いじめ? 言っておきますが、それは立派な犯罪ですよ
私は、いじめが嫌いだ。
いじめが好きな人なんているの? って話だけど、たぶんやってる本人は好きなんだろう。
うちのクラスには、いじめがある。
矢来陽希、春日望、氷山壱花の3人が、ターゲットに決めた相手に色々とやらかしている。
ものを隠す、壊すといったものから、恐喝まで。
高校2年にもなって、暇なことだ。
今は、咲野さんがターゲットみたい。
見ていてあんまり腹が立つから、担任の琴奈可憐先生に言ったら、あっさり流された。曰く証拠がない、矢来さん達がそんなことをするとは思えない、だって。
翌日、私のシャーペンがなくなって、ゴミ箱の中から折れたのが見付かった。
その翌日には、私の体操服が切り裂かれていた。普通のハサミで適当に切ったらしく、切断面がボロボロだ。
琴奈先生に被害申告したけれど、また流された。証拠がない、誰がやったかわからない、と。
そして、数日後、いじめのターゲットは完全に私に移っていた。
「向井、ちょっと顔貸して」
まただ。
3日前にも、こうやって校舎裏に連れて行かれて三千円奪われた。財布の中のお札全部だった。
嫌だと抵抗したら、太股を思いっきり蹴られた。スカートで隠れて見えないところを狙ったらしい。
その時、「これっぽっちかよ。もっと金入れとけよ」って言ってたから、絶対にまた奪いに来ると思っていた。
ちょっと噂を調べたところでは、こういうのは去年からあって、今までの被害者は、お小遣いがなくなると、裸の写真を撮られて脅され、パパ活でお金を稼がせられたとか。
咲野さんは、そこまでいかないうちに助けられたけど、代わりに私が狙われてしまった。
私もそうなる流れだろうか。そんなことになったら、生きていけない。
…なんて思うわけがない。
これは「いじめ」なんてあやふやなものじゃない。れっきとした犯罪だ。
私は、負けない。
3人は、私が逃げるとは思っていないのか、先導するように歩いて行く。まあ、ここで逃げたら後で覚えておけよ、くらいのつもりなんだろう。
この前の場所に着くと、矢来が
「今日の分、出しな」
と言った。
「今日の分って何よ?」
と言ったら、また太股を蹴ってくる。
「痛いじゃない、やめてよ」
と言うと、春日が
「痛い目見たくなきゃ、さっさと金出しな」
と言ってくる。
「この前三千円もとってったじゃない。あるわけないでしょ」
と反論したら、矢来が
「じゃあ、確認してやるよ」
と言って、私のスカートのポケットから財布を引っ張り出し、中からお札を抜き出した。
「たったの二千円ぽっちかよ。金用意しとけって言ったろ」
「たった3日でお金が湧いて出るわけないじゃない」
「うるせーな! だったらパパ活でもなんでもして稼げばいいだろ!」
「痛っ!」
突き飛ばされて転んだところを、服の上からよってたかって蹴られ始めた。
すっごく痛い。きっとあちこちアザになってるよね。
必死に身体を丸めて耐えていると、
「はい、そこまで。
暴行の現行犯で逮捕します」
という女性の声が聞こえた。刑事の月苑さんだ。やった、間に合った!
