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第六話 フローライト・エゼルは街に出る。

 フローライトは茶話会三日前に王都入りを果たした。

 道中事故がある可能性を考えるとかなりぎりぎりの移動だが、これも準備に時間がかかった結果である。道中でも必要な知識を身につけようとフローライトは馬車に大量の本を持ち込んでいた。

 侍女からは『いくら上等な馬車とはいえ、お嬢様は酔わないのかしら』と心配されていたが、幸いにも三半規管が強かった上、集中しているので揺れすらも気にならないという状況だった。


「お嬢様、明日は旦那様と奥様からご指示いただいております挨拶回りがございますので、今日はもうお休みください」

「いいえ、少し街を見に行くわ。一緒に来てくれるかしら?」

「で、ですが……」

『本当ですか!? 本当は見に行きたかったんです!』

「そうね、お買い物をしても楽しいかもしれないし」


 職務としては休息を勧めるべきだとわかっていても、メイドは欲望に勝てなかったらしい。


「か、かしこまりました。護衛を依頼してきます」


 そこまで危険なことはないとフローライトは思うものの、【お嬢様】である限り付き人なしでの散策は難しいだろう。


(お姉様たちのように自分より強い自覚がある護衛がいるのであればと強気に出れたら、少しは違うんでしょうけれど)


 しかし付き人がいてもフローライトの行き先が止められることはないので、今に限っては大した問題にはならない。


(だって、行きたい場所は一般的にはただの道だもの)


 人通りの多い、活気ある通称『一番街』。

 そこはかつてフローライトがエイダンと出会った場所でもある。


 ここで気持ちを落ち着けて茶話会に参加したいというのがフローライトの願いだ。

 そしてその場に到着したとき、フローライトは心の中で呟いた。


(あの時は人込みで頭が割れそうなほどだったけれど、今はコントロールできるようになりました)


 ここにはいない、しかしかつていた少年の姿を思い浮かべながらフローライトは目を細め……そして、咽せた。


 確かにかつての少年はいなかった。

 だが……。


(あれは……間違い無いわ、エイダン殿下だわ!)


 背は伸び、顔つきも大人びて、あの頃の雰囲気とはまったく違う。

 だが、フローライトは自分の直感を信じた。

 なぜなら自分の心臓が音を立てるかのように激しく鼓動を打ち、もはや街のざわめきなど耳に入らないほど高揚している。なんなら、エイダンの背景に花が舞う幻影まで見えてきそうだ。


(凛々しくなっていらっしゃる! 本当にクールというお姿だわ‼)


 叫ばずに済んだことが奇跡だと思えるほど、フローライトは感動していた。

 あの頃と同じくお忍びの最中なのだろうか?


(ああ、庶民の服も着こなしていらっしゃるあたり、今でも城下においでなさっているのね……!)


 現状把握のためか、それとも多くの仕事の合間の休息のためか。いずれにしても『尊い殿下……』と思わず溜息を零しそうになってしまう。

 想像していたエイダンも立派だったはずだが、現実はその何倍も素敵な男性へと成長していた。


 しかし一体どこを見ているのかと、フローライトは気付かれないようエイダンの様子を観察をし続ける。


 彼はさりげない様子ではあるが、確実に何かを気にしているように見えた。


(もしかして、あちらの子供たちをご覧になっているのかしら?)


 数人でお喋りを楽しんでいる子供たちは、エイダンの視線などこれっぽっちも気付いていない。


「建国祭楽しみだね」

「お小遣い貯めたぞ」

「今年も大道芸は派手かなぁ」

「それよりダンサーが気になる!」


 そんな可愛らしい会話を聞いていてもエイダンの表情は動かない。だが、少しだけ肩の力が抜けたように見えた。その姿でフローライトはときめいた。


(子供達の様子で殿下は鋭気を養っていらっしゃるのね……!)


 ものすごく理解できると、フローライトは心の中で何度も頷いた。

 可愛い子供たちは癒される。

 そして、癒されているエイダンも可愛いと思うとニヤニヤしそうな気持ちを抑えるのが大変だった。


「お嬢様? どうかなさいましたか?」

「あら。ごめんなさい。少し周囲を観察していたの」


 フローライトがメイドに告げると、同時にエイダンもその場を後にしはじめた。

 次の場所に向かうのか、はたまた城に戻るのかはわからない。


(でも……明日も殿下を拝見することができるのだもの)


 実に幸運だと思いながら、フローライトは決意した。


 素敵な男性であるエイダンに過去迷子でしたと気付かれたくはない。

 どうせならこうして磨きをかけた自分を見てほしい。

 もとより幼少期のことを告げるつもりはなかった。エイダンがお忍びをしていた事実を自らの口から発するのは良くない。

 だから気付かれないようにしようと心に誓った。

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