第一話 とある日に訪れるであろう日常
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登場人物
三保原真 :物語の主人公。高校二年生。
生活部部長兼バレーボール部部員。
霞ヶ浦かな:高校二年生。三保原とクラスメイト。
同部員兼。帰宅部。
新舞まどか:高校二年生。同部員兼料理部。
宮代肇 :高校二年生。同部員兼フェンシング部部長。
芦屋潤 :高校二年生。同部員。帰宅部。元サッカー部。
九十九里進:高校二年生。同部員兼IT部。
雲見香 :高校二年生。同部員兼帰宅部。
家近くるみ:生活部顧問。教師。
遠山祐介 :バレー部顧問。教師
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重い瞼を開くと、既に俺の右手は引き戸に手を掛けていた。
「おいーすっ。」
少し頭痛がするものの、俺はいつものように部長らしく挨拶を済ませる。
「・・・・・・・・・。」
この有様である。
「いるんだったら、返事くらいしてもいいのでは?」
準備室に入ると、四方に組まれた長机の向かいに座っていた彼が顔を上げて反応してくれた。
「あぁ。ごめんね、三保原君。お疲れ様、ちょっと気怠そうだけど大丈夫?」
彼は宮代肇。筆を走らせながら、俺に声を掛けたくれた。忙しいところ、すいませんね。
すらりとした足を伸ばしながら、手前に腰掛けている女性は新舞まどか。こちらからは見えないが、マホをいじっているようで、他に興味を示さない。躑躅色の長い艶やかな髪に思わず見惚れてしまった。
「みほちんほーんと分かりやすいわ、本当。見るの拝むの覗くの、大得意やもんね。」
呆れたような物言いで、目線だけを動かしてきたのは霞ヶ浦かな。壁側に座る彼女は、頰杖をしながらも口元を隠さない。
「ちょっとうるさいかな、霞ヶ浦さん?恥ずかしいです。」
折りたたみ式の鏡と見つめ合い、左目のまつ毛を丹念に仕上げている。亜麻色をした髪はセミロングで、毛先は黄褐色に染め上げており、手入れの施し具合が、素人の俺でも分かる。
短く卓仕上げたスカートからは、足を組み替える毎についつい目で追ってしまうのが、男の条件反射。まあ、それとなく隠しているつもりだけど、バレているだろうな。バレているよね。だが、それがいい!!
ただ、唯一解せないが、かつての時代に流行っていたであろう渋谷のギャルを彷彿させるような濃いメイクだ。
街頭インタビューで派手さをアピールしているヤマンバギャルのような極端に尖った化粧ではないが、許容できる限界ギリギリを攻め立てている、いわゆる黒ギャル。
すっぴんを窺う機会は未だないのだが、そこまで重厚にファンデーションを塗布しなくても、十分可愛げのある容姿なのは間違いない。元来化粧とは誤魔化す為の道具であって、霞ヶ浦かなの場合は逆の意味で彼女の良さを奪っていると思うのは、私だけでしょうか。。。?
俺は絶対、白ギャル派!!
誠に申し訳ございません。口元が緩んでしまいました。そんなくだらぬことを考えていたら、頭痛を直ぐに治ったようで、普段のルーティーンが行われていないことに気づく。
「あれ、芦屋は?」
「うちは知らなーい」
「僕も見てないかな。休んでいるんじゃないかな。」
「学校休んだの?あいつも、いよいよ仮病とか使うんだな。」
昨日は来ていたのだろうか。
新舞は振り返ってもくれないが、首を横に振って、それ以外のことはしなかった。
芦屋潤。芦屋はこの準備室に誰よりも1番に駆けつけて、部員を大きな声で、それもとにかく笑顔で出迎えてくれるのが
常だった。それに、学校を休むことなど、これまで一度もなかったように思える。まあ、休みなら仕方ないか。
冷ややかな雰囲気の中、挨拶にもろくに答えてくれない。この掃き溜めを一掃してくれのが芦屋だ。ドアが開く度、ご主人様の帰りを待つ子犬のよう眼差しが愛おしい。
俺は窓際の奥に佇む椅子に腰を置いた。
「そういえば今日、新しい部員が入るんだって。家近先生が言ってた。」
「・・・・・」
各々作業中で忙しいのかもしれないけどさ、何か俺悪いことでも言いましたかね?ていうか、いつもなんだけどねこれ。ほんとこいつらなんなの?何か命令しないと動かない社畜なの?
やっぱ、芦屋が居ないとダメだわ。俺だって、やりたくてピン芸人やってるんじゃないのにさ。
そんな自分を哀れむように、窓の外から映る景色はいつも同じで、夏なのに身が凍えるような寒雨に見えた。
昨日の天気予報では、今週から日本列島は梅雨入りしたそうで、じめじめとした気温が続くのだろう。
校庭には複数の水溜まりが形成されて、打ちひしがかれる雨の声音と重なって、二度、乾いた音が準備室に響く。
「失礼します。生活部はここになるでしょうか?」
彼女は戦々恐々しながらも、準備室に足を一歩踏み入れて、挨拶した。
「本日付けで入部しました、雲見香です。宜しくお願いします。」
軽くお辞儀をして顔を上げた彼女の瞳は、それはとてもとても輝かしように見えた。