヴァトル教の教義自体もまた受け入れがたいものがあったのだった。


「申し訳ございません、ミュルタレ様……」

 昨日から三者三様に決闘を咎められたオリヴァーは体を縮めるように落ち込んだ。

「うむ……、過ぎたことはもう良い、じゃが麿の魔導で二度と無謀なことはしてくれるなよ、良いな?」

 こうして話の区切りがついた頃、宮廷指南役のもとへ辿り着く前に馬車が止まった。 すると外から人の声が漏れ、馬車の天井に設けられた扉から車外で馭者を務めていたノブハーツが報告のため顔を出していた。 

「ミュルタレ様、どうも近隣の村の住民から頼み事があるそうです!」

「なんじゃと? ……してどの様な内容じゃ?」 

「どうもここより下った場所に殉死した聖者のための墓所があり、そこで強力なアンデットが発生したようでして祓魔師探しや死霊払いを求めているそうです」

「ふむ、それは『聖墓トゥルシー』じゃな……?

 ……パスじゃ」

 ミュルタレはまるで軽くランチの誘いを断るように素っ気無く拒絶した。 

「ミュルタレ様?!」

 必死な陳情に対してそっけないミュルタレの態度に呆気にとられたノブハーツは危うく帽子を落としかけた。

 ミュルタレは華奢な腕を組み、呆気にとられたノブハーツから顔を逸らしながら改めて拒絶の意思を言葉にした。

「麿は断る、サルヴァトル教の虫の良い陳情など聞いておれるか、元はといえば奴らが祓魔師を排斥したが故の当然の帰結じゃ、自らの困難は自らで解決せい」

 

 ミュルタレの意志は固く、頑として首を縦に振らず、されどゴーレム馬の存在が死霊魔導の技量を良くも悪くも周囲に知らしめてしまったことでアンデットを恐れる村民が藁をも縋るように囲う事態となってしまった。

 このとき、窓越しで通行を妨げる村民を見てミュルタレは目を細め嫌悪感を抱いていた。


 彼女の嫌悪の眼差しを向けられた村人達もたじろぎながらも必死だった。

 この時代の連絡手段は一般的に早馬や飛脚のような郵便ぐらいしかなく、教会へアンデット出現の報が届くのは最短でも3日以上、討伐部隊の編成に7日、装備を整えた長距離行軍に14日、つまり事態発覚から討伐部隊派兵まで21日程度要するのが相場だった。 そのため、村人たちは祓魔師が訪れない限り20日以上もの間、強力なアンデットに怯えて暮らさねばならなかったのだ。


 結局、村人たちの必死の懇願で村を通り抜けれず日没が訪れてしまい、足止めを食らうことになってしまった。

 この時には村民たちは夜闇を恐れるように自分たちの家へと戻り、囲みは捌けていた。

 「全くもって心底勝手な奴らじゃ! お陰で予定が大幅に遅れたではないか! 明日も同じことをしてくれたらどうしてやろうか……!

 ……コーネリアに、オリヴァーに、童共よ村長が泊まる宿を手配してくれたみたいじゃぞ……、麿らは行かぬがのう……!」


 この対立に死霊魔導を心得たオリヴァーは両者の言い分が理解できてしまった。 虫の良すぎる陳情というものが如何に身勝手なのか、一方アンデットの恐ろしさも修行で相手をしてきた経験からどれ程のものか分かってしまった。


 オリヴァーは状況を整理しながら一つの答えを捻り出してしまった。

「(これはもうミュルタレ様以外の祓魔師が聖墓のアンデットを祓うしかない……、僕しかいない……)」

 静寂の闇にオリヴァーは金のペンダントを首にかけ、ミーナから貰っていたピュア・ゴーレムコアを取り出していた。

 ピュア・ゴーレムコアを手にしたオリヴァーはゴーレムコアとしてではなく封印術の触媒として期待していた。

「ミーナ様の贈り物はなるべく使いたくないけど除霊術の剣がない以上アンデット退治は厳しいだろうな……」



 オリヴァーがそう呟きながら人目を憚り、宿を出ると背後から急に肩を掴まれた。

「ぇ……!?」

「シぃ〜……!」

 思わず声を出しかけながら振り向くとそこにはシグルズとアイラがいた。

 シグルズは月下のもとで歯を光らせながらニヤリと笑っていた。

「お人好しのお前さんのことだ、聖墓のアンデットを倒しに行くんだろ? 一人でカッコつけるなよ!