3人は慌てて逃げようとしたけど、月苑さん以外にも刑事さん達が来ていて、あっさり捕まった。
私は、すぐに病院に連れられて行って、診断書を出してもらった。
打撲と擦過傷で全治10日。更に、矢来が逮捕された時に私の財布を持っていたことで、彼女らの容疑は暴行から強盗致傷に変わった。
私は、再び呼び出されることを予想して、あらかじめ月苑さんを呼んでいたのだ。
壊して捨てられてるのを見付けたシャーペンや切り裂かれた体操服も提出してある。
前回三千円とられた時にも、気付かれないようにスマホで録音していた。そのデータを持って警察に行った。そこで対応してくれたのが月苑さんだった。
データは提出して、被害届も出してある。
私の話を聞いた月苑さんは、いざという時のための呼び出しボタンを私に持たせてくれた。
詳しい仕組みはわからないけれど、ボタンを押すだけで警察に通報が行くらしい。
私は、3人に連れられていく最中に、ボタンを押しておいたのだ。前回呼び出された場所は月苑さんに伝えてあったし、2~3日中に、またここに連れてこられるだろうとも言ってあった。
月苑さんが間に合わなかった時のために、財布の中の二千円は、銀行で新券に替えてもらって、番号を控えて写真も撮ってある。
わざわざ手数料を払って両替することで、私がこのお札を銀行で手にしたことがわかるようにした。
たとえ盗まれても、3人の指紋が出てくれば私から奪ったものだと証明できるようにしておいたのだ。
矢来が財布を持っているところを刑事さんが見ていたから、無駄になったけど。
ついでに、私の方で、ピン型の隠しカメラを胸ポケットに挿しておいて、それも提出した。これも、連れて行かれる最中に胸に挿したものだ。
隠しカメラの音声から、矢来達が私に無理矢理売春させようとしたことで、強要未遂罪も加わった。
翌日、学校は騒ぎになっていた。
逮捕された3人がいないのは当然として、琴奈先生もいない。
生徒が強盗で逮捕されたということで、緊急の全校集会が開かれた。
さすがに矢来達の名前は出なかったけれど、この場にいない矢来達が逮捕されたのは丸わかりだ。
校長先生は、校内で恐喝などがあったから、被害に遭った人がいたら、担任か、刑事の月苑さんに名乗り出るよう言っていた。
これで少しでも被害に遭った人が救われてほしいと思う。
琴奈先生がいない理由は説明されなかったけど、私は月苑さんから聞いている。
矢来達が逮捕された後、刑事さんが校長先生のところに行って説明したら、校長先生は何も知らなくてとても驚いたんだそうだ。
やっぱり琴奈先生は私が言ったことを隠していたらしい。
それなのに矢来達にはバレていたことから、琴奈先生は共犯とか犯人隠避の可能性があるということで、取り調べを受けているのだ。
さすがに先生は逮捕されていないけど、一連の捜査が終わるまでは謹慎ということで出勤できないそうだ。
少なくとも、校長先生に隠しておいた責任は取らされるだろう。
正直、ざまあみろという気分だ。
私がいじめのターゲットになるきっかけになった咲野さんの被害は、私の話で月苑さんが把握していたこともあって、早々に捜査対象になった。
逮捕された3人のスマホから、彼女の裸の写真データが見付かったそうで、3人の罪状に強制わいせつと児童ポルノ製造が加わったそうだ。パパ活させられる前に解放されてよかった。
3人の家には家宅捜索が入って、家のパソコンの中からも何人かの女の子の裸の写真が見付かったので、今、ネットに流出していないか刑事さん達が調べているらしい。
こうやって捜査の進捗は教えてもらえるものの、私が知らない被害者については教えてもらえないので、私の関心は、3人が最終的にどうなるかという部分になっている。
月苑さんから聞いたところでは、3人はとりあえず捜査が一段落したところで、家庭裁判所に送られるらしい。「送られる」といっても、裁判所で捕まるとかいうのではなく、本人は別のところに捕まったままだそうだ。
後は、裁判官が、成人と同じように処罰するべきか、少年院に入れるか、釈放するか、決めるらしい。
月苑さんの予想では、3人とも特定少年じゃないから、少年院に入るんじゃないかってことだった。
難しいことはよくわからなかったけど、とりあえずあの3人が学校に戻ってくる心配はなさそうで、ホッとした。
