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第9話【蒼き時代】

 の中には青銅のガラクタが入った坩堝るつぼあぶられ、青銅のガラクタの角が徐々に赤く白熱していった。


 青銅……、青銅とはどうすずとその他少量の金属が混ざった合金であり、現代でいえば身近な青銅といえば十円玉である。

 十円玉には銅とすずの他に亜鉛あえんも混ざっており、その色は純銅じゅんどうに近い赤銅色せきどうしょくであり、元来の青銅は『青白い青銅色』ではないのだ。 もちろんびれば青銅色へと変化するが、溶け始めたばかりの青銅は赤銅色から黄金色の様にひかり始めていた。


 坩堝るつぼの青銅が無事に溶け始めたことをながめていたミーナは視線を炉に向けて、炉の炎の光で顔を照らされながらオリヴァーに問いかける。

「オリヴァーちゃんは魔青銅ませいどうを知ってるかしら?」

「はい、知っています、たしか青銅に魔力を帯びさせた物が魔青銅で、農具や武器とかによく使われています」

「その通りよ、……あと、昔の水路や建物にも使われているわね」

 ミーナは火加減を見て炉にまきをくべながらそう言った。


 この世界には青銅に魔力を帯びさせることでより強化した『魔青銅(ませいどう)』という材質があった。

 魔青銅(ませいどう)は前文明から人々の生活に欠かせない材質であり、時には田畑を耕し、人々に水をもたらし、建屋に用いられて雨風から人々を守り、武具となって人々を闘争へと駆り立てた。

 魔青銅は風が運ぶ魔力に呼応し、魔力が金属を巡ることで強靭きょうじんな材質になるとされていた。


 そして、人が魔力を与えればより強固なものとなった。


 後世の人々はこの魔青銅の全盛期を『蒼き時代』と呼ぶことになる。 それはまるでいにしえの錆びた青銅器を指す様に……。


 青銅を溶かす炉の熱が秋の大気を温め、熱していた。


 その熱のせいかミーナはマントを脱いで張り切っていた。

「それじゃ、今から素体を作っていくわね! ドワーフの血が騒ぐわ! 」

「そ、そうね 」

 エリーザはミーナの高ぶるテンションに引き気味だった。

 恐らく、ミーナと付き合いの長い彼女でさえここまでやる気に満ちる様はあまりなかったのだろう。

「(此奴(こやつ)め、男児の前で無駄に はしゃぎおって悪い癖じゃのう )

 ミーナよ、早速じゃが麿にコアを作ってくれぬか? 既にここに向かう道中で霊魂は集めておるが、麿の作業は繊細故せんさいゆえに時間が掛かるからのう 」

「OK! 任せて」


「ほれ、死霊を封じた魔石じゃ 」

 ミュルタレが先ほどオリヴァーに見せた真紅の珠をミーナに渡すと、それを受け取ったミーナは透明で粉々に砕けた粉と真紅の珠を机の上に広げた。


「オリヴァー君、今から冶金魔導(やきんまどう)を見せるわね」

「冶金魔導ですか?」

「えぇ、冶金魔導は主に金属を操る魔導だけど、結晶体も操る事も出来るのよ

 まぁ、見てて!」


 ミーナが手をかざして青い微光を帯びながら「成形せいけい」と呟くと、冶金魔導が発動して結晶体は真紅の珠を中心に集まって混ざり合い、リンゴ位の大きさの球になった。

 それは赤く透き通るガラス球のようだった。

「これが冶金魔導ですか!?」

「そう、魔力を使って異なる結晶体を混ぜ合わせる事が出来るわけ」


 ミーナは出来上がった赤い球を抱えて待ちくたびれたミュルタレに渡す。

「ミュルタレ、お願いね」

「うむ、まかせい」

 そう言ってミュルタレは赤い球を受け取り、椅子に座って目を瞑って球を膝の上に乗せて、撫でるように紫色の微光を帯びながら魔力を込め始めた。


「さてさて、忙しくなるわよ! オリヴァーちゃん、見ててね! 」

 ミーナは木材を手にすると様々な形状をした(のみ)、彫刻刀、(かんな)槍鉋(やりがんな)などを使って手早く人形のボディーを造形し始めた。 この時使われていたミーナの工具はこの時代では珍しく、赤銅色の魔青銅ではなく鈍色(にびいろ)に光る別の金属で作られた工具だった。

 ミーナは(のみ)の一打ちで巧みに木材の繊維を断つことで大雑把な形状を削り出し、様々なのみや彫刻刀を使い分けながら形状を掘り込んでいき、かんな槍鉋やりがんなを使って形状を整えていった。

