第二話 生活部
「それで、こちらでは一体、何をする部活動なのでしょうか?」
雲見さんは新舞さんの隣に座り、訝しそうな顔で、俺に問いかける。
そういえば、部活動を立ち上げてから、見学さえ訪れる人は誰一人といなかった。それもそのはず、生活部は今年の期の途中から創設された。
そもそもこの学校の生徒ですら、生活部の認知さえ、疑問に残るところであろう。
「見ての通りだけどね?」
新舞さんは、スマホを凄い勢いでスクロールをしていて、霞ヶ浦かなは顔面武装の最終フェーズまで突入し、宮代は多分、自習している。
雲見さんはそれでも納得いかない様子で、少し眉間に皺を寄せた。
「・・・・と言いますと?」
その言い方、どっかで聞いたことのある営業話法だと思ったら、俺の親父が良く使うフレーズだ。顧客のニーズを引き出す為のなんとかと言っていたっけ。
生活部の部員達は平常運転の如く、俺のフォローを一切することもなく、我関せずと各々の作業を進めていたが、ふぅ。と宮代はなにやら課題の区切りがついたのか、ノートをばたんと閉じて徐に立ち上がった。
「ごめんね、雲見さん。三保原君の言う通り、生活部は活動自体がそもそもないんだ。だから、部員の皆んなはそれぞれ自分のやりたいことをしているだけなんだ。期待外れだったかな。」
そう言って、宮代は予備校の問題集だろうか、内容が見えないように、ひらひらとノートを手で泳がせた。
絶対、こいつが生活部の部長になったほうがいい。生活部の支持率は上昇トレンド間違いなし!
雲見さんは首を横に振って、
「そんなことはありません。生活部の活動は、活動のない部活動ということでしょうか?」
何か凄い逆説的?!使う意味あってる?
「その通り!!察しがよくて助かった。安心して、誰かに何かを頼まれることも、奉仕することもないからさ。」
少し説明を端折り過ぎたか、宮代がいて助かった。こいつは優しそうに見えるが、本当に優しいのかどうか分からない。俺はまだ値踏みしている段階だ。
というより、部活動の紹介なんてしたことないからさ、だって紹介する対象がいないんだからさ。帰宅部の説明っている?
「それではどうして、皆さんはこちらに集まっているのでしょうか?」
少しの沈黙の後に。
「言われたから来てるだけ。」
指先ダンスを終えた、スマホ大好き新舞さんはそれだけ言って、立ち上がり、準備室の入り口に向かっていった。スマホに着信が入ったようで、画面を気にしている。ちょっと、前方不注意じゃない?
「痛っ。」
ごつん。出会い頭に、大きな体躯をした男子生徒の胸部と新舞さんの額が出会い頭に衝突した。もう本当危ないよ、歩きスマホとか、ながらスマホは。
「あっと!えっと、あっっ、ごめんなさいっっ」
慌てふためく子鹿のような俊敏な動きに、俺は少し笑ってしまった。新舞さんは反射的に声をあげたが、ずんぐりむっくりな体型が意外にも緩衝材として働き、被害はなさそうだ。
「真君、ごめんなさい。ちょっと教室でやることがあって遅れまひた。」
「別にやることないし、待たせてないよ。」
俺はそう言って、九十九里進に近寄った。
「何か凄い汗かいてるけど、大丈夫?」
九十九里の額から顎にかけて夥しい量の汗がこみ上げて、もみあげはその水分で浸潤していた。
「いや、えっと何でもないよ。友達にノートを貸したり、教室の掃除したり、ロッカー整理したり、あとはその」
弁明のつもりなのか、九十九里は自分のタスクを上司の俺に報告した。いや、そういうのいいからさ。知らないし。
「お疲れ、くーちゃん。」
俺は九十九里の肩を撫でてやって、労った。
「あっ、ありがとう!」
九十九里は心底、嬉しかったのか。汗でびっしょりな顔面ながら、笑顔で俺に答えてくれた。
「今日は1人居ないけど、これが生活部の部員だよ」
俺は改めて、雲見さんに生活部を紹介した。