第二十四話 フローライト・エゼルは遭遇する。
翌日。
気合十分にフローライトは自らバスケットに入れた芋を運んでいた。
廊下で前日にフローライトのもとへやってきた料理人とすれ違い二度見をされたが、挨拶をしてそのまま通り過ぎた。
『芋!? なんで!?』
との声は聞こえていたが、発声されていない以上返事はできない。
(なぜも何も、お料理するからなのだけれど)
やはり自分で調理するようには見えないのだろうかと思いながら、フローライトは先を急いだ。
まだエイダンとの約束の時間ではないが、できるだけ早く準備や試作に取り掛かりたい。下拵えはいくらでもあるのだ。
だが、もう暫く歩いたところでフローライトは思わず足を止めた。
(あれは昨日の男の子……って、あの衣装はまさか)
少年は深緑で紋章の入ったマントを身につけている。
その紋章は隣国のもので……。
「カルヴィア王室の……? ご年齢から考えて、もしかしてハロルド殿下かしら……?」
その時点ではまだ相手からは気付かれていなかったが、周囲を眺めているうちにフローライトも目に入ったらしい。
フローライトは反射的にカゴを置き礼をとるも、相手の声にならない心の叫びは聞こえてくる。
「で、殿下!」
(あ、これは昨日の付き人さんの声ね)
しかしハロルドらしき人物の足音が止まらないあたり、静止の役割は果たさなかったらしい。
「おい、お前……。もしかして、昨日の」
「お初にお目にかかります、ハロルド殿下。フローライト・エゼルと申します」
『お初じゃねぇだろ!!』
(いえ、ハロルド殿下の立場の貴方様との対峙は初です)
いずれにしてもお忍びをしていたのだろうから、知っていると言うのはまずい。
それ自体はハロルドもわかっているからか、口には出さない。
「何をしているんだ」
「芋を運んでおります」
「芋……? 料理人には見えないが」
「エイダン殿下のお手伝いをさせていただいており、その一環で芋を使用するため、運んでおります」
勝手に詳しく話すわけにはいかないが、これで説明ができているかといえば極めて微妙だ。
(さて、どうしよう)
そう思っていると、別の足音が近づいてきた。
この音はフローライトがよく知る音だ。
「フローライト、そこで何をしている?」
「エイダン様」
フローライトの隣までやってきたエイダンを見たハロルドが目を丸くした。
「おま……昨日の……!」
「その紋章は……」
互いにようやく正体に気付いたらしく、共に言葉は中途半端にとまっている。が、内容としては全て言い切ったも同然だ。
「……お茶を淹れさせていただきます。ですので、立ち話ではなく、ゆっくりお話しなさいませんか?」
そうフローライトの提案に、二人の王子は素直に従った。
※※※
そして向かった先はフローライトが借りた祭事のための準備室だ。
うちドアを挟んだ部屋に比較的簡易ではあるものの調理設備が備わっているので、今回の仕事にもちょうどいい。もっとも、他国の王子を招くには少し簡素な部屋ではあるが、そのようなことを気にする余裕がハロルドにはなかった。
「どうして言わなかったんだ」
「聞かれた覚えはありませんが」
「あんなところに王子がいると思わんだろう!?」
(それはお互い様では)
二人の王子のやりとりをフローライトと共に見ているハロルドの付き人の顔色が悪くなっている。
『他国の王子様ですよ、やめてください、お願いですから』
そう心の中で繰り返しているが、さすがに口には出せないらしい。
とはいえ、エイダンが気にする様子もない。
「ハロルド殿下がいらっしゃることは書面では把握しておりました。狩りの名手として、カルヴィア陛下がご推薦になったと聞き及んでいます」
『ただ、街で出会うとは思っていなかったが』
続く言葉は呑み込まれているが、聞こえずとも想像に難くないだろう。
ハロルドはわなわなと震えている。
『てか! お前も王子なら王子らしく振る舞えよ! なんで俺が偉そうにしてるみたいになってるんだ!』
(実際偉そうになさっているけれど、威嚇する子猫みたいで可愛らしいですよ)
のほほんとした気持ちになりながらフローライトは紅茶を用意する。
『しかもここに来るまで芋を運ぶのを引き受けてたし! 王子が何の目的で芋を運ぶんだよ!?』
(それは……持たせてしまった私が悪いのだけれど……申し出をお断りする前に持ってくださるスピードが素敵すぎたの……!)
