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第二話 フローライト・エゼルは情報を収集する。

 まず、社会に出るにあたり堂々とした振る舞いができなければ話にならない。

 いわゆる完璧な淑女を目指すべきだとは思うが、完璧とは何を指すのか、加えて実際に完璧に振る舞うことが難しくとも、そう見せかけられるようにする方法がないかフローライトは考えた。


(我が家では令嬢の嗜みとしてしなやかな筋肉を作るトレーニングが最も推奨されているけれど、私がしているのは歴史の勉強や刺繍や音楽といったものばかり)


 今受けている教養が不要な教養だとは思わないし、むしろ大事なことだとも思う。だが病弱と思われているが故にトレーニングをすべて免除されているのは問題だ。

 他の兄姉と異なり武術向きではない体格でも、基礎すら教わっていないとなれば話は違う。


(お姉様たちのように実践や剣舞は難しくとも、体の使い方には筋肉が必要)


 望ましい筋肉がつけば佇まいが綺麗になる。ダンスの際にも相手に恥ずかしくない姿勢を保つことができるだろう。


(幸い剣舞を披露する場面は自ら申し出ない限りほとんど考えられない)


 ならば、基礎トレーニングを積み重ねればなんとかなるかもしれない。


(あの日のエイダン様の姿勢はとても美しかったわ。同じ気品というものは難しいかもしれない。けれど、もし次にお会いすることができるなら、恥ずかしくない姿勢でお会いしたい)


 そう考えついたフローライトは早速父親に少しずつでも構わないので基礎訓練を受けたい旨を申し出た。


『フローライトが自ら訓練したいだと⁉︎ 聞き間違い……では、ないな? 外に出るどころか人との接触を避けてきたというのにか⁉︎』


 そう心の叫びを上げた父はすぐに手配しようとフローライトに告げた。表情は平然としていたが、仮に心の声が聞こえずとも動揺が伝わる声の震え方をしていた。

 気まぐれだろうか、気まぐれであったとしても続けられる程度に加減しよう……そんな思いも聞こえてくる。


(できるギリギリのラインでお願いしますと伝えたいところではあるけれど……急に言い出した私がそう言っても、説得力はないわ)


 まずは与えられた課題に取り組み、継続の意思を行動を以て伝えなければいけないだろう。


「急な話だが、手配しよう」

「ありがとうございます」

「他に望むことはあるか?」


 思いがけない言葉にフローライトは目を見開いた。

 動揺している父親からあらかじめそのような気持ちは聞こえてきていなかった。


(ということは、お父様もお話しされながら思いつかれた……?)


 だが、じっと自分を見ている父親も何を言っているのか自分で把握していないかのようだった。


「他にも、お願いしてもよろしいのでしょうか?」

「あ、ああ。何か気になることがあったからこその願いなのだろう。訓練だけで事足りるのかと思ってだな」

『訓練を希望することは良い。だが、どうしてだと尋ね、理由がなかったときに辞退されても困る』

(なるほど、理由をお知りになりたいということなのね)


 けれど王子の役に立てるようになりたいと思いましたなど、どの口が言えようか。

 自身だけの問題であれば問題なくとも、当の王子がお忍びをしていた中で助けてくれたのだ。まさか白状するわけにもいかないし、なぜ引きこもりがお忍び王子の正体を見破ったのか疑問に思われれば、変な憶測を呼びかねない。それらはエイダンの迷惑にしかなり得ない。


