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15話 星と出会った少女 前編

「おーい。今日もパン買ってかないでいいのかぁ?」


 夕暮れの市場で、店主の声が響く。その声にちらりと顔を向けた少女は、頭を少し下げると駆け足で走り去った。




 小一時間ほど経った路地に、小さな人影があった。


「はぁ……はぁ……」


 すでに日が落ち、暗くなった路地の影で、少女は胸に両手を当てて深呼吸をしていた。


「大丈夫……死ぬよりもずっとましだから……」


 そうつぶやくと、少女は路地の角から、また別の路地を覗く。



コツ……コツ……コツ……コツ……



 路地に響いた足音が、少女の方へ近づいてくる。


黒ずくめの男だった。だが、型崩れが一切ないスーツのような服装なので、貴族の男に違いないと少女は思った。



コツ……コツ……コツ…


足音がすぐそばに来た時、少女は路地の角から飛び出した。そして、黒ずくめの男の背中に抱き着く。


「貴族様っ! 私を買ってください!」


 男の背に顔をうずめる少女は、言い終わると、背から顔を離して男の顔を見る。


「ひゃは? なんだお前?」


「……あれっ?」


 少女が抱き着いていたのは、この王都にある王立学院の制服を着た少年だった。少女は慌てて離れると、首を振って路地の前後を見る。だが、黒ずくめの男の姿は無い。


「あれっ? あれっ? さっきの人は……?」


「なーに言ってんだお前? 買ってくれって、何も持ってないみたいだし?」


 少年は、手ぶらな少女に、肩をすくめた。


 言われた少女は、下唇を一度噛むと、悲壮な表情で少年に言う。


「あのっ! ……売り物は、私 自身ですっ!」


 王立学院の生徒は、殆どが貴族なのを少女は知っている。大人の貴族より上手に扱ってはくれないだろうが、金銭の支払いで問題が起きそうな平民や貧民よりもずっとましだと意を決した。


 すると少年は、少女の頭からつま先と、じろっと視線を往復させてから言う。


「お前……十二歳くらいか? 俺はロリコンじゃねーから、せいぜい一個下の十六歳までだな。もうちょっと乳と尻を膨らませてから来いって話だ!」


ドンッ と突き飛ばされた少女は、地面にへたり込んだ。


 少年は、「ひゃーっはっはっは」と高笑いしながら、路地を歩いて行った。



「うう……」


 少女は、目に涙を貯めながら立ち上がった。

 

少女の脳裏に、働きすぎて体を壊してしまった母親と、幼い弟の姿が思い浮かぶ。




 また路地の先から、誰かが歩いてくるようだった。

 

少女は慌てて涙を袖で拭うと、足音の方向へ顔を向ける。


 服装からどうやら冒険者のようだった。


貴族が理想的だが、先ほどの少年の様子から、貴族は見た目を重視する事が多いようで、自分は相手にされない可能性が高いと感じた。


遅くなると家族が心配するので、襟好みをしている時間は無い。それに現れた冒険者は、長身だが細身で、乱暴な雰囲気はあまり感じなかった。



「あのっ! 私を買ってくださ…」


ボインっ と、少女は柔らかい物に跳ね返され、地面に尻もちを突いた。



「あら、大丈夫?」

 

冒険者の手を取って少女は立ち上がった。


 冒険者は、女性だった。暗くてシルエットしか分からなかったが、近くで見ると、胸に立派なものが付いていた。


「ごめんなさいっ! 勘違いをして……」


「なんの勘違いなの? 買ってって言ったわよね? まさかその歳でそんな事をしているの?」


「あっ……いえ……今日が初めてで……」


 少女はそこまで言うと、女性冒険者に背を向けた。こんな事でしかお金を稼げない自分が恥ずかしかった。


 だが、走り去ろうとした少女の服を、女性冒険者は掴んだ。


「そう言えば……知り合いのキャバ屋で、キャバ嬢を募集していたわよ。そこで働いてみる?」


 少女は、慌てて振り返った。だが、すぐに眉をひそめる。


「でも……キャバ屋って……へんな事をされるんじゃないですか……?」


 すると、女性冒険者はため息をついてから少女に言う。


「あなたが今からしようと思っていた事よりも、ずっとましよ。ちょっと触られる程度。断って違う客へ行くのもありだしね」


「そ……そっか……」


 一度俯いた少女は、顔を上げて女性冒険者の目をじっとみて言う。


「お母さんと弟が……一昨日から何も食べて無くてっ! お給料は……せめてパンを二つ買えるくらいのお金はもらえるんでしょうかっ?」


「そうね……。キャバ嬢は太客を掴めるかどうかだから……客 次第てところがあるけど……」


「私……男の子ともろくに話しをした事がなくて……大丈夫かなぁ……」


「ふふ……、きっと、大丈夫よっ!」

 

女性冒険者は、文字が書かれたカードを少女に渡した。


「初めては、好きな男性のためにとっておきなさい。実は、私もまだ……」


 そこで、女性冒険者は人差し指を唇に当てて「シー!」っと言った。


「さあ行って!」


 女性冒険者が背を押すと、少女はよろよろとした足取りで、路地を歩いていく。


 しばらく進むと、少女は思い出したように振り返って口を開く。


「あの……、あなたのお名前は?」


「ジールよ。あなたは?」


「リズです……」


 同じ女性に励まされた事で、リズの心が少し強くなった。





 リズは、賑やかな通りに来た。店が立ち並び、それぞれの店の入り口に立っている女性が、道行く男性に向かって手招きをしている。


 王都の歓楽街の一つで、ここはキャバ屋通りと呼ばれている。


「えっと……」


 左右に首を振りながらきょろきょろと歩いたリズは、ある店の前で足を止めた。ジールからもらったカードには、この店の名前が書かれている。


 店の前に立っている女性に話しかけようとしたリズだったが、それよりも先に、その女性に腕を掴まれた。


「炎の鉄騎団? 誰の紹介?」


「えっ? あの……あの……、ジール……さん……です」


「まあっ! ジールさんが? 珍しい……」


 リズは、店の裏口に連れて行かれ、そこから店の中へ案内された。




次話は 本日21時投稿です。

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