だから許してほしいと思いながら謝罪の気持ちを込め、持参していた茶菓子のうちよく目を凝らせば少しだけ大きく見える方をエイダンに出すことにした。甘いものが好きなはずなので、多いに越したことはないはずだ。
「ところで、狩猟祭までには時間があると思うのだが、別の用事がおありか?」
「俺自身の用事ではないが……父上がせっかくの機会だから色々と見学をしてこいと。今日は謁見の機会をいただいたからここに来ていた」
説明不足の言葉にエイダンは首を傾げた。
何の見学をするのか、見るべきものがあるなら人を手配しようかと考えていることがフローライトには理解できるが、ハロルドの付き人は説明不足が気に入らず不服そうな様子だと誤解したらしく震えながら小さく挙手した。
「発言、失礼いたします。ハロルド殿下は我らが国王陛下から次期王として学ぶべきことがあるはずだとのお言葉をいただき、派遣されました。アレグザンダー国王陛下にも話は通され、城内の様子を見学させていただいたり、書庫の出入り等御許可いただきました」
付き人の言葉に「そうか」とエイダンは頷いた。
しかし、少し悩ましい様子も同時に見せた。
『せっかく見学の時間があるのに、書庫だけでは自国と変わらないだろう。学べるかどうかはわからないが、違いを見るのであればもっと人に付くほうがいいが……私相手では、ハロルド殿下も気に食わないだろう』
それは今までの様子からの推察だろうが、フローライトはエイダンが自分の元で過ごせばどうかと考えていることに驚いた。
(人任せじゃなくて自分でご対応なさろうとされるなんて、お優しいエイダン様らしいわ。素敵。同じ王子との立場から簡単に人に預ける話ではないとしつつも、ハロルド様のことも気にかけていらっしゃることがさらに素敵だわ!)
ハロルドは多少反発してはいるが、エイダンを嫌っているからではなく、気恥ずかしさゆえのことだとフローライトは理解している。
ならば、ここで橋渡しをすべきは自分だ。
「エイダン様。もし差し支えなければですが……ハロルド殿下にご予定がないときは、ご自由にこちらへお越しいただくのはいかがでしょうか」
「ふむ」
「書庫もよろしいかと思いますが、一日中では身体も痛くなりましょう」
「そうだな……。ハロルド殿下、いかがですか? 私たちはここで狩猟大会の準備の一部を行う予定です。ただ……私はあまりいないかもしれないですが、時間が合えば国内の話や案内もさせていただきたい」
「まあ、やることもないし悪い話ではないが」
『あんたはともかく、どうせすることがないなら茶でも飲んでいた方がいいか。思ったより美味い』
そんな心の声に、フローライトは紅茶を淹れる練習を繰り返していてよかったと心から思う。
ここで淹れる茶が不味ければ、エイダンの気持ちを生かしきれないところであった。
「では……私たちはそろそろ準備に取り掛かろう。ハロルド殿下さえよければ、ゆっくりしていってください」
『いや、あんた忙しいだろ。愛想が悪い面なのにどこまで善人なんだよ』
間髪を容れず心の中でツッコミを入れるハロルドに、語れることなら心の底からの優しい方ですとフローライトは言いたかった。
だが、それも近くで見られるなら気付くことだろう。
「私もハロルド殿下のご滞在がより良いものになるようご協力させていただきますので、よろしくお願いいたします」
たとえ自らを『芋の令嬢……。昨日も思ったが、変わり者みたいだな』と思われていても、エイダンがいかに素敵か分かち合える相手が増える可能性があるのであれば、まったく怯まず対応したいと心から思った。