 ミーナの一連の作業を無駄なく迷い無く流れる様にこなし、まるで大鋸屑おがくずの様な柔らかい塊の中から木彫りの造形物を取り出している様に思えた。

 無論、木材は大鋸屑おがくずと違い容易に削る事などできない筈であるが、ミーナのたくみな技は(かたわら)で見ていたオリヴァーにそう錯覚させた。

 この時の彼女はパーツ加工に集中し、普段の砕けた雰囲気とは全く違うストイックな職人の様だった。


 オリヴァーは錯覚である事を確かめるように落ちていた木片の切れっ端を摘む。

「(やっぱり普通の木材だ……、大鋸屑おがくずじゃない……)」


 そして、一通り造形が終わると乾燥した植物の(くき)の様なものを充ててパーツの表面を磨いていった。


 この時代には近世で作られた紙ヤスリの様な便利な物はなく、研磨には自生している植物であり、茎の表面にガラス質を含む事で微小なギザギザを持つ砥草(トクサ)で加工物の表面を磨いていた。


 そんな彼女が作った人形のパーツは非常に滑らかで流線的で美しく左右あるパーツの形状は鏡で写したかのように精密だった。


 ミーナが精密なパーツを作っていくと、今度はエリーザがそれぞれに羽根ペンで見慣れない文字を書き込み、一節を書き終える度に文字は輝き、輝きが次の一節へと継がれていくかのように消えた。


 そして、ミーナは木製のパーツを作り終えると、窯の中で十分に熱せられた青銅を取り出して、予め砂で作った複数の型に坩堝の青銅が流し込まれていった。 そして、ミーナは青い微光を帯びながら砂型(すながた)に収まった黄金色に溶けた青銅に「成形」と呟いた。


 ミーナは暫くの間、青い微光を黄金色に溶けた青銅に与え続け、青銅が冷える事で黄金色の光が収まったタイミングで止めた。


 ミーナは秋の季節だというのに全身汗で濡れており、額の汗を拭うと深呼吸をした後にオリヴァーに話しかけた。

「ふぅ〜、暑いわ〜。オリヴァーちゃん、どう、結構地味でしょ?」

「いえ、凄いですよ! ミーナ様! どうやったらこんなに早く上手に作れるんですか?」


 冷え切らぬ青銅を収めた砂の型を見回しながらミーナは答えた。

「むふふ、経験かな? 今作ってるのはウッドゴーレムだから木彫りで手早く作れるけど金属のゴーレムを作るとなるとこう早くはいかないかな……

 金属の加工には結構魔力を使っちゃうから今回みたいな関節の金具を作るだけでもかなり手間がかかるわ ……うん、そろそろ魔力も馴染んで固まってきたわね 」


 オリヴァーはふと思い浮かんだ疑問を尋ねる。

「ミーナ様、どうしてわざわざ溶かしたり砂の型に入れてから魔術で形を変えているんですか? 冶金魔導でコアの形状を変えたみたいに金属の形を変えられないのでしょうか?」


 砂型を崩しながらミーナは答える。

「そうね、簡単に言うと冶金魔導は万能ではないのよ

 形状が複雑な物を一から成形する場合は膨大な集中力とイメージが必要になって大変でね、私はこうして砂型を使って手間を省くわけ


 それに冶金魔導で形状変化させたり、性質変化させられるのは液体とガラスみたいな物だけで固まった金属は形状変化させれないのよ 


 そうね……もし、そのまま金属を冶金魔導で無理やり変化させようとすると変形させるために熱が発生して、膨大な魔力を消費することになるわね」


 崩した砂型から固まって間もなくほんのりと赤い金具を工具で掴み取ってオリヴァーに見せながら、

「だからこういう金属の形を変えたい時は先ず溶かさないといけないのよ

 まあ、常温の金属でも表面だけなら多少の性質変化位は可能かな 」


 そして、ミーナはロール状の皮を広げて、そこに収納していた20本以上はある小型のハンマーを出した。

 その小型のハンマーの平には刻印魔導で扱う文字を鏡文字にした出っ張りがあり、ミーナがハンマーの柄を握り締めるとその出っ張りが赤く輝き、金具を打つと刻印魔導の文字が刻印されていた。

 そうして、刻印魔導の文字が金具に打ち込まれていった。

「ミーナ様も刻印魔導を扱われるのでしょうか?」

「うん、多少はね…… 指南役が務まるほどじゃないわ

 エリーザちゃんには全然敵わないわね……、

 エリーザちゃん、ミュルタレそっちはどう?」


「……もう少し」

「もうじきしまいじゃ……」

「了解、こっちももうすぐ終わるわ」


 ミュルタレはゴーレムコアを作り上げ、エリーザとミーナは刻印が施された木のパーツと関節の金具を組み上げていき、飾り気も無くのっペらとしたウッドゴーレムの素体が完成した。

 その人形の胸にはコアを入れる窪み、腹部のみぞおちには魔力を吸引するインテークがあり、関節の各所に刻印が施されていた。


「ふう、やっと仕事が一段落ついたわ!

