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5話 ジャガバター王子



 みすぼらしい服装の少年が、こちらもまたみすぼらしい、崩れかかった家に帰って来た。


 少年は、怯えた様子で周囲をきょろきょろとすると、家の扉に近づく。すると、少年が扉のノブに手を掛けるよりも早く扉が開かれ、中から少年よりもさらに幼い、男の子と女の子が出て来た。


「おかえりー」「おかぇりー」


 男の子と女の子は、少年が何も持っていない事に気が付き、少しがっかりした表情になった。


「ごめん・・・・・・。今日は・・・・・・何も食べ物が手に入らなくて・・・・・・」


「ううん! ぼく おなかすいてないよー」


「わたしもー」


 そう言いながらも、男の子と女の子は、唾をごくんと飲み込んだ。


「ごめんな・・・っ痛っ!」


 少年は扉に手をかけると、悲鳴を上げて右の手首を押さえた。


「にいちゃん 怪我したのっ!?」

「いたいのっ!?」


「いや・・・・・・大丈夫・・・・・・」


 歯を食いしばって痛みに耐えていた少年は、背後に誰かの気配を感じ、勢いよくそちらを向いた。とたんに、少年の顔が引きつる。


「お前達、家の中に入るんだ!」


 少年は、左手で弟と妹を家の中に押し込む。弟と妹も、何かを悟ったように慌てて家の中に逃げ込んだ。


 バタンと閉まった扉に背を付けた少年は、家の前の小道に向かって言う。


「あ・・・明日・・・・・・、明日、今日の分も稼ぐので・・・・・・・・・・・・」


 暗がりから二人の男が姿を現した。凄みのある男と、二メートルはある屈強な大男だった。


「見てたぞ。あんな抜けた貴族からも財布をスレねぇのか」


「ご・・・ごめんなさい。やっぱり、急にスリなんて無理です・・・・・・。明日こそ、仕事を見つけますので・・・・・・」


「いいや。明日も田舎貴族相手にスリをするんだ。この時期は、これが一番稼げるからな」


「そんな・・・・・・。貴族相手だと、今日みたいにばれたら・・・・・・命が・・・・・・殺されてしまいます・・・・・・」


「弟、妹の為に、命を張るんだよっ!」


 凄みのある男がドスを利かせてそう言うと、少年はびくっとしながらも、何か思いついたような顔をした。


「もしかして・・・・・・今日 僕が突然 仕事を首になったのは・・・・・・」


「貴族の子供が集まってきてシマ争いが激化してんだ! お前も俺達 組織の下っ端として、抗争に少しでも協力しろ!」


「そんな・・・・・・。ここに住んでいるだけでショバ代を払えって言われて・・・・・・、その上、組織の下で働けって・・・・・・」


 つかつかと歩いてきた凄みのある男は、つま先で少年の腹を蹴り上げた。


「ぐうっ・・・」


 前のめりに倒れた少年の腹を、更に横から蹴った。


「ごちゃごちゃ言わずに、明日も貴族の財布を集めろよ!」


「で・・・でも・・・・・・右手があまり動かなくて・・・・・・」


 男は屈み、倒れている少年の髪を掴んで無理やり顔を上げさせる。そして、少年の頬に、大型のナイフの刃を当てた。


「じゃあ、左手で刺して、相手の動きを止めて財布を盗めば良いだろ? いくらお前のボロ家でも、包丁の一本くらいあるだろ?」


「で・・・できません・・・・・・。弟と妹のために・・・・・・逮捕もされるわけにはいかない・・・・・・」


「なるほどなぁ」


 男はそう言った後、側で立っていた大柄の男に顔を向ける。


「弟と妹がいるから、できねぇらしいわ」


 すると、大柄の男は、背から戦斧を抜き、両手で振り上げる。


ドゴンッ


 戦斧は、家の壁を砕き、大穴を開けた。小さな家の中に、砕けた石の破片が飛び込む。


