4話 暴力王子
入学式を終えたロンド達は、学院に隣接する建物に移動する。ここはこれから住む学生寮で、居住の説明や規則などを教えられた。そして各自割り当てられた自室を確認、整えると、ようやく本日の授業は終了となった。その頃には、外は薄暗くなっていた。
「ロンド様・・・・・・今日 何も食べて無いから死にそうです・・・・・・」
学生寮に食堂はあるが、朝食と昼食しか用意されない。裕福な貴族の生徒は夜会があるし、貧しい貴族の生徒は冒険者となって稼ぐ者もいる。皆様々なので、一律で外食をする規則である。
右に左へふらふらと通りを歩くルーサに、ロンドは肉串を買ってあげた。
「ふがふが・・・・・・」
赤髪のポニーテールを揺らすルーサの隣で、ロンドは財布の中身を覗く。
「うーん、やっぱり何かで稼がなくちゃだね」
「私に名案があります! 授業が無い日は、私が冒険者として稼いできます! 冒険者ごときが出来るような任務なんて、私達 騎士に出来ないはずが無いです!」
「ルーサだけに危険な目は合わせられないよ。明日の夕方にも、二人で冒険者登録をしに行こう」
「いけません! 王族が冒険者なんて! それに、この王都にも危険な場所があると言う事です! ロンド様は、私が冒険に出ている間は、自室に籠って、一歩も外へ出ないでください!」
「王都の北側の貧民街だよね。僕も男子寮の職員に聞いたよ。こんな華やかな国でも、やっぱりそんな場所があるんだね・・・・・・」
「バーグ王国より街の規模が大きな分、その影も大きいと思います」
「いつか世界を日の当たる場所ばかりにしたいよね・・・・・・。まあ、バーグ王国ですら実現できない僕が言う事じゃないけど・・・・・・」
暗いムードの二人だったが、いつもの高笑いが聞こえて来て顔を上げる。
「ひゃーっはっはっは。このジャガバターと言う食べ物、旨いじゃないか! 良きかな!」
ジムだった。だが、ジムだけで無く、よく見れば周囲の露店には学院の生徒達が溢れていた。店舗型の飲食店にも、学生の姿が見える。どうやらこの辺りが、王都の食事処の中心のようだった。
「あっ! ガキっ! ちょっと待て!」
ジムに幼い少年がぶつかったと思うと、その少年は謝る事無く駆けだした。ジムはじゃがバターを片手に追うと、数メートル先で少年が転んだ。
「王族から擦るとは命知らずなガキだ! ここで手討ちにしてやる!」
そう言って、ジムは腰から剣を抜いた。
「待ってください兄上!」
ロンドは、ジムと少年との間に割って入った。
「まだ子供です! 命まで取る必要は・・・・・・」
「子供だからと言って、罪が軽くなる訳じゃない。代わりに責任を取る親がいれば別だが、どうせこいつは親無しの貧民だ」
ルーサも駆けつけ、子供の前に立って言う。
「子供を殺すなら、先に私を斬ってください!」
そうして、ルーサは腰の剣に手を遣った。その所作を、ジムは二度見した。
「ルーサお前・・・・・・反撃する気満々じゃないのか・・・・・・?」
「何の事だか?」
「よくもまあ、主君たる王族に向かって・・・・・・」
ジムは苦々しい顔をしながらも、動けない。
子供の頃から木剣で何度か手合わせしているが、剣の腕はルーサの方が遥かに上だった。おまけに、魔法の腕もルーサの方が上だ。ジムが勝っているのは、身長くらいしか無い。
「・・・・・・分ぁーかった、分かった。赤髪の巨乳巨尻女に免じて許してやる。だが、財布は返してもらうぞ!」
ジムはそう言って、剣を腰の鞘の中に戻した。それを見て、ルーサも前傾姿勢を解く。
「まったく、命より大事な俺の金を盗みやがって・・・・・・」
転んでいた少年は起き上がり、膝立ちのまま右手の中にあった財布をジムに向かって差し出す。ジムはその財布をひったくるように奪った瞬間・・・・・・
バシッ
ジムは、少年の腕を蹴り上げた。痛みのあまり、少年は右腕を押さえてうずくまる。
「兄上っ!」
ロンドの声と同時に、空気を切り裂く音が聞こえる。
ビュンッ
ルーサが振り下ろした剣が、ジムの鼻先を掠める。ジムは万歳のような姿勢で後ろに飛び退く事で、何とかルーサの剣をかわした。剣は、石畳にめり込む。
「こっ・・・このっ! ルーサお前っ! やりやがったな! 死罪だぞ、死罪っ! バーグ王国に帰った瞬間、その首を刎ねてやるっ!」
「その時は、ジム様に地獄のお供をして頂きます」
「バーカバーカ! いくら胸がでかくとも、お前みたいな性格ブスは御免だね!」
「じゃあ、地獄へは御一人でどうぞ」
「ああそうしてやるっ! ・・・・・・って、なんで俺が一人で地獄へ行く話になってんだ!」
ジムは啖呵を切りながら、円を描くようにルーサの間合いに入らないように走り、あっかんべーをしながら逃げて行った。周囲の生徒達は、貧民によるスリと言うありがちな光景を、気にもしていないようだった。
ロンドとルーサは少年に駆け寄り、右腕を診る。どうやら骨は折れていないようだった。単なる打撲で、恐らく数日で良くなる怪我だ。
「ごめんね。回復薬あれば良いんだけど、あいにく持ち合わせが無いんだ」
ロンドはそう言って周囲を見るが、一部始終を見ていた通行人は、目を逸らして去ってしまう。貧民相手に、宿代二日分に相当する回復薬を差し出すような者はいなかった。
少年は首を横に振って立ち上がると、右の手首を押さえながら、通りを駆けて行った。
「ロンド様、私 本気で怒りました。ジム様の事は許せません!」
わなわなと震えるルーサに、ロンドは言う。
「・・・・・・確かに兄上はひどい事をした。でも、あの子があのままスリを続け、誰かに掴まったとしたら、腕を切り落とされる事もある。怪我の功名と言うか、腕が治るまでの数日間で、スリを辞めようと考えてくれると良いんだけど・・・・・・」
「えっ? ・・・・・・結果的に、ジム様に掴まって良かったって事ですか?」
ルーサはその言葉の後に、ぶんぶんと首を横に振る。
「いいえ! ジム様は、ロンド様がいなければ、少年の首を刎ねる気でした! あの悪党だけは、私が責任を持って、学院卒業後にどこか強制労働に近い職場に放り込みます!」
「ふふふ・・・・・・。本当にルーサとジム兄上は仲が良いんだから・・・・・・」
「どこがですかっ!」
ロンドの言葉に崩れ落ちそうになりながらも踏みとどまったルーサは、顔を赤くしながらロンド背を向けた。
「ん・・・・・・?」
その時、ロンドは不意に通りの先を見た。
「どうかされましたか?」
ルーサが振り返ってそう言うが、ロンドは首を横に振る。
「いや・・・・・・なんでもない」
ロンドは、暗がりから誰かの殺気を向けられた気がしたが、今は消えていた。
次話は 10/21日 8時投稿です。