 あと、アイラ、お前は残れ、 女が付いてくるもんじゃねぇよ……」

「あっそ! じゃあ私は戻ってコーネリア様に言いつけに行くわ」

「アイラ!」

「じゃあね!」

 アイラはゆっくりと体の向きを変えてコーネリアが就寝している宿へ牛歩の如く歩いていった。

「待てよ! ……分かった、降参だ!

 ……すまねぇ、オリヴァーあいつも付いてくることになった、あいつはあれでも簡単な回復魔導と薬草が扱えるから頼む」

「分かったよ、シグルズ、母さんに知られちゃったら止められそうだし仕方がないよ」

 

 こうしてオリヴァー、シグルズ、アイラは聖墓へ向かうことになった。

 聖墓は村から近く、3人が小話を済ませる頃には聖墓に到着していた。

 3人の眼の前には教会と聖墓の建屋、そして聖墓の入口で立ち尽くす一人のドワーフの騎士がいた。 ドワーフの騎士は肩と太腿に包帯が巻かれ、物音で気がついたのか3人の方へ足を引き摺るように振り向くとまるでお化けでも見たかのように驚嘆した。

「てめぇ等!なぜこんな所に!!」

 そのドワーフの騎士とは前日シグルズと決闘したバルティマイだった。

「は!?、それはこっちのセリフだ!」

 そうバルティマイが吐き捨てるように怒鳴りキリキリと握りこぶしを握り込むとアイラはとっさにシグルズの影に隠れた。

「……」

 一触即発の状況にオリヴァーは腰に下げた剣の柄を抑えながらシグルズとバルティマイの間に割り込むように前に出た。

「バルティマイさんですね? 私達は聖墓のアンデットノ討伐に赴きました

 聖墓ノ事情についてゴ存知でしたら教えてください!」

 

 バルティマイはオリヴァーの真っ直ぐな瞳と剣に少したじろぐと冷静さを取り戻したのか怒気を帯びた空気が静まっていった。

 すると、教会の扉が開き教徒が現れた。

「バルティマイ様、どうされたのですか? 安静にしていただけなければ傷が開いてしまいますよ!

 私は回復魔導を扱えませぬが、明日になれば代行の神父様が来られますのでご辛抱願います!

 御三方もご一緒にどうぞこちらへ」

 オリヴァー達三人とバルティマイが教会へ入ると教徒は釜にオリーブオイルを注ぎ、火を通して熱するとそこに新しい包帯を投げ込んだことで室内がオリーブオイルの香りに満ちていた。 バルティマイが座り込むと教徒がバルティマイの体に巻かれた血に染まった包帯を取り払っていった。


 大人しく座るバルティマイはオリヴァー達に今までの経緯を話し始めた。

 彼らが決闘で負った傷を癒やすために聖墓の教会に訪れたこと、聖墓に霊体の強力なアンデットが現界したこと、教会の司祭含めた教徒の殆どが殺されたこと、ザアカイがアンデット討伐に出向いたが戻らずアンデットが健在であることを語った。


「アンデットは本当に一体なのかよ?」

 シグルズはバルティマイの話に半信半疑だった。

「間違いない! ……私はあらゆるアンデットを見極められる、聖墓にいたアンデットは確かに一体だったのだ!