矢来達の親は、最初はうちの娘がそんなことをするわけがないとか言ってたらしいけど、家宅捜索でパソコンから何人もの裸の写真データが見付かったんで、何も言えなくなった。
これから被害者から損害賠償の裁判を起こされる予定らしい。
私は、体操服代とか隠しカメラ代とか怪我させられた迷惑料などとして10万円貰って示談書にサインした。
月苑さんの話だと、示談に応じても3人の処分に影響はないってことだったので。
結局、琴奈先生は学校からいなくなった。近いうちに代わりの先生が来るそうだ。
担任をクビにした怖い女ってことで、周囲は私を遠巻きに見るようになった。
正確にはクビじゃないんだけど、いなくなったのは事実だからね。
でも、悪いのはあっちだ。
私は、あくまでも助けを求めた被害者。
私のお陰で救われた人だっている。
そんな私に下手なことをすればやり玉に挙げられるのは目に見えてるから、先生達が割と神経質に私の状況を把握してる。
なにせ、校長先生も部下の監督不行き届きってことで教育委員会から怒られたらしいし。
それを根に持って私に嫌がらせしたとか訴えられたら、今度は校長自身の身が危ないものね。そう言われないよう、守ってくれるよね。
私は何も悪いことはしてないし、胸を張って高校生活を送るんだ。
本来、学校内部には、刑事であっても簡単には入れません。
が、今回のケースでは犯人逮捕のためという公務の執行中なので、勝手に校内に入り込んだことも問題にされません。
強盗と傷害
暴行や脅迫によって相手の抵抗を抑えて金品を奪う行為。
強盗致傷とされる場合と、強盗+傷害とされる場合に分かれ、強盗致傷だと無期懲役、強盗+傷害だと懲役30年が最長となる。
この違いは、傷害と強盗の関連性が認められるかどうかで決まるらしい。
なお、本作の場合、未成年なので、そこまで厳密に判断されるかは不明。
未成年
ここでは、刑事未成年を指す。
民法上は18歳で成人するが、刑事法上は20歳で成人となるため、ややこしいことになっている。
18歳未満が未成年なのはどちらも同じだが、民法上成人でありながら刑事未成年となる18歳と19歳は「特定少年」と呼ばれ、成人に準じた対応がされる。
未成年の犯罪
犯罪を犯した成人が刑罰を受けるのに対し、未成年は矯正教育を受けることになる。
少年院は未成年が入る刑務所だというイメージの人が多いと思うが、制度上は全く違う。幼稚園と保育園が違うようなもの、と考えるとわかりやすい。
未成年が犯罪を犯すと、逮捕されるされないにかかわらず親権者(親)と一緒に家庭裁判所で聴取を受け、審判(判決のようなもの)を受ける。
その結果、刑罰を受けるべきとされれば検察庁に送検(逆送)され、通常の刑事裁判を受けることになる。
本作の場合、刑事の月苑さんは「特定少年じゃないし、刑事裁判を受けるか少年院送りになるかのどちらかだが、多分少年院だろう」と言っている。
特定少年は、逆送されやすいような規定になっているので、矢来たちが18歳だったらおそらく刑務所行きだっただろうというのが言外にある。
少年院は、わかりやすく言うと“すごく規律の厳しい全寮制の学校”みたいなものである。
刑事裁判以外の場合は、起訴されるわけではないので、時効が完成しようと、親告罪で告訴がなかろうと、示談ができていようと関係ない。
処罰ではなく、あくまで教育するのである。
親告罪
器物損壊のような“被害者の告訴がないと起訴できない”罪のこと。
前述のとおり、未成年は逆送の場合以外は起訴されないので、告訴のない器物損壊でも家庭裁判所に送られる。
窃盗
いわゆる泥棒。他人の所有物を奪うという、人類最古の犯罪の1つ。
日本においては、“盗んだものを使う意思”が必要とされている。
「使う」は、売って金にするのも含まれるが、“困らせるために隠す”のは、“使う意思がない”から窃盗が成立しないという裁判例がある。
本作では、シャーペンは壊すために盗まれたので、窃盗ではなく器物損壊として扱われている。
児童ポルノ
医療などの正当な理由がなく18歳未満の者の裸の写真を撮ることは、“児童ポルノの製造”に当たる。
これも、撮影した本人の年齢は関係なく、未成年が未成年の裸を撮っても児童ポルノの製造になる。