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第二十六話 フローライト・エゼルは策を見破る。

 やがて詳細な計画が出来上がり、ギリギリながらも準備も一通り整えた結果、フローライトは今日の晴天に似合う気持ちで狩猟大会に臨むことができた。


 既に狩猟への参加者は男女とも着替えを終えており、開始を待つばかりである。

 一方、参加者以外の見学者、応援・付き添いの者たちは王家が用意したいくつかの天幕で歓談を楽しむか、あらかじめ申請し自分達で用意した天幕で休んだり、そこに人を招いたりして結果を待つ。


 現在フローライトがいるのは、そこから少し離れた調理会場だ。

 天幕の近くで慌ただしくすれば参加者たちの気が散るだろうということで、例年徒歩では少し距離を感じるほどの場所にそれは用意されている。


「さて、さっそくですが私たちは用意を済ませないといけません。忙しくなりますが、よろしくお願いいたしますね」


 そうフローライトが語りかけた相手は、以前書庫でフローライトと言葉を交わした料理人であった。

 しかし、その時と様子はまったく異なっていた。


「かしこまりました」


 恭しく一礼した料理人は、自身の部下にすぐに指示を出し始めた。


『まさか、これほど多種類の料理の準備を、この少数でできるなんて……』


 料理人は、ただただ驚いていた。

 当初、料理人は自分達が何を言ってもエイダンがフローライトの指示に従うよう告げるのだろうと思っていた。ただ、不満を感じていることが伝われば多少気分がマシだと思っていた。


 だが、そうはならなかった。


 フローライトが自身で調理しレシピを作り、無理のない計画を立て、エイダンの決裁を受けたのち当日の工程を調理場に持ってくるなど、誰が想像していただろうか。

 それも初めはどうせエゼル家の力を使ったのだろうと受け取った時は思っていたが、フローライト自身が調理場に籠り、頻繁にエイダンが確認に向かっている様子を何人もの使用人たちが見ていたので彼女の力だということは疑いようもなかった。


『しかもカナッペにするためだけに、海の幸でも新鮮で高価なものを集め、加工して持ち込むなんて……。缶詰事業のエゼル家ならではの発案かもしれないけれど、エイダン殿下の仕事として令嬢の名前がどこも出てきていないから手柄を取るつもりがないんだわ』


 おまけに料理人たちが驚くほどおいしく仕上がった、冷めても美味しいポテトミートパイのレシピは持ち帰れるよう用意してある。

 もし王子をたぶらかして豪遊しようとするような悪女であるなら、いささか努力が過ぎていると感じざるを得ない。カナッペ用の缶詰以外にも燻製にしたものや、肉類の煮込み料理の缶詰まで用意されている。

 多様な料理を『野営でも可能』との条件を破らずに実現したフローライトには驚きしかない。



 そして……おそらく悪意のない人間だと理解せざるを得なかったのだ。


『その上で私を咎めることもなく、責任者として連れてきてくださるなんて……本当に心の広い方だわ』


 そんな気持ちが筒抜けなことを知らない料理人はそのように思い続けているのだが、少なくとも責任者に選んだのは自分ではないとフローライトは申し訳なく思っていた。

 もちろん選びたくなかったわけではないのだが、ここは慣例に従い若手が催事に慣れるための場としようとエイダンから提案があったので、名簿と経歴から適切だろう人物を選んだのだ。そもそもあの場で名乗られもしていないので、フローライトは相手の名前を知らなかったし、そんなことを思われていると思っていたわけではない。


(ただ、悪い印象を抱かれたわけではないし、無理に訂正することもないわよ……ね? 心を読む以外で彼女の想いを知り訂正するのは難しいわ)


 それに好意的に見られている方が今日の成功の確率を上げる。

 そう思っていると、別の料理人がフローライトに近づいた


「フローライト様、甘味の缶詰の配布は無事開始されました。大変好評でした」

「よかったわ。引き続きお願いしますね」

「かしこまりました」


 料理人が告げた甘味の缶詰とは、チーズケーキの缶詰だった。

 この場にスイーツは運び辛いものではあるが、缶詰にすれば積み重ねて運ぶこともできる。缶を開けてすぐ食べても美味しいように作ってはいるが、今回はまず現場で皿に取り出してからクリームと粉砂糖、それから果物で盛り付けて配布することにした。高級缶詰もそうだが、味に自信があっても、見た目は大事だ。それにこの程度なら野営でも可能なはずだ。まず美味しいということを理解してもらい今後の携帯食の一つとして選択肢にしてもらうことができればと考えている。


(お茶受けの一つにできる程度のものだけれど……さて、購入者はいらっしゃるかしら)


 うまくいけば王都の土産物としても発展させられるのではと思いながらも、フローライトは準備を続けた。

 だが、料理人たちが優秀なため予定通りにことが進み、フローライトはそうそうに手が空いてしまった。


(ミートパイも用意は万全。お酒もお茶も果実水も、そして果物もしっかりと用意できているわ)


 順調すぎて逆に不安にもなっていると、不意に一人の女性の使用人がフローライトに近づいていることに気が付いた。


(足音のない使用人……?)


