オナニー小説
俺は小説家だ。
五年前、とある小説雑誌の新人賞を受賞しデビューを果たした。
会社員との兼業でこれまでに長編三作を出版させてもらったが、どの作品も売れなかった。
理由ははっきりしている。
つまらないからだ。
どういう点がつまらないのかというと、売れ線を狙いすぎて読者に媚びているような内容になってしまっているところだ。商業的成功を意識するあまり、既存作品の模倣的小説しか書けていないのだ。それは自分でもよくわかっていた。
おそらく次の作品が売れなかったら、もう二度と俺の小説は出版させてもらえないだろう。
そうならないためにも、これまでとは異なるアプローチで執筆する必要があった。
読者を満足させることを全く意識せず、自分の書きたいことだけを並べ立てた、自己満足の、所謂オナニー小説というやつだ。
原稿を完成させ、なんとか出版までこぎつけた。
売れ行きは期待していなかった。
が、気分はスッキリしていた。
出版されてしばらくたったある日、担当編集者から電話が入った。彼の声はうわずっていた。
「雨宮先生、大変なことになってます!あの作品が予想外に売れてるんです。すごい勢いで増刷されてます!」
それは意外だ。
あの自己満足小説が?
「増刷って言っても三刷りか四刷りくらいでしょ?」
俺は冷静に返した。
「いえ、そんなもんじゃありません」
「じゃあ何刷り?」
「千刷りです」