 あとは素体にコアを埋め込んで同期させれば完成よ」

 ミーナは汗だくになって一息入れた。


「オリヴァーちゃん、もうお姉さんクタクタ〜

 休憩にしましょ♬

 喉乾いたから向こうに置いてある白いボトルを取ってくれる?

 中に葡萄ジュースが入っているから」

 ミーナの指差す方にはテーブルがあり、その上には陶器で作られた白いボトルと水差しが置かれていた。


 オリヴァーはテーブルの上の白い陶器のボトルを手に取ると可愛らしい手書きにラベルが貼っていたので思わず読んでしまった。


「エディアルト法王国産 赤ワイン……?」

 微かにボトルの口からアルコールの香りが漂っていた。


「オリヴァーちゃん、それそれ〜」

 離れた所から声が聞こえた。


「(ジュースって言ってましたね?

 間違ってもお酒って言ってなかったですよね?

 女の子が昼間から酒なのですか?

 ドワーフさんはお酒をよく飲むって母上が言ってたけどドワーフさんの常識なのでしょうか……?)」


「ミーナ、流石に不味いよ〜」

「お主は何をしとるのじゃ……。」

「(どうやら常識ではないらしい……)」

 オリヴァーが白いボトルではなく水差しを持ってミーナの所に向かったら不満そうに「硬い……」と言葉を漏らした。


「ぷはー、水でも美味いわ」

 ミーナはコップに注がれた波々の水を一気に飲み干して感嘆を漏らしていた。

「あ〜あ、ワインだったらもっと美味しかったんだろうな〜」

「すみません……」

「オリヴァー君……、謝らなくて大丈夫、ミーナちゃん酒癖悪いから」

「な、エリーザちゃん、ひどいよ!」

「あのー、そもそも御三方はよくお酒を召し上がるのですか……?なんというかその、お体が……その……」

「あっ、そっかオリヴァー君は知らないよね、私達は人間から見れば未成年みたいに見えるもんね」

 ミーナはハッと何かに気付き、喋り始めた。


「エルフ族は長命な種族で私達の血にはそのエルフの血が流れているから外見的な成長が人間より遅いのよ、私とミュルタレはこれでも200年は生きてるわよ」

「えっ、200歳ですか!?」

「そうじゃよ、もっと敬ってくれたまえよ、オリヴァー」

「えぇ、ちなみにエリーザちゃんはエルフの血が濃くて400年よ」

「ミーナ、殿方の前で年齢言わないで……!」

 恥ずかしがるエリーザにオリヴァーは呆然としてしまった。

「(オリヴァー君ドン引きしてる……!)」

 エリーザはオリヴァーからの印象の暴落に嘆いてしまった。


 エルフ族は長命種として知られていた。

 身体的な特徴としては耳が長く、瞳の色は碧眼で膂力は人間と同格であった。

 神話で語られる通り、風の魔導系統を持つ者が多く、大半のエルフ族は連合王国の対岸に位置するエディアルト法王国で生活していた。


 オリヴァーは父親よりも年上だったこと知り気になったことがあった。

「では、父上とはどの様に?」


 ミーナは昔を懐かしむようにニッコリと笑って答えた。

「私達は昔、オリヴァー君のお父さん、アーサーの指南役を努めていたのよ

 それで君のお母さんのコーネリアは私やエリーザと同じ宮廷指南役だったわけ

 でもまさか彼女がアーサーを組み伏せてプロポーズするとは思ってなかったわ」


「えっ、父上が母上に組み伏せ……」


「あっ、いけな!

 さぁ〜、休憩終わり!

 コアの同期を始めましょ!」

 オリヴァー自身にとって出生に関わる劇薬の様な話題を薄めるためにミーナは休憩を打ち切って作業を始め、慌ててその場を後にしたのだった。



「くしゅん!」

 コーネリアは思わずクシャミをしてしまった。

 自室で羊皮紙の手紙を綴るコーネリアは机の上の開封された羊皮紙の手紙を眺めながら筆を進めていたが、集中力が途切れてしまい背伸びをしながら席を立ち上がった。


「なかなか心を開いてはくれないわね……、あの子は法王国で何をしてるのかしらね 風邪を引いていないと良いんだけど」

 ふと、窓から外を眺めると休憩を終えた4人が工房へ向かう様が見えた。

「そうね、オリーちゃんのことも書こうかしらね」

 コーネリアはそう手紙を締めくくると手紙を折りたたみ、魔力を込めてウィンスター家の家紋である星と剣を用いたデザインの封蝋を施し、傍にいた侍女に託した。

「ジャクリーン、お願いね」

「はい、奥様」

 ジャクリーンは丁重に手紙を携えていった。


©碧渚 志漣, Aona Shiren, 2024. All Rights Reserved. Reproduction and translation are prohibited.

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― 新着の感想 ―
ミーナさんの作業風景、本当に腕利きの職人さんみたいですね!(*'ω'*) オリヴァーさんも上手くできるようになるのでしょうか……。
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