 基本的に上級使用人は静かに廊下を移動するスキルを身につけているため、通常より足音は少ない。しかし草を踏む音さえしないとなれば、少し異様だ。


「フローライト様、王妃陛下より緊急のお呼び出しでございます」

「王妃陛下が?」

「はい、天幕へお越しくださいませ」


 フローライトは少し驚くふりをした。

 だが、実際には心底驚いていた。


『この娘を誘拐か。こんな開けた会場で白昼堂々やれとは面倒だが……まあ、ついてくるだろう』

(誘拐ってなに!?)


 自分が誘拐される理由などない……とまでは言い切れないが、今でなければいけない理由など思いつかない。

 適切な表情を保ちつつ相手の心を聞くために必死で落ち着きを保とうとすれば、途切れ途切れであるものの言葉が届いてくる。


『保険……が、早く……、……を人質…して……殿下を仕留め……、』

(人質!? というか殿下って……エイダン様のこと!?)


 エイダンを害すための人質として攫われそうな状況だということであるなら、絶対に捕まるわけにはいかない。


(それに、もしエイダン様がご自身を狙う不届き者の存在を認識なさっていないとしたら……)


 そう思うと、この場で長く足止めするだけでは意味がない。保険との言葉から、たとえフローライトが捕まらなくとも作戦は実行されることが予想できる。


「かしこまりました。すぐに用意しますね」


 フローライトはそう口にし、料理人を呼び後は任せると告げた。

 不審者は表面上はごく自然な様子であることから、料理人も疑うことはしなかった。

 なのでフローライトは手にしていた進行予定表に万年筆を走らせた。


「ひとつ変更になった場所がありますので、ご確認ください。忙しくなりますよ」


 そしてインクが乾き切るかどうかわからない状況で万年筆を挟んだまま冊子を閉じた。

 書いた文字は『反乱者の可能性、標的はエイダン殿下』と書いてある。

 ただ、相手がいる状況で読ませれば明らかに顔に出るだろう。それなら、フローライトと共に相手が去ったあとがいい。すくなくとも目の前にフローライトがいる状況で冊子を開くことはない。


「では、参りましょう」

『ほら、簡単』


 不審者は浮かれていた。

 だからこそ、周囲からの視界が遮られたところでフローライトに攻撃を加えようとしたものの、一瞬の機会を狙うような俊敏さがなかったため逆にフローライトが不意を突いた。


 武術向きではない体格とはいえ、護身術は身につけている。そしてエゼル家の護身術は、通常護身術とされるものより少々攻撃的である。


 結果、フローライトが【護身術程度】と考えていても、しっかりとした攻撃になる。それが不意打ちなのだから、制圧できないわけがない。


「な……!?」

『馬鹿な、あとは睡眠剤を使い気絶させて馬で運べば済んだはずが!』

「よかった、成功して。それに馬がいるのですね。好都合だわ」

「どういう……!」


 制圧できたことで緊張が解け、フローライトは相手の気持ちをしっかりと聞くことができた。

 不意打ちに加え状況が把握されていることに気付いた相手は苦しそうな表情で声を絞り出すが、フローライトには相手の言葉を引き出す必要がない。


「エイダン様を害するためと考えた方法は?」

『喋るわけないわ! 狩猟中の事故に見せかけるため、一部貴族の手引きによる作戦だなんて』

「そう。ならば、その貴族のことは後で聞きましょう」

『どういうこと!?』


 何も口にしていないはずだと焦る相手にフローライトは手を緩めずに微笑みかける。

 程なくして料理人が一人の警備兵を連れて叫びながらやってきた。警備兵が共犯でないことを心の声を読み確認したフローライトは、偽使用人が用意していた馬に乗った。

 今すぐ使う当てはないが、使うこともあるかもしれない。


「私はエイダン殿下のもとへ参りますので、この場は任せます」

「危険です!」

「ええ。ですから行くのです」


 保険扱いされていたことを思えば自分の誘拐が成功せずとも、多少開始が遅れたとしてもエイダンへの攻撃は始まるだろう。


 ならば、それまでにエイダンには安全な場所に戻ってもらうよう進言しなければいけない。


(どうかご無事で、エイダン様)


 そしてフローライトはかつてないほどの集中力をもって、エイダンの声を探した。


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