第四話 とある日に訪れるであろう翌日
両足の土踏まずまでしっかりと密着する程に、俺の靴下はこの雨で粗方浸食されていた。生ぬるさは感じられず、つま先からは生暖かさだけが伝わってくるが、全く気持ち悪さがなかった。
自転車を漕ぐこと20分、微妙に開かない踏切で立ち往生しつつも、学校へ向かう。全身を覆った合羽が、新陳代謝で高まった身体から出る蒸気を遮っている。あと15分くらいで着くだろうか。
「雲見さん、不思議ちゃんだったなぁ」
あれから雲見さんは懲りずに質問を続けていたが、特に答えてあげられることもなく過ぎていった。生活部の前身について詳細は知らなかった。後で家近先生に聞いてみるか。
梅雨の時期や雨天の時は、いつもより10分早く行動することにしている。余裕を持って家を出た甲斐があったのか、昨日はぐっすり眠れたせいなのか、体温が上がる感覚がある一方で、呼吸は乱れず、一定だった。
校門を通り過ぎて、そそくさと自転車を停めて教室に入る。俺の指定先は教壇から最前線にあふ。先生達の玩具にされる毎日だ。
寝る速さが俺の専売特許のはずなのに、全く生かされない配置についてる。前回の席替時からもさほど変わらない位置でで、神様は俺を死線送りにするのが大好きな上官らしい。銀翼突撃章でも貰えるかな?
この座席からうたた寝しようものなら、容赦なく制裁が入るし、なにより目立つ。
ただ、黒板とのアストラレータ的なコミュニケーションを好む先生の時は絶好の機会で、後方座席の同級生から俯瞰する板書は、俺の頭が下がっていることだし、さぞかし見えやすいことこの上ない。
着席して、荷物を整理していると霞ヶ浦かなが通り過ぎる。
「みほちん、おはよー!」
「おう、おはよう」
生活部の霞ヶ浦かなは前方窓際の席だ。霞ヶ浦とは同じクラスだが、挨拶する程度で特段話をする間柄ではない。みほちんと、馴れ馴れしく呼んでくれてはいるが、俺にだけするものではなくて、何らかの呼び名をクラスメイトに付けている
最初はそれになにか特別なものを感じてしまったが、まるで天才芸人のように、第一印象でクラスメイトにぽんぽんとあだ名を即興で付けていたことを知った。九十九里進のくーちゃんもその一つ。はちみつ大好き、くーちゃんだって!
そんなことを言われるものだから、俺は高揚した。
好きかどうかも分からないのに、自分1人で勝手に彼女の好感度を乱高下させた挙句、終いには興味が失せてしまった。当然、俺の気持ちに霞ヶ浦かなも気付くことはなくて、何も起きていないのに、何も始まってもいないのに、何かが完結してしまったような儚く、虚しい、されど一瞬は光っていて、線香花火のようだった。
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つつがなく時間は過ぎて、今日の授業も終わりにさしかかり俺は部活の準備に入る。まだ、雨は降り続いていて、帰る頃には止むだろうか。
生活部はあくまでサブで、バレーボール部が俺の本職だ。こんな天気に雨にも濡れず、風にも当たらず、部活動ができるのは快適だ。
いつものように家近先生が帰りのホームルームを淡々とやり過ごし、これといった業務連絡なく、数分で終わった。
15:35過ぎ、俺は教室を出ようとした時、
「三保原、ちょっといいかい?」
俺は家近先生に優しく呼び止められた。