 私が戦えればこの様な……熱っ!!」

 教徒はバルティマイにオリーブオイルが染み込んだ包帯を巻いていた。 ドワーフの皮膚は元来人間と比べ硬質で分厚く創傷や熱に強かったが、傷口から熱が伝わったことで慣れない刺激にバルティマイは思わず呻いてしまった。

「あ、申し訳ございません!! バルティマイ様」

「ともかく怪我人のあんたじゃ戦力にならねぇよ……、精々大人しくしてな」

 シグルズがそう言うとバルティマイが睨みつけた。 決闘の結果とはいえ、バルティマイが負った傷は元々シグルズが負わせたものであり、傷が今尚疼き、この傷がなければザアカイ一人を行かせはしなかった後悔の念を向けていた。

 そして、シグルズは勝手に決闘を仕掛けておいて、負けた結果に対して不服そうに憎悪を向けるバルティマイを軽蔑していた。


 そんな気不味い空気を変えたのは以外にもアイラだった。


 アイラは持っていた薬草をバルティマイの血が滲み始めた包帯の上に振り掛け、魔導を行使した。

 その魔導は揺らぎの多い魔法主体の回復魔導であったが、薬草との相乗効果でバルティマイの傷をみるみるうちに直していった。

「アイラ……、お前!? そいつはお前の薬草をひっくり返した奴だぞ!?」

 シグルズはアイラの行動に驚いたが、バルティマイも一瞬何が起きたか理解していなかった。

「バルティマイさん、これで貴方も戦えるのでしょう?」

「何故この私を癒やしたのだ……?」

「私の回復魔導は未熟なのです……」

 アイラは座り込み、疲労していた。

「私はシグルズやオリヴァー君が危険な目に合うのが嫌なの……でも二人みたいに戦えない……、戦いになったら二人を癒やす前に足手まといになってしまいます

 だから、バルティマイさん、私の代わりに2人を守って下さい、お願いします……」

「……分かった、回復魔導を掛けてくれた恩は果たそう」

 バルティマイはアイラに向かって深々とお辞儀をし、体をほぐし傷の具合を確かめながら立ち上がり、鎧を着込むと教徒ともに教会の保管庫へ向かった。

 オリヴァー、シグルズ、アイラの3人も保管庫へ向かうと古びた武器が並び、埃と蜘蛛の巣にまみれていた。

 バルティマイはそれらを払いながら戦斧を手にした。

 その傍らでシグルズはアイラから薬草の残りをもらい、虹色の瞳を輝かせながら武器を物色していた。

 その瞳がピタリと捉えたのは埃被った1本の白銀の槍だった。

「おっ、丈夫な業物じゃねぇか! いただくぜ!」 

「それは……」

 教徒は信徒では無いものが教会保管の物品を物色するさまに不快感を覚えていた。

「武器は飾って嬉しい置物じゃねぇよ、使ってなんぼだ、……それに手入れがされてねぇから大半がボロボロじゃねぇか……」

 その様子にバルティマイは鼻で息を鳴らしながら口を挟む。

「手癖の悪いガキだ……」

「なんだと!?」

「だが、武器への意見は同意だ……、武器は使えねば意味がない……、それにあの中からソレを選ぶとは流石だな……」

 バルティマイは苦虫を潰すような口調ながらもシグルズの武器への思いと槍を選定した慧眼を称えた。


 かくして、オリヴァー、シグルズ、バルティマイは聖墓に潜むアンデットを討伐すべく教会建屋を後にした。

©碧渚 志漣, Aona Shiren, 2024. All Rights Reserved. Reproduction and translation are prohibited.

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ノブハーツくんが村人の頼みを取り次いできても、取り付く島もないミュルタレさんに笑ってしまいました。ノブハーツくん、色々と苦労してそう(笑) ミュルタレさんの代わりにオリヴァーさん、シグルズさん、アイ…
口は悪いが、優しい心がある。実に見事です! こちらも新作投稿しましたので、是非見てください!
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