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第二十五話 フローライト・エゼルは仕事中。

 その後実施された芋の調理は、フローライトにとって至福の時間であった。

 料理経験はないというエイダンだったが、皮むきの手際はとてもよかった。


「包丁やナイフを使うのかと思っていたが、随分かわった道具を使うんだな」


 エイダンがそう言った道具は、フローライトが用意したオリジナルの皮剥き器だ。

 片手に収まるサイズのそれは刃を芋に押し当て引くことにより、薄い皮が自然に剥けるというものである。


「料理人であれば包丁の方が早いかと思いますが、私たちはあまり慣れておりませんので安全のためにもこちらがいいかと思い、発明品を持参させていただきました」

「そうか……発明?」

「はい。意外と領地では好評を得ております。芋以外の野菜にも使えます」


 エイダンはもう一度「発明……」と小さく呟き、何かを考える様子を見せた。

 一方、それを見ていたハロルドは呆れた声を出した。


「なぜ貴族の令嬢が野菜の下処理道具を発明したんだ」

「備えがあれば憂いはございませんので」


 実際エイダンの役に立っている。

 まさか王族が芋の皮剥きをすると思っていなかったが、こういうこともあるので世の中油断ならないと思う。

 そもそも芋食があまりメジャーでなかったこの国に芋をひろめたのは、元を辿れば当時十一歳だったフローライトが甘薯を輸入し領内で爆発的人気を博したからということもある。甘薯が人気になると他の芋への抵抗も無くなり、馬鈴薯の料理も登場し始めたというわけだ。


 そのような会話を挟みつつ、フローライトは予め屋敷で用意してきた、味付けを変えたパイの中に包むラビックスを取り出した。肉の味付け同様パイ生地も何種類か用意しているので、茹で上げたのちマッシュした芋とそれらを使い、ポテトミートパイを次々と作り上げていく。

 その後オーブンにいれると、やがて良いにおいが漂ってくる。

 完成後は一つまるまる食べると腹が膨れてしまうことから、様子をのぞき込んでいたハロルドも自然な流れで加わり、それぞれを三等分した上で味見をしていった。


 ただ、途中でエイダンもハロルドも本来毒見されたものを食べる立場だったことに気づきフローライトは少し慌てたが、二人とも毒見は不要だと堂々と言った。


「それを尋ねる時点で、暗殺者の素質はない」

「殺す気があるなら昨日のほうがやりやすかっただろ」


 それぞれの主張はまったくもってその通りで、フローライトもそれ以上の念押しをあえてする必要はないと思った。というより、心底呆れられている雰囲気すらあるのでしつこいと怒られかねないと判断できた。


 しかしその後、ハロルドが『なんで俺が試食しているんだ?』という、それなりに自然な疑問を感じていたことには少しむせそうになったが、なんとか誤魔化した。確かに成り行きとはいえ、招待客が接待の準備を手伝うというのは聞いたことがない。


『まぁ、芋運びの王子と変な令嬢相手に今更か』

(私だけ変扱いされてるし、エイダン殿下のよさがまだ伝わってないし……! って、早まってはだめよ。まだお会いしてからたった二日なのだから)


 落ち着け落ち着けとフローライトは自分に言い聞かせた。

 しかし、やはりエイダンが関係することにはつい熱くなってしまうと反省した。そして同時に、これはもう癖も同然なので直すのは困難だろうなとも思った。


 そしてその日はパイ生地の方向性といくつかのフィリングを改良して次に繋げることで話は終わった。


「次はいつするんだ?」

「私は毎日する予定ですが、エイダン様はいついらっしゃいますか?」

「三日後には」

「じゃあ、俺は明日も来る」

『思ったよりずっと美味いから明日も食ってみよう』


 素直な感想にフローライトは嬉しくなる。

 きっと生意気な弟というのはハロルドみたいなタイプなのだろうなと思っていると、エイダンがぼそりとつぶやいた。


「やはり私も明後日には来るようにしよう。明日はどうしても無理だが、明後日ならなんとかなる」

「ご無理なさらなくても……エイダン様はほかにもお仕事が」

「大丈夫だ、なんとかする」

『なんとかできないわけがない、できるだろう私! フローライトが来るというのに他の仕事をしている場合か!』

(エイダン様、そこまで気遣ってくださっているの!?)


 しかし嬉しいことではあるが、エイダンの体調も心配だ。


「エイダン様、本当にご無理はなさらないでくださいね」

「ああ。いざとなれば徹夜するから平気だ」

「それは平気ではございません」


 一体なぜ突然とフローライトは思うが、エイダンからは自身を鼓舞する熱い気持ちが聞こえてくるばかりで本当の理由はわからない。

 気遣われているのは確実だが、そこまで熱意を持たれるのも少し不思議な気もする。

 そうフローライトが不思議に思っている隣でエイダンがハロルドに話しかけた。


「ハロルド殿下はまだお時間に余裕はおありですか?」

「ああ、予定は特にない」

「でしたら、私の執務室に来られませんか。狩猟祭の森の地図や生息している動植物の図録もあります」

「ああ、それは見ておいた方がいいな」


 フローライトが考える横でそんな会話が交わされ、さらにエイダンから『よし』と声が聞こえる。

 それでフローライトは気が付いた。


(これは……つまり私だけでなくハロルド殿下へのおもてなしもあるから明後日もいらっしゃると仰っているのだわ)


 腑に落ちたというのはこういうことだろう。

 少し残念な気持ちもなくはないが、気遣いのエイダンなら不思議ではない。むしろエイダンらしいと嬉しくなることだ。


「よければ、フローライトも来ないか?」

「よろしいのですか?」


 思いがけない誘いにフローライトは目を丸くした。もちろん行ってみたいという気持ちしかない。

 だが、エイダンの忙しいこの時期に誘ってもらうとなるといくらか気はひける。


「狩猟祭の資料もある。参考になるだろう」

「‼︎ では、ぜひお願いいたします」


 遠慮しかかっていたが、むしろ行くべき正当な理由があったのだとフローライトは歓喜した。


(ありがとう、狩猟祭! ほんとうにありがとう!!)


