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第四話 フローライト・エゼルは懇願する。

 そして、六年が経過した。


 その間にフローライトは実験段階ではあるものの高級魚の完全養殖の実現もした。その結果、缶詰や高級魚の販路についての交渉を行うこともあった。

 ここでは相手の考えが読めるフローライトはかなり有利だ。

 ポーカーフェイスで交渉されようとも、心の声がダダ漏れであったなら気持ちの良い取引ができる相手を探せばいいだけだ。


 フローライトの力は商談相手からすると最悪のものと言っても過言ではない。もちろん能力のことなど知らないのだから、とにかく相手を見透かす観察力の高い優秀な令嬢にしか見えない。

 もっとも、フローライト自身の行動原理にはほぼほぼエイダンが理由になっているだけで、そこまで深く考えてなどいないのだが。


 しかしそんな状況下であれば次第にエゼル家を訪ねる客からの評価は『病弱な末娘』から『才色兼備の末娘』と変化していた。これ自体ははおだてられているとフローライトは思う一方、城で働く役人になるためにも良い噂は歓迎している。ただし、聖女扱いされることには気恥ずかし過ぎるのだが。


 最近では心の声を聞くのも自分である程度制御できるようになっているし、成長するにつれ対人関係というものも理解できてきた。

 だからいちいち気にしていても仕方がないのだ。


 それと同時にフローライト自身も少々図太くなったこともあり、『過去のあれは我が家への妬みがあって反撃できない相手を攻撃していただけ』と片付けるようになった。だから逆に今さら媚びられても軽くあしらうだけということもできるようになった。


(こう考えられるようになったのも、すべてあの日エイダン殿下にお会いできたからだわ)


 引きこもり続けていれば環境が変化することなく、考えも昔のままであっただろうし、力を制御できるようになっていたかもわからない。

 エイダンはフローライトにとって、さまざまな意味での恩人だ。


(こうして崇拝させていただける、同じ時代を生きていることに心より感謝しなければならないわ)


 だからこそ今も将来はエイダンの力になれるような仕事をし、戴冠の際には臣下として盛大に献上品を届けたいと夢見ている。


(いよいよ次の試験は受験できる年齢になったわ。合格できたら仕事と殿下の素晴らしさを伝える活動を両立させなくちゃ)


 ただ、残念ながらエイダンの素晴らしさを伝えたいという強い願いは、フローライトの想いほど実現していないのだが。

 フローライト自身は必死で伝えようとしているのだが、『さすがエゼル家の聖女様!』と、フローライトの願いとまったく別の方向で感心されることがほとんどだ。


(すべてもとを正せばエイダン殿下のおかげなのに、どうしたらうまく伝えられるのかしら)


 エイダンの施策の件はともかく、人柄については現在でも恐れている人が多いとフローライトは感じている。


(優しい方なのに)


 うわべの表情でなぜそこまで怖がられるのだろうか。

 言葉が端的であることに緊張している者もいるようだが、それは個性だ。

 国民はエイダンの言葉自体を聞くことはないが、貴族から使用人、使用人から街の庶民へとエイダンの印象は伝わっている。


(どうか、エイダン殿下のことが正しく伝わりますように。伝えられますように)


 そんなことを考えていると、執事に父親からの呼び出しがあると聞かされた。

 きっと今手掛けている事業のことだとフローライトは思いながら執務室へ向かったのだが……。


「招待状が届いている。王都で毎年春に行われる花来祭で茶話会に来ないかという内容だ」


 その言葉を聞いてフローライトは不思議に思った。

 花来祭の存在自体は知っている。ただし、主催は王家のはずである。

 初代国王がこの地を始めて訪れた際、花々が訪問者を歓迎するかのように一気に舞い上がったという逸話が祭りの始まりだと読んだことがあった。ゆえに主催は王家である。


 そうなれば、つまり、王家からの招待状だ。


「どうして私に招待状が届いたのでしょうか?」


 両親や兄姉ならともかく、成人したばかりでお披露目すら済んでいないフローライトの元に招待状が届く理由がわからない。

 思わず首を傾げてみれば、父親は重々しく口を開いた。


「エイダン殿下のお妃選びの会場だ」

「エイダン殿下がいらっしゃるのですか!? ぜひ参加させていただき……って、あの、お妃選び、とは……?」


 フローライトの前のめりな言葉に父親は目を思いきり丸くしたものの、フローライトが何かを誤解していたのだと理解したようだった。


「……い、いや、参加は求められている以上断ることはないのだが……何か、尋ねたいことはないか?」

「ええっと……そうですね、殿下にはまだご婚約相手がいらっしゃらなかったのですか?」


 もちろん不在であるからこそのお妃選びなのだろうが、一国の王子が成人から三年が経過しても相手がいないことが意外だった。正式な公表がなかったことは知っているが、内々に決まっていてもおかしくないと思っていたのだ。


「そういえば……お前は昔からエイダン殿下の事業に関連した仕事をしていたな」

「はい。素晴らしい方ですので、機会をいただけるのであればぜひお話をさせていただきたいと思っております。ですが、ご婚約についてはてっきり内定者がいらっしゃると思っていたのですが……」

「そうか。……そうだな、殿下はなかなか笑顔を見せることがなく、短い言葉が多く、令嬢が萎縮することが多い。もちろんそれだけが理由ではないが、いかんせん話は纏まりきっていないようだ」

「つまりエイダン殿下はクールということですね。とても冷静なお方ですから、少々のことでは動じられない、と」

「ク……? それは、若者の流行の表現か……?」

(あの頃もとても凛々しいお顔で優しいお心の持ち主でいらしたもの。成長なさった今なら、より素敵になられていることでしょう。でも……それが原因で誤解が続いているのは本当にお気の毒だわ)


 これはやはりもっとエイダンの印象をよくするための活動を推進していかなければいけないとフローライトが決意する傍らで、父親は仕切りなおすように咳払いをした。


「お前が行きたいというのなら何の問題もないが……先ほども伝えた通り、殿下はなかなか令嬢と話が合いにくい。別に我が家は妃になってほしいという考えもないのだが……」

「かしこまりました。では入念に準備を行い、参加致します」


 妃になれるとは思っていない。

 しかしせっかくエイダンと再会できる機会なのだ。


(お城勤めができるようになったとしても、殿下にお会いできるようになるのはいつになるかわからない。なら、この機会は絶対に逃せない)


 そんな気合十分な娘を見た父親はフローライトは妃を目指すつもりなのかと誤解したのだが、熱い決意で心の声を読む余裕がなかったフローライトは気付かなかった。

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