9話 マヌケ王子
アリスは背を壁に押し当てて立ち上がると、部屋の四方の石壁を、後ろ手でこんこんと叩く。
「窓の無い部屋・・・・・・。地下室?」
アリスは振り返ってジムに尋ねる。
「あなた、連れて来られる時、意識があったんでしょ? 階段を上ったとか、降りたとか、分かるでしょ?」
すると、ジムはバツが悪そうな顔をする。
「いやぁ、三時間も目隠しされてたもんで・・・・・・ついウトウトとして・・・・・・覚えてないって言うか・・・・・・」
「よくそんな状況で寝られるわねっ!」
「う・・・うるせぇ! 大体、お前が攫われたんだろっ! 巻き込んだくせにえらそうにっ!」
「じゃあさっきの話だけどっ、どうして女子寮にあなたがいたのよっ! しかも全裸でっ!」
「だっ・・・だからっ、女子寮じゃなくて、街っ! 俺は街でばったりとお前らに遭遇したんだって!」
「あなたっ、街を全裸で歩いていたのっ?」
「あっ、いやっ・・・・・・どっどう・・・・・・、そっ・・・・・・そうだよっ! 街を全裸で歩いていたんだよっ!」
「開き直り方がおかしいわよっ! 本当なら、真正の変態じゃないのっ!」
「うっせぇ! お前っ、『裸の王様』って物語 知らねぇのかよ!」
「聞いた事無いわよっ!」
少し静まった後、王女の悲鳴があがった。
「いやっ! やめてっ! きゃぁぁぁ!」
「へっへっへ。この部屋には俺達だけだ。おまけに俺は全裸。する事はひとつだろう」
「やめてぇぇぇ! きゃぁぁぁ!」
「おっ! お前、脱いだら結構・・・いやそこそこ・・・いや、ほんの少しは・・・あるじゃねーか!」
ドゴッ
アリス王女が蹴られたのか、鈍い音がした。
それを聞き、扉の外に座っていた見張りの男が、椅子からやれやれと腰を上げた。
「十代の男子はしゃーねーなぁ。この状況で、盛るかねぇ」
見張りの男は閂を外し、扉を開ける。
「おいっ! 女に手を付けてんじゃ・・・っ」
ドカッ
見張りの男は、部屋から飛び出て来たアリスとジムの体当たりを食らって、通路の壁に頭を打ち付けた。
ジムは右、アリスは左と、通路の先を確認する。すると、ジムの視線の先の突き当りに、窓があった。
「よしっ! こっちだ! ふんがぁぁぁ!」
ジムは、側にあった椅子の背を噛み、口で持ち上げる。
「うごごごぉっ!」
ジムは椅子を噛んで持ち上げながら、通路を一直線に窓へと向かう。
「ちょっと待ちなさいっ! ここが一階だとは限ら・・・」
ガッシャーン!
アリスの言葉は、椅子が窓を突き抜ける音でかき消された。
「うるせぇ王女っ! 俺が先に逃げるんだぁぁぁ!」
ジムは、窓へと飛び込んだ。
「おっぉぉぉああああぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・」
ジムの声は、徐々に小さくなった。そして、ドサッっと言う音が遠くでした。
窓の外から、声が聞こえる。
「なっ・・・なんだっ! 三階から何か落ちて来たぞっ!」
「椅子と・・・・・・人間かっ? おいっ、松明持って来いっ!」
攫った一味の者と思われる言葉に、アリスは下唇を噛んだ。
「あの・・・・・・バカ・・・・・・」
しかし、更に外から声が聞こえる。
「うわっ! 起き上がったぞっ!」
「なんだこいつっ! おいっ! 捕まえろっ!」
複数の人間の足音が聞こえ、遠ざかっていった。
アリスは、ふーっと息を吐き、ジムが飛び降りた窓へと向かう。
窓から外を覗くと、下には多少の茂みがあり、それがクッションになったのだとアリスは思った。
アリスは二階への階段へ向かう。どうやら三階には、扉の外にいた一人の見張りしかいなかったようだった。
「この人数で国と取引をする気なの・・・・・・?」
アリスは階段を下りる。すると、足音が聞こえたので踊り場で止まり、二階の様子を伺う。どうやら何人かが二階から一階に向かったようだった。
アリスは二階に下りた。側には一階に下りる階段が見えない。どうやらここは、一般的な屋敷では無く、砦などのように戦争に使われる施設のようだった。簡単に階段を上って上階にいけないように、階段を離して作っている。
アリスは側の角から奥を覗く。広間があり、その向こうに階段がある可能性が高いが、明かりが少ないので十メートル先くらいまでしか見えない。
アリスは角から飛び出した。だが、数歩進んだ所で、広間の窓から夜空を眺めている男に気が付いた。
「あっ・・・あなたは・・・・・・先ほどの・・・・・・」
オールバックの男だった。攫った一味の頭目だと思われる男は、両開きの窓を閉めると、アリスへと向く。
「まさか三階から飛び降りるとは・・・・・・。あの男、ただの間抜け王子では無かったようだ」
「・・・・・・いえ、あなたが思っている以上に、マヌケなのかもしれませんよ」
次話は 10/22 9時投稿です。