 そう心の底から叫んでいたので、エイダンが『よし、よし‼︎ ハロルド殿下と二人きりにさせるのは阻止できた。いくら相手が年少といえど、相手も婚約者のいない王子となればやはり気になるものは気になる。何せフローライトは誰に見染められても不思議ではないからな』などと思いっきりデレていたことには全く気付かなかった。


 そして、その日はエイダンから夕食の誘いを受ける時間まで滞在した。

 翌日もある程度試作のキリがついた頃合いで帰城したエイダンに誘われ、フローライトはハロルドと共にエイダンの執務室でお茶を飲む時間を得た。


 ハロルドは執務室の書物の中でもエイダンの私物だという戦記で続きものの小説がいたく気に入ったらしく、さらに人目を気にしなくて良い環境もあいまって試食の時間以外は主に執務室で優雅に過ごしている。

 フローライトも細かな計画書を作る上で資料が必要であるため、試作時間以外は執務室を訪れるようになった。当日の細かなタイムテーブルにしろ、配置にしろ、資料がなければ進まないことも多い。


「なぁ、エイダン殿下はともかくフローライト嬢はなぜそんなに書類慣れをしているんだ? こなす速度が文官みたいだな」

「お褒めに預かり光栄です。実はいくつか事業をしておりますので、資料はよく作成しております」

「へぇ。じゃあ、今はその事業はどうしているんだ?」

「もちろん継続しております。ですが私が行うべき案件は夜のうちに終わらせておりますので、ここでのお仕事に影響はございません」


 決して片手間で準備を進めているわけではない、むしろ全力だとアピールすれば、ハロルドは眉間に皺を寄せた。


「わからん。エイダン殿下はもとより、フローライト嬢もそれだけ忙しいのになぜ料理をしているんだ」


 一番の理由は料理人の協力を得るのが困難だと推測されたことがきっかけだ……などと口にできるわけがない。

 しかしきっかけであったことは間違いなくとも、それ自体を困難なことになったとは思っていない。


「仕事だからか?」

「もちろん果たすべき任務だと心得ております。ですが、喜んでいただきたい方がいると言うのが一番の理由です」


 大前提としてフローライトにとっての一番のそれはエイダンだ。

 だが、やってくるだろう客の笑顔も例外ではない。

 そう告げたフローライトに続いてエイダンも口を開いた。


「ハロルド殿下がおっしゃる通り、私たちのやり方は効率的ではない。使用人に任せても問題なく終わるだろうと言うことも理解している。だが今回は前例踏襲をするつもりがないため、自分で関わることが一番だと思っている」

「ただの損な役割じゃないか。気になるところがあるんだろうが、ただでさえも忙しいのに時間をかけるのに見合うだけの意味があるのか?」


 よりわからなくなると言う気持ちを隠さないハロルドの声は、聞きようによっては馬鹿にしているように聞こえなくもないだろう。

 だが、エイダンは変わらず気にしない。


「やりたいからやっているまでです。フローライトも言ったように、私も人を喜ばせたいと考えていますので」

「お人好しだな」

「それは否定できません。しかし私の目的のために他を疎かにするわけにはいかないことも事実ですから。自分の技量を見極め、やれる範囲を決めることが王族の一人としての責務だと思っています」


 その言葉を聞いたハロルドは両手を頭の後ろで組み、座っていたソファに背を預けた。


「肩が凝りそうなほど真面目だな」

「良く効く簡易な運動がありますが、お教えしましょうか」

「いや、いい。そういう意味じゃない」


 ハロルドはそうして首を振った。

 だが、それまでエイダンの姿を見つめていたフローライトはそこで会話に割って入った。


「その運動、私に教えてくださいませ。早速実践いたします。ハロルド殿下もご一緒にいかがでしょう?」


 エイダンが実践しているのだから実用的な体操に違いない。

 しかもエイダンがそれをしている姿を見るなど、普通であればできないことである。


「……一人で教わったらどうだ」

「もちろん一人でも教わりますが、せっかく一緒に試食をしている仲間ではないですか。体操も共に行いましょう」

「どういう理由だ!」

「そういう理由でございます! 記念になりますでしょう?」


 正直、理由など何でも構わない。

 だがせっかく教わることができるのに、自分だけでは勿体無いというのがフローライトの率直な気持ちだ。


「……ったく、仕方ないな」


 渋々という形であったが、仲間入りしたハロルドと共にフローライトは体操を習った。

 その夜からフローライトは肩凝り解消運動を毎日実施することにした。もとより美容のため多数のストレッチをしていたフローライトであるので肩自体は大して凝っていなかったが、良質な睡眠が取れるようになった気がした。


 なおハロルドは三日続けた結果実際に肩凝りが少しずつ解消していくことを実感したらしく、その後もずっと続けたのだが、気恥ずかしさからエイダンにもフローライトにも言うことはなかった。

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