「いたいっ!」


「おにいちゃん!」


 二人の悲鳴が聞こえて来た。


「おい、もう一発」


「ちょっ、ちょっと待ってください! やる! やります!」


 少年は必死に訴えた。すると、大柄の男は斧を降ろす。


 凄みのある男は、少年の髪を掴んだまま、少年に顔を寄せて言う。


「こいつの戦斧は、B級冒険者を殺して奪った武器だ。こんな家、中にいるゴミごと、いつでも叩き潰せるぞ」


「か・・・・・・必ず・・・・・・お金を稼いで来ます・・・・・・何をしてでも・・・・・・」


 少年がそう言うと、男はにやりと笑った。だが、その腕に力を込める。


ガッ


「うっ・・・・・・」


 男は、石畳に少年の額を叩きつけた。そして、立ち上がる。


「お前は、良い幹部になれるかもな」


 そう言って男は少年に背を向けると、大柄の男と共に、笑いながら小道を歩いて行った。


 少年は立ち上がろうとするが、額よりも、腹に痛みが走った。ズキズキと、今まで味わった事の無い鋭い痛みがあった。


ドサッ


 少年は再び倒れた。すーっと体温が下がっていくような気がした。


「ごめん・・・・・・。にいちゃん・・・・・・ダメかも・・・・・・・・・・・・」


 少年は目を閉じた。家の中からは、弟達の声が聞こえない。怯えて動けないのか、怪我をして動けないのか・・・・・・。だが、少年はもう息をする事さえ辛くなって来ていた。




「なんだてめぇは!」


 少年の耳に、恫喝するような声が聞こえて来た。どうやら、先ほどの凄みのある男が、何件か先の路地で叫んでいるようだった。


 だが、少年は、何も事態が変わらない事を知っていた。先ほど、家が破壊されたときも、近所に音が聞こえたはずだが、奴らと関わろうとしたくないため、誰も出ては来なかった。


今のもめ事も、正義感のある者が奴らに注意したのでは無く、たまたま通りがかった人を奴らが脅して金でもむしり取ろうとしているだけだと思った。


「キサマ! おいっ! やれ! 叩き潰せ!」


ザシュッ


「こっ・・・こいつ! 俺を誰だと思ってんだ! もし俺を・・・」


ザンッ


 ドサドサっと、何人かが倒れたような音がした。そして、静寂が訪れた。


 少年は、側に誰かの気配を感じ、意識を取り戻した。


「だ・・・誰・・・・・・?」


 少年が目を開けると、心配そうに顔を覗き込む、弟と妹の顔があった。


「お前達・・・・・・。怪我は・・・・・・?」


「なおった!」


「なおたぁ!」


 弟は、自分の肘を指差す。そこには、何の怪我の痕も無い。


 少年は、体を起こした。腹の痛みはまだあるが、ずいぶんとましになっていた。あと、右手首の怪我はほぼ完全に治っているようだった。


「一体・・・・・・何が・・・・・・?」


 少年は、家の壁にある大穴を見つけた。どうやら、夢では無かったようだった。


「あのね、くろい人がなおしてくれたよ」


「まっくろ! かみもふくも、おかおもまっくろ」


「真っ黒・・・・・・? ん・・・・・・ん?」


 不意に、何か良い匂いがした。辿ると、家の扉の横に、大きな紙袋が置かれてある。


「あれは?」


「くろい人がおいてったよ」


「にいちゃん たべていい?」


 少年が紙袋を開けると、ふかしたジャガイモが沢山入っていた。しかも、ジャガイモにはたっぷりのバターがかけられている。


「ジャガバターだ・・・・・・」


 少年は、今日、どこかでジャガバターの匂いを嗅いだ気がした。だが、スリをする緊張のためか、それがどこで、どのような状況だったか、まるで思い出せなかった。





次話は 本日12時投稿です。

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