「では、私に現代の社会状況をお教えいただける先生をお願いできませんでしょうか?」

「具体的には何を知りたい?」

「歴史は学んでおりますが、私は現状に疎い自覚がございます。今後人前に出た際、皆様が知っておられることを知らず会話について行けないことを防ぎたいのです」


 ……と、いうのは本音のうちの二割ほどだ。

 残り八割は『その時間を生かしてエイダンのことを知りたい』というものだ。

 もちろん個人情報が手に入るとは思っていないが、王子という立場上人前に出るのは必至である。

 どんなことをしている人なのか知りたい、そして国の一貴族として支えられることをしたい。そんな思いが七割ほどで、残りの一割は純粋な興味本位だ。


『フローライトが積極的に人前に出るための練習として、希望しているのか? 喜ばしいが、なぜ急に……いや、今は望むものを揃える方が先だ』


 そう切り替えた父親は、早急にフローライトに新たな家庭教師を手配した。

 手配された家庭教師はフローライトが萎縮しないよう配慮されたのか、明るく快活かつお喋り好きな女性だった。

 知識が豊富だが脱線も多いため、フローライトの望む情報はどんどん収集できた。


「王家の皆様はさまざまな施策を実施されています。フローライト様のご年齢に近いエイダン王子は、現在農業振興について考えられていますよ」

「まぁ! それはとても素敵でございますね」


 食はすべての源。

 その改善に乗り出しているというのはとても輝いている。だが、同時に家庭教師は苦笑した。


「けれど、なかなか進捗が思わしくないのが現状のようでございますね」

「それはどういう意味でございますか?」

「たとえば現在殿下が行っている事業のひとつには害虫を防ぐ農薬の配布するというものがございます。ですが、対象である農業従事者が興味を示さないのです」

『というか、無理なのよね。目の付け所はいいわ。でも、興味を持たれない。殿下のお考えと現場の温度差は激しいわ』


 聞こえてきた心の声と併せて、フローライトは驚いた。


「もう少し、詳しくお聞かせいただけませんか?」

「ご興味がおありなのですか?」

「はい。害虫を防ぎ、生産性も上がるのであれば、皆様ご興味を示されるのではと思うのですが……」


 それが無理だと断言される理由が知りたい。

 目の付け所が良いのであれば、皆が興味を持つ者ではないかと不思議なのだ。

 だが、家庭教師の答えはあっさりしていた。


「単純にこの国の農業従事者は保守的な傾向があるからですね。殿下の事業は無料区分と有料区分があります。研究段階の最終試験を受ける場合は無料、結果が出たものを低料金で配布していらっしゃいます。ですが、有料にしろ無料にしろ、今の生産量が本当に保証されると示す術がありません。ですから、敬遠されているのです」

「そんな……」


 勿体無い。

 その単語は言葉にならなかった。


『あとは殿下の示した申込方法にも問題があるのよねぇ。仮に無料区分で試してみようっていう人がいても、書類が多すぎるし』


 フローライトを見ながら心の中でそう続けた家庭教師の声に、フローライトは目を輝かせた。


(この言い方だと……まだ申請はしていないけれど試してみたいと思っている方もいらっしゃる可能性があるということよね?)


 せっかくの事業だ。

 エイダンが行っていることを無駄にはしたくないし、せっかく生産効率が上がる可能性があるのに知らぬふりをするのは領民に対して申しわけがない。


「先生、もし可能であれば、その事業の申請書を拝見してみたいのですが……」

「申請書を? お嬢様は農業はなさりませんよね?」

「はい。ですが、このような素敵な事業がどのようなものなのか、詳しく知りたいのです」

「かしこまりました。では、手配いたしますね」

『よかった、私もあんまり詳しくないから申請書を取り寄せるだけならすぐ終わるし。それに、このまま話していたらエイダン殿下が年齢の割に強面すぎて、農業より剣や斧を振り回してそうって思われてるなんて口にしちゃいそうだし』

「えっ」

「え?」

「いえ、申し訳ございません。空耳のようです」


 そんなことを言いながら、フローライトは激しく動揺していた。


(確かにクールな印象の方だったけれど……あんな優しい心根の方なら、本気で取り組んでいらっしゃるはず。誤解を解かないと……!)


 授業後、フローライトは家族に授業の話をし、試しにエイダンの印象を尋ね本心を読んでみた。


 兄曰く『年下なのに無言の圧力がヤバイ』。

 長姉曰く、『近寄るなオーラがひどい』。

 次姉曰く、『噂しか知らないけれど、とりあえず怖い』。

 父親曰く、『まあ、だいぶ損をしている方だな』。


 その話を聞き、フローライトは強く決意した。

 資料が届いたら自分ができることを何かしよう、印象改善もお手伝いしよう、と。

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